海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

バンクーバーにあった一つの書店を偲んで


【海外ニュース】

Longtime independent bookstore writes final chapter
(Vancouver Courier の 2010年4月28日の記事より)

長い間愛された独立系書店が幕をおろす

【ニュース解説】

20年ぶりにバンクーバーを訪れました。
それ以前はよくこの街に来たものでした。
というのも、80年代後半から 90年代にかけて、私は日本やアジアで出版された、これらの地域の文化などを紹介する英語の書籍をアメリカやカナダ各地の書店に販売するセールスマンとして活動していたからです。

バンクーバーで、昔よく訪れたソフィア書店 Sophia Books を探しました。
しかし、その書店が既に閉店していたことを、ここで紹介したヘッドラインの記事で知りました。そこで、急ぎソフィア書店を開き、バンクーバーに日本やアジアの文化を伝版した井上周 (まこと) さんがその後どうしていらっしゃるか調べてみたところ、昨年 11月16日に 87歳で永眠されたことがわかり、感慨無量。一年遅く、その訃報 obituary を読み、一人手を合わせ、ご冥福をお祈りしました。
井上さんは 75年にカナダに渡り、ソフィア書店を開かれました。その後ソフィア書店は、日本文化の伝搬の拠点として活動しました。アメリカにはいくつかの日系の書店がありますが、ソフィア書店はそうした書店の先駆けでもあったのです。

バブルの頃、日本は世界から注目されました。アメリカでも、そしてカナダでも日本式の経営を紹介する書籍や、様々な日本文化を紹介する書籍が発売され、よく売れたものでした。こうした日本を紹介する書籍のことを英語で Books on Japan といいます。
私も、そうした環境に後押しされ、アメリカ、カナダ各地をまわる書籍セールスマンとして、Books on Japan を書店に届けていたのです。
井上さんは、いつも私を快く迎えてくださり、ときにはランチもご一緒したものでした。

時が経ち、90年代中頃に、バブルの頃に私が販売した書籍の多くが、アメリカの古書店の書棚でホコリをかぶっているのを目の当たりにして、時代の変遷を実感したものでした。今では、アジア関連の書籍といえば、中国やインド関連の書籍が、日本関連の書籍をおしやって幅をきかせています。
ソフィア書店は、そうした環境の中、井上さんの娘夫婦が後を継ぎ、日系書店から日本のみならず、多国籍の言語の本を扱う書店 multilingual bookstore として生き残ってきたのです。
しかし、2000年代にはいり、人々の書籍離れもあり、売上げが鈍化。
それに加えて、土地の高騰で書店のはいっているビルの家賃がアップ。このダブルパンチに耐えられず、2010年にその 35年の歴史を閉じたのでした。
これは、独立系書店 Independent bookshop が閉店する典型的な事例ともいえる成り行きでした。

独立系書店といえば、ソフィア書店と共に思い出すのがシアトルにあるエリオットベイ書店 Elliott Bay Book Company。というのも、あの頃私は、エリオットベイ書店で書籍を販売したあと、車で2時間半北に向かい、国境を越えてカナダにはいり、ソフィア書店に赴いたからです。
幸いエリオットベイ書店は、シアトルを代表する書店として今でも営業しています。昔あった場所からは4年前に引っ越してはいますが。

アメリカやカナダ全土で、個性ある独立系書店が消えてゆこうとしています。実は、英文の書籍は、日本の書籍より価格が高いものが多く、今でも重厚なコンテンツをがっしりと数百ページにわたって書き込んだ書籍が出版されます。ある意味で文字文化によるジャーナリズムがしっかりと根づいているのです。
しかし、独立系書店の衰退は、そうしたヘビーコンテンツをじっくりと読む人が少なくなったことを物語ります。それは、ネットの普及により、ものごとの背景や、仕組みをじっくりと考え、複眼的に事象をみて思考する人が少なくなっていることを意味しているのかもしれません。将来、そのことが世界に、そして日本にどのような影響を与えてゆくか、人類はまだその答えをもっていないのです。

そうした意味からも、エリオットベイ書店には、頑張ってもらいたいと思っています。ソフィア書店の分も、そして既になくなった数えきれない独立系書店の分までも。

そして最後に言いたいこと。それは、日本の文化を世界に届ける拠点が、バブルの頃に比べ、極端に少なくなっていること。ソフィア書店の閉店は、日本への理解を促す一つのノウハウが枯渇したことをも意味しているのだということを、我々はここでもう一度考えてみるべきです。
一つの書店の閉店は、こうした様々なことを我々に問いかけてくるのです。

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