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繊細な影響への懸念をもたらした国際社会でのアメリカ大統領の発言

Biden says Vladimir Putin “Cannot remain in power” White House quickly tries to walk back comment.

(バイデンが「ウラディーミル・プーチンは権力の座に残るべきではない」と発言。ホワイトハウスは即座にその発言を抑制するコメントを発表)
― CNN より

バイデンのプーチン発言から訂正までの一連に何を見るか

 バイデン大統領が、ポーランド訪問中にロシアのウクライナ侵攻を非難する演説を行いました。その演説の中で、ヘッドラインに紹介したように、「プーチン大統領は権力の座からおりるべきだ」と言ったことが、思わぬ波紋を呼びました。
 ホワイトハウスは、その直後にこの発言について声明を発表し、「プーチン大統領の去就は、ロシア国民自身が決めるべきだ」という異例の訂正を行ったのです。そしてアメリカの各メディアも、大統領の発言について真意を問いただそうと、識者が招かれ議論をしていました。
 多くの日本人は、大統領のこの発言のどこに問題があるのか理解できないかもしれません。実際に日本のメディアの反応に鋭い指摘はありませんでした。
 しかし、我々は、こうしたアメリカ国内の反応を見ながら、ロシアのウクライナ侵攻の背景にあるもう一つの側面があることを知っておきたいのです。
 
 ロシアのウクライナ侵攻は冷戦時代のアメリカとソ連との対立を思い出させます。当時のことをなぜ「冷戦(冷たい戦争)」と言っていたかというと、たった一つの理由、つまり、核を保有する超大国であったアメリカとソ連とが、直接戦火を交えなかったことに尽きるのです。
 冷戦時代にも実際の戦争、つまり戦火を交えた「熱い戦争」は世界各地で起こっていました。そして、その戦争にはソ連もアメリカも直接関与しながら、双方の影響力を維持しようとしていたわけです。その代表が1955年に始まったベトナム戦争であり、1978年に起きたソ連によるアフガニスタン侵攻だったのです。
 

冷戦から国際介入をくり返してきたアメリカの傲慢な一面

 この二つの事例のみならず、実はアメリカも過去に何度も力によって海外の政権の転覆に関わっていました。有名な事件は、カリブ海の小さな島国グレナダに親ソ政権が生まれたとき、アメリカが宣戦布告なしに軍隊を送り、その政権を転覆させたケースです。また、1989年の暮れから90年にかけて、アメリカに対して麻薬の密輸出を公然と行っていたとして、アメリカはパナマに侵入し、武力で当時の事実上の支配者であるノリエガ将軍を拘束し、アメリカの法廷で裁いたこともありました。
 さらに、冷戦終結後には、イラクが生物化学兵器を保持しテロ活動を目論んでいるとして、2003年にアメリカはイラクに侵攻し、当時のサダム・フセイン政権を転覆させたことは記憶に新しいはずです。
 
 これらの戦争や事件の背景は複雑で、アメリカが他国に侵攻し、力によってそこの政治体制の変更に関わったことを、一方的に非難することはできないかもしれません。また、今回のロシアによるウクライナ侵攻は、これらの過去の事案とは性質が異なるものであるという議論もあるでしょう。
 ただ、今アメリカが自由と民主主義の旗手であると自認している中で、冷戦時代のアメリカの行為や過ちを世界の国々が思い出すことについて、極めて敏感になっていることは事実のようです。
 確かに、冷戦時代のアメリカはソ連に負けず劣らず、強引に国際政治に介入をしていました。1973年に南米のチリで選挙による社会主義政権が誕生したとき、アメリカはチリの軍部を操り、チリ軍のクーデターによって当時のアジェンデ政権を崩壊させたこともありました。グレナダやパナマ、そしてチリでのこうした行為による死傷者は1万人にものぼるのではないかと言われています。
 
 ロシアが今回ウクライナに侵攻したとき、世界中から怒りの声が上がりました。
 しかし、アフリカやアジア、そして中南米の国々の中には、そうした声に少し距離を置いている人々が多くいることも事実です。その背景は、彼らの中にアメリカの過去のこうした行為への記憶があり、アメリカが自由や民主主義を声高に唱えることへのシニカルな視線があるからに他なりません。ロシアはそうした視線が世界にあることを熟知しています。それは中国も同様です。
 
 バイデン大統領の今回の発言は、こうしたアメリカの傲慢な一面をついつい見せてしまった勇み足だったわけです。ロシアがどのような横暴な行為に出ていようと、アメリカの大統領が他国の指導者への発言として、「辞任しろ」と明言することによって、まさに冷戦時代とその後のアメリカによる一連の国際社会へのアグレッシブな介入を思い起こさせることは、アメリカ政府にとってもマスコミにとっても好ましくないことだと映ったわけです。まして、現在のバイデン政権は、そうしたアメリカの国際社会への力の外交には批判的な民主党による政権なのです。
 

指導者による発言の意図と関係国の対応を見極める外交力

 我々が知っておきたいことは、この発言を巡ったその後の微妙なアメリカ政府の対応が示す、国際政治と外交でのデリカシーの問題です。日本ではともすれば見落とされ、ニュースでもそれほど重要なこととして取り上げられません。しかし、一人の指導者や影響力のある人物がどういった意図でその発言を行い、それを他の国や関係国の人々がどのように捉え、さらにロシアや中国といったカウンターパートがその発言をどのように利用して国際世論に揺さぶりをかけてくるかといったことを、しっかりと見極めることが外交力の基本なのです。発言や行為が生み出す複雑なハレーション効果を予測し、事前にうまく火消しをすることが国際問題を解決する上では常に必要とされているのです。
 
 そうした意味から、今回のバイデン大統領の発言とホワイトハウスのその後の対応を見たときに、日本の政治の世界では考えられないような絶妙な連携プレーがそこにあったことに感心させられます。
 つまり、バイデン大統領が強い言葉でロシアを牽制しながら、ホワイトハウスや国務省は、ロシアが他国の主権を侵害したように、自らはそうした国際法違反は絶対にしないと、世界に向けて改めて釘を刺したのです。
 ポーランドで起きたアメリカ大統領の勇み足に、なぜアメリカがハラハラしたのか。それは自らの過去も含め、アメリカそのものの存在意義とその正当性をあえて守りたかったからに他ならないからなのです。
 

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