「人々は融和できるか」山久瀬洋二・画
海外ニュースの英語と文化背景・時事解説

1993年、世界が融和するチャンスがそこにあった


【海外ニュース】

The children of Abraham, the descendants of Isaac and Ishmael, have embarked together on a bold journey. Together today, with all our hearts and all our souls, we bid them shalom, salaam, peace.
(ビル・クリントンのスピーチより)

エイブラハムの子供達であるイザックとイシュマエル。その子孫達は共に勇敢な旅に出たのです。今日、私たちは、心を一つにし、共に語ります。シャローム、サラーム、そしてピースと

【ニュース解説】

1993年9月13日に、オスロ合意という取り決めがパレスチナ解放機構 (PLO) とイスラエルとの間に締結されました。
その日、パレスチナ暫定政権とイスラエルとが、お互いを国家として承認したのです。その日は、中東問題の解決に最も希望を持てた1日でした。
それから2年後、この合意を推し進めたイスラエルの元首相ラビンは、オスロ合意に反発するユダヤ教徒の凶弾に倒れ、命を落とします。
また、当時のパレスチナ側の指導者アラファトもその後失脚し、2004年には死去します。その死因が不可解であるとして、暗殺説も流れたほどです。

オスロ合意から18年後。世界はイスラム原理主義者のテロ行為の脅威にさらされています。こうした時であればこそ、このオスロ合意を受けてホワイトハウスでラビン、アラファト両者が握手をした場面でのクリントン元大統領のこの演説を思い出してみてはと思うのです。

この一節で、「エイブラハムの子供達」とクリントン大統領は呼びかけています。旧約聖書の預言者エイブラハムの二人の子供、イザックとイシュマエルが、それぞれユダヤ教徒とイスラム教徒の祖先であるとされていることから、ビル・クリントンは、ユダヤを代表するイスラエルと、イスラムを代表するパレスチナの代表に、そのように呼びかけたのです。
そして、ユダヤ教を母体にキリスト教が生まれ、イスラム教の中でもキリストは預言者の一人と位置付けられていることから、クリントンはこの表現の中で、3つの宗教の融和を意図していたこともうかがえます。
シャローム、サラームはそれぞれヘブライ語、アラブ語での挨拶の時に使われる言葉で、平和を祈る言葉でもあるのです。

しかも、この二つの言葉が似ていることからもおわかりのように、ヘブライ語もアラブ語も、同じ言語系に属する親戚の言語です。
さらに、イスラム教の聖地メッカにあるカーバ神殿は、旧約聖書でもおなじみの、アダムとイブまで、その背景をたどることのできる神殿です。
そんな神話の時代からのルーツを共有する3つの宗教が、その後長年にわたって血なまぐさい対立を強いられてきたのです。

It charts a course toward reconciliation between two peoples who have both known the bitterness of exile.(この合意は共に流浪の苦しみを経験してきた二つの民族に和解への道筋をつけたのである)とオスロ合意について、クリントン大統領は演説の中で語っています。
紀元前から流浪の民であったユダヤの人々が悲願の国家として建国したイスラエル。そしてその建国により父祖の地を追われたハレスチナ難民。この二つの「流浪の民」の対立が、現在の中東問題の原点であることは周知の事実です。

1993年以降の現実は、クリントンのスピーチにある理想に逆行します。
ルーツを共有する近親の宗教の対立は、それぞれの中に新たな分離と孤立を誘い、その影響からテロが頻発します。さらにそのことによって、世界中で民族主義、そして排他的な政策への支持が集まります。今秋の同時多発テロ後のフランス地方選挙での極右政党の躍進、そしてアメリカの大統領選挙で移民排斥を唱えるドナルド・トランプへの支持率が上昇している事実が、その典型的な事例になりそうです。
また、ロサンゼルス郊外で起きたイスラム原理主義者と思われる犯人による無差別銃撃事件がおきた後には、人々が銃や弾丸を買いに銃砲店に殺到していると報じられています。

日本の場合、こうした世界の動向の根にある問題を理解しないまま、アメリカとの連携を意図した安全保障の問題が議論されています。クリントンの演説の意味するところをもう一度考えることと、日本の防衛、外交、そして憲法の問題への試行錯誤とは、決して無縁ではないのです。

ラビンとアラファトは、共にそれぞれの立場の中で、中東での紛争をかいくぐってきた人物です。その二人が、長いもつれた経緯の後に握手し、その後二人とも悲劇的な最期を迎えたことに、今世界が直面している宗教や民族主義の深い膿んだ傷の深さが見えてきます。

1993年9月13日を再現できるかどうか。人類の知恵と愚かさが今天秤にかけられているのです。

山久瀬洋二・画

「人々は融和できるか」山久瀬洋二・画

「人々は融和できるか」山久瀬洋二・画

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海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
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海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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