トランプ大統領の弾劾と選挙の行方


Shealah Craighead / White House / ZUMA Press / アフロ

“President Trump must turn over eight years of his personal and corporate tax returns to Manhattan prosecutors, a federal judge ruled.”

(トランプ大統領は、過去8年間の個人と法人の税務申告書を、連邦裁判所が管轄するマンハッタンの検事に提出しなければならない)
― New York Times より

米史上初の大統領「弾劾」となるか

 最近”impeach“(告発する・弾劾する)という言葉をよく耳にします。
 まず、韓国の前大統領であるパク・クネ氏が弾劾され、2017年2月に大統領の座を追われました。
 そして今、アメリカのトランプ大統領も、ウクライナに政治的圧力をかけ、次回の大統領候補でライバルのバイデン氏に不利となる証拠を捏造しようとしたとして、弾劾を受けようとしています。この審問がうまくいくかどうかはまだ分かりません。ただ、もし弾劾が成立し、トランプ氏が大統領の座を追われるようになった場合、それはアメリカ政治史上初のケースとなります。以前、ニクソン元大統領が「ウォーターゲート事件」で、政敵の情報を盗聴していたとして、弾劾勧告を受けました。
 しかし、彼は失職する前に自ら辞任したのです。従って、アメリカで実際に大統領が弾劾されたケースは今までにはないのです。
 この弾劾の動きに刺激されて、最近にわかに大統領に関する様々な疑惑や調査が目立っています。今回のヘッドラインは、以前に大統領によるニューヨークでの脱税行為疑惑が持ち上がった際の調査に関する記事です。この調査に、大統領とはいえ協力しなければならないという連邦裁判所の裁定が下されたというわけです。
 

©NHK

来年の大統領再選を見据えて

 来年は、大統領選挙の年にあたります。
 アメリカの場合、大統領選挙は現職の大統領が圧倒的に有利です。
 現職の大統領は、様々な政治的成果を最大限に利用して自らの行政力をアピールすることができ、それによって、その能力が未知数である対立候補を追い込めるからです。
 とはいえ、現職の大統領がいかに有利であるといっても、選挙に勝利するには自らの成果をどのようなタイミングでアピールするか、慎重に判断しなければなりません。
 例えば、今好景気であったとしても、大統領選挙の年、しかも選挙のある11月に向けてその好景気を維持できるかどうか、慎重に判断しなければなりません。もし、景気が追い風にならない場合は、外交などその他の成果を強く印象付ける必要に迫られるのです。
 
 現在、アメリカは中国と貿易戦争を繰り広げています。外交面では、トランプ大統領は華やかで豪快なアクションで、ライバルである中国に強い圧力をかけているように国民にアピールします。一見素人っぽい外交であっても、要は一般の有権者に「かっこよく」映ればそれが票に繋がるのです。
 しかし、中国との貿易戦争はお互いにとって消耗戦となります。その結果、じわじわとアメリカ経済にもヒビが入り、その悪影響が大統領選挙のときにピークとなれば、彼は経済と外交の双方で失敗したことになり、再選への大きなハードルができることになるのです。
 
 ですから、トランプ大統領としては保険をかけなければなりません。
 保険のかけ方には、いくつか方法があります。
 まず、貿易戦争の波紋がこれ以上拡大しないよう、中国以外の国とは穏便に事を進め、アメリカ経済に悪影響が出てくるスピードを減速させることです。
 次に、トランプ大統領を支持している層が注目している、移民政策への過激な戦略アピールです。メキシコとの壁が実際に完成しつつあることを強調し、その一方でその費用はメキシコ側へと息巻いていた発言を控えながら、メキシコとの政治的緊張はうまく回避することです。
 当然、中国が香港の問題などで四苦八苦している状況を見極めながら、中国との貿易戦争をできるだけ有利に終結できるか、模索しなければならないことは言うまでもありません。
 
 以前の選挙公約のうち、選挙のために「フライング」した発言はうまく軟着陸させ、実践しているセグメントは強調します。同時に、大統領選挙の直前に国民が納得するように、そうした成果をアピールするタイミングを計ってゆかなければならないのです。
 一般的に、現職が二期を終えて、民主党からも共和党からも新しい候補が立候補する場合は、その勝敗は直前まで分からないというのが実情です。ヒラリー・クリントン有利と言われながら、当初は泡沫候補と目されていたトランプ氏が勝利したのは、それを象徴する現象でした。こうした実例はケネディ元大統領が当選した時など、過去にも何度かありました。しかし、一度当選を果たせば、二期目を狙うハードルはぐっと低くなるのが通例です。あとは、ここに記した通り、滑走路にしっかりと安全に着陸するパイロットのように、こうした政策の瑕疵を目立たせないようにしながら、スムーズなランディングのタイミングを見極めなければならないのです。
 

US Embassy and Consulates in Japan

世界に影響する米大統領の動き

 そんな大統領選を見据えているのは、アメリカ国民だけではありません。
 世界の指導者たちが超大国であるアメリカの大統領選の行方を見極め、自国に降りかかるリスクを最小限に抑えようとしていることも忘れてはなりません。
 例えば、イランの場合は、トランプ氏の票集めのための華やかな外交ショーの犠牲にならないよう、慎重に時間を稼がなければなりません。ロシアやトルコなど、アメリカと過去に強く利害が対立した国も同様です。
 通常、大統領は二期目に入ると、より自分の理念に従った政策を実行したがります。それは慣例として、大統領は二期より長く務められないからです。従って、最後の4年間は、政治的な駆け引きなく、自分の理想を追い求め、歴史に名を残したいというわけです。
 であればこそ、それぞれの国が、自らの事情でトランプ政権が存続するか否かを見極めたいというのが、これから12か月の世界の動きと言えましょう。この影響は、そのまま直近の日中関係にも、日韓関係、さらには香港情勢にとっても大きな要因となるはずです。
 
 以上の事情を考えた上で、トランプ大統領にとって、最大のアキレス腱が今回の弾劾の動きなのです。
 この動きによって指摘されることが、それまで圧倒的に彼にとって有利とされた次回の選挙に影響を与えるかは未知数です。
 しかし、この弾劾の動きが、それに付随して大統領の様々な過去を暴くことになることは、今回のヘッドラインからしてみても明白です。
 世界中がこうした弾劾活動の推移に注目し、それが今後の国際間の駆け引きにも影響してくることは、紛れもない事実なのです。
 

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『A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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