世界を気にしなくなったアメリカと、その波紋に揺れる世界の今後は


“Trump’s trade war spooks markets as White House waits for China to blink.”

(トランプの経済戦争に市場はおどおど。ホワイトハウスは中国が混乱することを期待しているのか。)
― New York Times より

石油にわくアメリカ経済と中東情勢

 イラクアブドルマハディ首相が辞意を表明したことが、中東の新たな不安要因として注目されています。治まらないテロや貧困、イスラム教内の宗教上の対立、そして政府の腐敗などに、市民がしびれを切らしてデモを起こしました。そのデモの鎮圧によって、400人近くの犠牲者が出ていると言われています。
 
 本来、戦後から何度となく続く中東での戦火に常に翻弄されてきたのは、石油資源を中東に頼る、日本をはじめとしたアジアの国々でした。
 それでいて、中東で政治的なつばぜり合いをしてきたのは、常にアメリカとロシア、それに元々の宗主国ともいえるイギリスやフランスでした。
 
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 先日、アメリカのオクラホマ州に出張しました。
 同地の空港に降り立ったとき、滑走路の横で石油の掘削が行われていたことに驚かされました。30年前にオクラホマシティを訪ねたときとは打って変わり、街には新しい高層ビルが建ち、さびれていた中心街も綺麗に整備されています。石油景気なのです。
 この石油景気は、アメリカにトランプ政権が誕生したことと無縁ではありません。そして、中東の今後の不安要因とも無縁ではないのです。
 
 2014年3月28日の記事で、私はアメリカの未来を変えるフラッキングと呼ばれる新しい掘削技術で、アメリカが世界有数の産油国に変貌する可能性を紹介しました。そのときはロサンゼルス・タイムズの記事を参照しました。
 今、アメリカは石油の需要を自国の生産で補えるのです。フラッキングによる安価な掘削技術が、オクラホマやテキサスなどで油田ブームを巻き起こしているのです。
 言葉を変えれば、アメリカは中東の産油国を気遣う必要がなくなり、過去に中東戦争での悪夢となったオイルショックに怯える必要がなくなったのです。
 
 このことは、アメリカが中東において軍事的、政治的なプレゼンスを維持する根本的な動機が希薄になったことを意味します。それが、トランプ政権が「アメリカ・ファースト America First」と豪語し、諸外国の秩序維持に介入することの愚かさを強調して、大統領に当選した背景の一つとなったわけです。リーマン・ショック以来、長くアメリカを覆っていた不景気から脱却し、中国に堂々と貿易戦争を仕掛けるまでに経済が回復した背景も、石油や天然ガスといった国家の基盤となる資源供給の構造の変化が、大きく後押ししていたことは言うまでもありません。これは、日本ではあまり知られていない事実です。
 
 中東の不安が他人事となったことは、アメリカの極東政策にも影響を与えるでしょう。石油の供給ルートであるアラビア海からインド洋、そして南シナ海に至る公海を、アメリカが高額な経費を支払って守る意味も少なくなります。アメリカが日本をはじめとしたアジア諸国と、「石油」という絆で結ばれた同じ利害を共有する仲間ではなくなるからです。
 

バブルの波が押し寄せるアジアの国々

 このアメリカでの景気回復によって生まれた資金は、様々な金融商品として世界を貫流します。日本のような低金利政策の続く国にとって、高い利子での資金の運用は魅力的です。世界中で、以前リーマン・ショックを生み出した構想に似た資金供与が行われています。業績の悪い企業に対して、利息を高くしてリスクヘッジしながら資金を融資する「低格付け債権」が流通しているのです。こうした不安定なバブルが、石油によって生まれた富の運用先として活用されていることは、低金利政策をとる日本にとっては極めてリスクの高いことなのかもしれません。
 
 オクラホマで目の当たりにした景気は、トランプ政権にとっても追い風です。しかも、ウクライナなどが絡んだスキャンダルにトランプ大統領がどれだけ耐えられるかは未知数です。もしも大統領の弾劾が行われ、上院で共和党に造反組が現れたとして、実際に大統領を失職させるだけの票数が集められるかはまだまだ何とも言えません。
 その中で、大統領としては、新たなリーマン・ショックだけはなんとか避けたいと思っているはずです。そのために America First という政策をどう他国に押し付けてくるか。日本にとっても韓国にとっても、はたまた台湾や東南アジアにとっても先の読めない状況が続いているのです。
 
 一つだけ期待したいことは、アメリカは基本的にキリスト教と民主主義の二つのモラルによって政治が左右されている国であるということです。その側面から見た場合、最も右寄りにあるトランプ政権でも、香港での混乱、そして香港市民を不安に陥れている中国の強大化に対して、有権者レベルで強い反発意識があることを無視はできないはずです。このアメリカ人の価値観が、中東や極東からの急速なアメリカのプレゼンスの退潮にブレーキをかけるのでは、と楽観する声があることも事実なのです。
 
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 そんな様々な世界の要因を、今マニラのホテルの一室からCNNなどのニュースを見ながら考えています。
 マニラにあるモール・オブ・アジアという巨大なショッピングモールは、クリスマス商戦初日ともいえる週末を迎え、買い物客でごった返していました。このモールで売られる家電や衣料品は、フィリピンのほんの一部の人しか購入できません。彼らはいまだに月収3万円から5万円という賃金で働いています。しかし、そんな実態が嘘のように、人々はマニラを代表する海辺のショッピングモールに繰り出しています。
 
 裁かれるトランプ政権、安定しない中東情勢、デモや騒乱に揺れる香港や南米各地の政治情勢が、新たに世界的な信用不安が顕在化することで、一つのベクトルに収れんしたとき、フィリピンのような発展途上国は、その影響を国家レベルで受けてしまいます。そうなれば、世界中の人々が一層内向きになり、自国の利益を優先したブロック経済が横行するかもしれません。
 

モール・オブ・アジア

来る混乱の予兆を前に我々が考えるべきことは

 2019年はこれから起こる様々な混乱の予兆の年だったのかもしれません。
 人々は、ほんの数年先の世界すら予測できない状況にあるのです。その点では、我々は中世や近世からほとんど進化していないといっても過言ではないのでしょう。
 フィリピンから帰国したら、再びオクラホマを含むアメリカ中西部への出張が待っています。
 

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『A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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