タグ別アーカイブ: トランプ大統領

トランプ大統領にノーベル賞という「冗談」の裏の「真実」とは

“On Friday, Trump said Abe had nominated him for a Nobel Peace Prize with a five-page letter. Abe has been one of Trump’s most stalwart allies in the two years since he took office.”

(金曜日にトランプは、安倍が5枚の手紙で彼をノーベル平和賞に推薦すると語る。安倍はトランプが大統領に就任して以来2年間、最も熱烈な支持者であり続けている。)
― CNNより

報道にみるアメリカの分断と日本の対米追随外交

 北朝鮮との緊張緩和に協力したとして、安倍首相がトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦したという報道があったことは、記憶に新しいはずです。
 
 そこで、この情報のインパクトの大きさについて考えてみます。
 よく言われることですが、現在アメリカでは世論が二つに分断されています。
 メキシコとの国境に壁をつくり、「アメリカ・ファースト」をスローガンにするトランプ大統領を支持する人と、非難する人との間には、埋めがたい溝ができているのです。
 日本の指導者がそうしたアメリカを直視した場合、そのどちらかに味方するような行動は極めて危険です。リベラル派と呼ばれるアメリカの都市部に住む人々は、多くがトランプ氏に対して批判的です。
 ということは、安倍首相の今回の行為は、そうしたアメリカの知識人に不信感を与える行為となりかねないのです。
 アメリカの大統領との蜜月を、イニシアチブをとる外交上手な首相としてイメージ付けようというのが本音であれば、それは大きな過ちです。というのも、その行為でアメリカ人の半数が日本に対してマイナスのイメージを抱き、アメリカの世論やメディアがバイアスをもって日本を見るリスクがあるからです。
 
 では、このニュースを一つの情報として捉えたとき、我々はそれをどう分析すればいいのでしょうか。まずは、ニュース自体が事実かどうか検証することです。実際、このニュースが事実であるという裏付けは取れていません。トランプ大統領がメディアにそう語った、ということだけが報道されているからです。
 では、それがもし事実であるならば、ここに指摘したように、安倍首相は対米外交において、揺れるアメリカの世論を意識できないという極めて初歩的なミスをしたことになります。そして、もし事実でなかった場合は、事実ではないことを公表したトランプ大統領に対する抗議ないし日本政府のあり方が問われなければなりません。かつ、なぜそのようなことが起こったのか、アメリカ側でも背景の検証が必要です。
 
 ということは、今回のニュースを見た場合、それが事実であろうがなかろうが、日本政府が極めてお粗末な対米追随外交を強いられている様子が浮き彫りにされてきます。
 

背景にある情報収集能力の欠如と対米政策における誤解

 では、なぜそんなニュースが飛び交ったのでしょうか。
 一国の首相が他国の大統領をノーベル平和賞に推薦することは、明らかな外交的行為で、決して私的なこととはいえません。外交的な行為である以上、そこには誰かからの推薦、助言があったはずです。あるいは、首相がそのようにしたいと語ったとしても、それに対してアドバイスがなかったとしたら、それこそ日本の政府と、それを支える官僚の質を疑うことになります。
 
 背景にあるのは、外務省北米局の情報収集能力の欠如かもしれません。
 外務省は伝統的に、アメリカの共和党政権に好意的です。その背景には、民主党政権の支持母体がアメリカの労働組合にあり、労働組合が日本の高度成長期に起こった貿易摩擦に対して不利益な団体であったという判断があるからかもしれません。さらに、日米の蜜月期の多くが共和党政権のもとで推進されたという事実もあるでしょう。
 また、とかくぎくしゃくする日韓関係を意識して、北朝鮮問題で日本がイニシアチブをとろうという思惑もあったかもしれません。
 
 しかし今、民主党も共和党もそうした単純な図式で判断できない複雑な支持層の上に成り立っていることを、我々は知らなければなりません。ユニオン(労働組合)に所属している労働者の多くは、格差に苦しみ、錆びついた産業構造の中で失業の危機に怯えています。トランプ政権はそうした人々の不安を煽って選ばれた、共和党政権です。
 そして現在、アメリカ経済を牽引しているシリコンバレーに代表される東西両海岸の都市部で活動している人々は、伝統的な企業構造を否定し、ネットワークの中からグローバルに成長しようとしている企業に勤めています。こうした人々の多くは、逆に民主党の支持者か、仮に共和党の支持者であってもトランプ政権の支持者ではないのです。
 
 外務省北米局が過去の対米政策のいわゆるステレオタイプに固執して、共和党と民主党を単純に色分けしているとすれば、それは極めて稚拙な誤解なのです。
 そんな誤解の上に、安倍政権の対トランプ外交が立案されているとしたら、これは日本にとって大きなリスクとなるのです。我々はノーベル平和賞への推薦といった、わざわざしなくてもよいことをして外交能力をアピールすることがいかに愚かなことか、ということをしっかりと理解する必要があるのです。
 

日本人に足りない「情報」を多面的・多角的に捉える力

 日本人は「情報」という概念に対して鈍感なところがあります。
 日本向けに日本語で発信される海外の情報を受け取っているだけでは、情報の本当の意味は伝わりません。日本で発信される情報を鵜呑みにすることには注意して欲しいのです。日本にニュースが伝えられ、それが報道されるとき、そのニュースはすでに日本人向けに脚色されているケースが多いのです。
 もちろん、同様のことは海外でもいえるでしょう。しかし、この脚色のプロセスを理解しないことのリスクは、我々が思っている以上に大きいはずです。
 
 問題は、脚色された情報を鵜呑みにして育った人が、再びそうした情報を信じ、脚色して発信する張本人になることです。残念なことに、こうした張本人たちを育成するのが、教育というシステムなのです。
 日本人が日本で成功するには、日本の教育システムに順応し、そこで優等生にならなければなりません。そこでの成功者はすでに、その脚色の過程に対して自らこそが鈍感になっていることを忘れているのです。外務省北米局は、そうした「エリート」の集団なのではないかと思われます。
 
 情報とは、決して一つの面だけでは構成されていません。それは重層で複雑、かつ多様です。アメリカで何かが起こったとして、そのニュースだけを日本に報道すれば、日本人はその背景にある複雑な側面を理解することなく、表層の事実からアメリカという社会そのものを判断してしまいます。こうしたリスクを、日本人は官民そろって冒しているように思えるのです。
 
 トランプ大統領へのノーベル平和賞、というコミカルな報道の背景にある深刻な課題。それは、日本人の情報収集能力の欠如という課題と無縁ではなさそうです。
 

* * *

『英文快読 アメリカ歳時記』ニーナ・ウェグナー(著)、高橋早苗(翻訳)英文快読 アメリカ歳時記』ニーナ・ウェグナー(著)、高橋早苗(翻訳)
コンパクトにまとめたやさしい英文に、語注ルビと日本語訳がついているから、ビギナーでもストレスフリーでスラスラと英文が読みこなせる!英文多読初心者におくる英文快読シリーズ。
祝祭日と年中行事から見る、アメリカの歴史と文化。アメリカで公式に認められている11の「連邦祝日」にスポットライトを当て、詳しく解説。アメリカという多彩な文化に彩られた大国の歴史と文化を、身近に感じながら学べる1冊間違いなしです。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

ベゾスの離婚騒動が巻き起こした報道の論理とは

“Attorney claims National Enquirer threat to publish Bezos photos was ‘journalism,’ not blackmail”

(弁護士は、ナショナル・エンクワイアラーのベゾスへの写真公開の脅しはジャーナリズム活動の一環であって、脅迫ではないと主張)
― Washington Post より

離婚スキャンダルから政治とメディアの論争へ

 アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)の離婚騒動が、思わぬ政治スキャンダルになろうとしています。
 
 事の起こりは、ジェフ・ベゾスが長年連れ添った妻、マッケンジー・ベゾス(MacKenzie Bezos)との離婚を発表したことです。タブロイド紙ナショナル・エンクワイアラー(National Enquirer)が、その離婚の背景にあるベゾスのガールフレンド、ローレン・サンチェス(Lauren Sanchez)との情事を暴こうとしました。
 
 有名人のスキャンダルをメディアが暴くことはよくあり、それ自体は報道が事実に反した誹謗でない限り、合法的な行為です。
 しかし、この問題にベゾスは強く反発します。ベゾスは、アメリカを代表する新聞社ワシントン・ポストのオーナーであり、同紙は現在、トランプ大統領の様々なスキャンダルを追っています。反して、ナショナル・エンクワイアラーの最高経営責任者デイビッド・ペッカー(David Pecker)は、トランプ大統領を支持しており、大統領の政治顧問であるロジャー・ストーン(Roger Stone)とも交流があると噂されていることが、ベゾスの反発の背景にあるようです。
 ベゾスは、メディアなどでの大統領への攻撃を続けるなら、ベゾスの極めてプライベートなスキャンダルの内情を暴く、とペッカー側から脅しをかけられていると主張します。それに対し、ベッカー側はあくまでもベゾスに関する様々な違法行為や情事を記事にする調査であって、違法性はないと主張しているのです。
 

懸念される取材の違法性と才能の枯渇

 タブロイド紙が、有名人や影響力のある人物に対して、スキャンダルをネタに様々な情報を得ようとするのはよくあることです。今回は、ベゾスのガールフレンドであるサンチェスの兄弟から情報のリークがあった、ともいわれています。さらに、ベゾスの離婚発表後にしか知り得ないような情報をナショナル・エンクワイアラーが入手しており、そこにはハッキング行為が介在している疑いも強いのです。ワシントン・ポストは、自社がベゾスに所有されていることをしっかりと紙面で解説しながら、そうした事件について報道をしているのです。ナショナル・エンクワイアラーの親会社にあたるAMI(American Media Inc.)に対して、こうした行為が単なるタブロイド紙の「下品」な報道の域に収まらず、違法性すらあるのではないかと、同紙は解説します。
 
 ベゾスの離婚騒動は、ベゾス自身の資産の分配にからんで、アマゾンの経営自体にへの大きな影響も懸念されています。いわゆるガレージビジネスから始めて、アマゾンを世界屈指のオンライン小売店に育てた、ベゾスの経営手腕が賞賛されてきたことは周知のことです。ベゾスの手腕は、ある意味で不動産など様々な事業に手をかけては失敗を続けてきたトランプ氏にとって、嫉妬の対象であるともいわれています。
 今回のベゾスとタブロイド紙との係争の背景に、そんなトランプ陣営と、トランプ大統領の資質を常に問い続ける、ワシントン・ポストに代表されるアメリカの有名メディアとの小競り合いがあることだけは事実のようです。
 
 日本でも、著名な人物がスキャンダルでその地位や名誉を失うケースが後を絶ちません。メディアが、プライベートな問題と、その個人のビジネス手腕や才能とをまぜこぜにして、その人を葬り去ってしまうケースが多くあります。報道の自由は、民主主義国家では絶対に守られなければならない権利ですが、その権利を武器に、才能ある個人を、才能とは無関係な個人の問題をネタに叩き潰すことが、正しい報道姿勢なのかどうかは、我々も常に評価してゆかなければなりません。特に、メディアがポピュリズムを煽り、安価な勧善懲悪の刃を振りかざし、視聴率や購読者数を増やそうとすることの危険性には注意が必要です。メディアには、国の権力以上に世論への牽引力があるからです。
 

「報道の自由」はメディアと政治の武器ではない

 ベゾスは、デイビッド・ペッカーの圧力には一切屈しないどころか、その過ちを公表し続ける姿勢を強調しています。この件で、アメリカの三大ネットワークの一つであるABCのコメンテーター、ステファノプロス氏がAMIの弁護士にインタビューをしています。
 その中で彼は、今回の問題は単なるタブロイド紙の報道の域を超えており、その背景にはベゾスのガールフレンドの関係者が、トランプ側と深いつながりがあることも絡んでいるのではないかと詰め寄りました。つまり、トランプ政権による何らかの影響が、暴露報道事件の背景にあったのではというわけです。その真偽はいまだに霧の中ですが、もちろんAMI側はそうした事実を強く否定し、AMIは報道機関として通常の取材と報道を行ったまでだと主張します。
 
 ある意味で、こうした報道は騒ぎが大きくなればなるほど読者を捉え、メディア側の収益につながることも事実です。日本でも、法的な問題が刑事事件にならない限り、民事訴訟での経費は取材費用の一部である、と豪語する人もいます。あえて違法すれすれの報道を行うことによって、取材対象を傷つけながらも売り上げを伸ばし、その行き過ぎを否定されれば、報道の自由は守られなければならないとするのが、報道機関の悪弊でもあるのです。
 
 一方、日本の政治家が、そうした報道を規制する法律が必要だと発言したこともありました。これはこれで、極めて危険なことなのです。報道の自由は絶対に守られるべきですが、それを「ならずものの武器」にしないようにするには、視聴者の良識と目が鍛えられてゆく長い努力が必要なのです。そのことで政治権力が報道への規制に乗り出すことは、民主主義の土台を覆す行為に他なりません。
 
 ベゾスの問題は、こうした複雑な課題を我々に投げかけているのです。
 

* * *

『トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)
国家・民族・言語・宗教の境界を超えてアメリカ人と対等にわたりあう、80の絶対法則!
欧米をはじめ、日本・中国・インドの大手グローバル会社で100社4500人の異文化摩擦を解決してきたカリスマコンサルタントである山久瀬 洋二氏が、トランスナショナルなアメリカ人を正しく理解し、対等にビジネスするための奥義を、豊富な事例と図解でわかりやすく説明します。英語よりも、MBAよりも、もっとずっと大切なものがここにあります。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

海峡と川を隔てた明暗が南北問題を浮き彫りに

“An 8-year-old boy from Guatemala died in United States custody early Christmas Day, the second death of a child in detention at the southwest border in less than three weeks, raising questions about the ability of federal agents running the crowded migrant border facilities to care for those who fall ill.”

(グアテマラからの不法移民として、アメリカ当局に収監されていた8歳の少年がクリスマスの日に死亡。アメリカ南西部の国境地域では、この3週間未満で2件目のできごととなる。このことは、混み合った施設で連邦政府の当局者が不法入国者の健康問題などへ対処する能力に限界があるのでは、という疑問を投げかける)
 
―NY Timesより

 ヘッドラインで紹介した記事を分析するために、まずはアメリカを離れてみます。
 北アフリカの西の端、スペインと海を挟んで対峙するモロッコを飛行機で発てば、30分もしないうちにヨーロッパ上空に至ります。そこにあるジブラルタル海峡は、世界の南北問題を象徴する海峡です。
 一方、メキシコとアメリカとの国境に流れる川、リオ・グランデの川幅はそれほど広くありません。メキシコとアメリカとの国境は、ここに報道されている通り、移民の受け入れをめぐるもう一つの南北問題を象徴する現場となっています。

北アフリカ:大陸から海峡を渡れない人々

 さて、北アフリカでいうと、サハラ砂漠の各地にはほぼ無政府状態の地域があります。不安定な政情と経済難によって、難民が比較的安定したモロッコに流れてきます。
 モロッコ政府は、隣国のアルジェリア政府が、モロッコ南部の民族運動を支援しているということで、国境の往来を厳しく制限し、政治的混乱を避けようとしているのです。
 それでも、多くの人がモロッコの主要都市に流れてきます。そして、さらにヨーロッパを目指して何人もの人が海に出ます。しかし途中で船が難破し、溺死者が絶えません。
 
 そんなモロッコの観光地マラケシュで、アブドゥール・マシャーリは、ホテル付きの運転手をしています。3人の子供をかかえ、ホテルを訪れる海外からの観光客を名所旧跡に連れて行くのが彼の仕事です。彼の給与は月収5万円。欧米やアジア各地からやって来る観光客は、ホテルに1日約1万5千円のドライバー料金を支払っています。アブドゥールは、マラケシュの生れ。道路の脇で物乞いをするアフリカ大陸の奥地からやって来た難民を横目に見ながら、彼は彼で必死に生計を立てています。
 
 実は、彼は若い頃に法律を勉強し、ドイツへの留学を試みました。
 しかし、アフリカからの移民への条件が厳しくなる中、ビザがおりずに夢は挫折。一方、彼の友人はドイツへの留学ビザがおり、今ではハンブルクで生活しています。彼の収入はアブドゥールの13倍。アブドゥールはビザがもらえないまま、マラケシュを一歩も出ることなく、家族を支えています。今の夢は、貯金をしてメッカへの巡礼を行うこと。彼は敬虔なイスラム教徒なのです。
 

アメリカ:メキシコとの国境と豊かな暮らしの間で

 そうした中、トランプ大統領が、ヘッドラインで紹介したニュースにコメントを出します。
 アメリカとメキシコとの国境にたどり着いた子供が入国を拒否され、衰弱し死亡した事件について、「それは民主党が国境を開いてくれるという期待を与えるからだ」と、子供の死を民主党のせいにしたとして物議を醸しているのです。
 このニュースの通り、メキシコとアメリカとの国境にたどり着く人々は、メキシコ人とは限りません。中米各地から文字通り両手で持てるものだけを携え、ときには裸足で歩いて夢の国アメリカを目指します。モロッコから海峡を渡ろうとしている人々の多くが、モロッコ人ではない状況と似通っています。
 
 アンドレア・ラモレスは、テキサス州に住むメキシコ系アメリカ人です。
 彼女はトランプ大統領を支持しています。彼女の両親はメキシコからの移民で、テキサス州のサンアントニオで不動産業を営み成功しました。娘は同じくメキシコ系の夫と両親の事務所のあとを継いでいます。
 アンドレアは、これ以上不法移民が増えて、治安が悪くなり、メキシコ系移民への偏見が強くなることを危惧しているのです。そして、自分自身はアメリカ人として、アメリカの利益を考えてトランプ大統領に投票したと語っています。
 彼女は、貧しい中米の人々には同情するものの、そうした人々をアメリカが引き受ける必要はないと考えています。それは、モロッコでドライバーをするアブドゥールと同じ考え方です。海峡、そして川を渡ることができた人々と、そうでない人々との明暗があちこちで見えてきます。
 
 モロッコやメキシコを経由して、豊かな地域を目の前に見ている人々。海峡や川の向こう側にたどり着けば、10年、あるいは20年も頑張れば、それなりの生活ができるようになるはずだと彼らは信じています。それよりも、元の暮らしに戻ることが、荒廃した彼らの故郷に戻ること自体が不可能なのです。
 

南北問題に揺れる政治、投じた一票の先に見える世界は

 アブドゥール・マシャーリは、そんな難民の姿を見つめながら、ドイツに渡れなかった自分を悔やむ時間もなく、豊かな国からやって来る観光客のドライバーとして家族を養っています。子供達にはなんとか海外で豊かになってもらいたいと思いながら。観光客はモロッコを楽しむと、ニコニコしながら彼と握手をし、空港からヨーロッパに戻って行きます。ほんの2時間も飛行機に乗れば、そこは安全で清潔で、便利な先進国です。観光客が一日で使う遊興費が、アブドゥールには一月分の給与にあたるのです。
 そして、テキサスに住むアンドレア・ラモレスは、民主党の反対にあって停滞しているメキシコとアメリカとの国境の壁作りが進み、自分たちの街にこれ以上貧しい移民が流れてこないよう、政治活動に参加しています。
 
 そうした最中に、グアテマラからメキシコを経由し、はるばるアメリカにたどり着いた子供が死亡するという悲しい事件が起きたのです。
 このような悲しい現実がありながらも、アメリカには豊かさを求めて今でも世界中から人が押し寄せます。その中から将来のアメリカを支える優秀な人々が生れ、育つのもまた事実です。
 
 右傾化が続く世界にあって、南北問題は世界の政治に大きな影響を与えています。
 2019年にフランスとドイツがどのように変化するか。そんなヨーロッパの変化に、モロッコなどのイスラム教諸国がどのように対応するか。そして、トランプ政権はどのように推移するか。それが文字通り、アブドゥール・マシャーリやアンドレア・ラモレスの投じる一票にかかっているのです。
 

* * *

『アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)

アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

中間選挙を前に分断されるアメリカ社会

“As President Trump and his allies have waged a fear-based campaign to drive Republican voters to the polls, far right communities have parsed his statements. Looking for hints of their influence.”

トランプ大統領が、共和党への投票につなげるために恐怖心を煽るキャンペーンを進めてゆくなか、極右のコミュニティは大統領の発言をいかに利用して自らの影響力へつなげようかと策を練っている。
(New York Timesより)

中間選挙を直前に控えたアメリカ。その状況を理解するために、ここに一つの議論のサンプルを紹介します。
 
まず、一人の人が発言をはじめます。
彼の名前はロバート。彼はトランプ大統領を支持する典型的な人物です。年齢は50代になったばかりの男性で、元工場労働者。妻は地元の会計事務所で長年、会計士のアシスタントとして働いてきました。二人が住んでいるのは、アメリカの中央部にあるミズーリ州のとある小さな町です。

「我々は、週末には教会に集まり、家族を大切にし、勤勉に働く。この教会に集まるのはみんな、そんな仲間だよ。そんな伝統が崩れてゆく。外国から文化も価値も共有できないような連中がきて、我々の生活の中に入り込んでくる。私に言わせれば、今そうした連中によって、我々が培ってきたアメリカ社会が蝕まれているように思えてならないんだよ」

 
この発言に対して、一人の女性が反論します。彼女はシェイリーという名前で、サンフランシスコに住み、現地の大学の図書館に勤務。夫はシリコンバレーのハイテクベンチャーで、マネージャーとして勤務しています。

「あなた方だって、移民の子孫じゃなかったんですか?アメリカは多様な移民が集まることで、知恵も集まり、アメリカならではの平等な価値観が育まれているんですよ。それを閉ざしてしまえば、アメリカはアメリカじゃなくなるし、何をいっても今まで何年もかかって培われてきた、人権や自由を尊重する社会が壊されてしまうと思うんですが」

 
ロバートは、彼女のこの発言に即座に反論します。

「それじゃあ、我々の生活はどうなんだい。私が勤めていた工場は、海外の安い労働力に押されて閉鎖されてしまった。自分たちの生活を守ろうと思っても無理だよ、これでは。しかもそんな国からの移民まで受け入れるって、どういうことだい。我々は自分たちの地域社会を守りたいんだよ」

 

「今、サンフランシスコをみればわかるけど、ここには世界中の人が集まっている。そして、実際に世界中の経済は繋がっているんですよ。あなたの工場が閉鎖されたのは気の毒だけど、資本主義の世の中は、知恵や工夫のある企業が勝ち抜いてゆくのは当たり前のことでしょ。今、アップルグーグルといった世界を牽引している企業は、そんなアメリカ社会で成長した企業なのです。しかも、そこには世界中から優秀な人が集まってくる。肌の色も、宗教も、そして風俗習慣も異なる人々が集まって、我々と一緒になって世界中で販売できる競争力のある商品を作ろうとしている。そのためにも、世界に開かれた社会こそが、これから必要とされているんじゃないんですか」

 
ロバートは、シェイリーの一言一言が気に入らないようです。

「うんざりだよ。グーグルにしろ、アップルにしろ、もっとアメリカ人を雇用するべきだよ。そして、アメリカの企業から部品を買うべきだ。国家が自分の国の利益を考えて、何がいけないんだろう。海外のものには関税をかけ、自分の国の産業を守ろうとするのは当然じゃないか。今の大企業には、そうしたモラルはまったくないよ。アメリカを第一に考えてこそ、我々の生活が守られるはずだと思わないのかい。愛国心がないんだね。君たちには、あの伝統的なキリスト教徒としての家族意識やコミュニティ意識が欠如しているんだよ。それは、あの耳にタコができるほど聞き飽きた、グローバルというまやかしの言葉を使い続ける大企業の連中にもいえることだ。アメリカは元々、偉大な国家だった。でも、君たちによって汚された。アメリカは世界一の超大国だよ。それは、我々のようにアメリカ人としての伝統を守ってきた仲間が創ってきた国なのさ」

 

「一体いつの時代のことを言っているんですか。例えば、アメリカだけで、全ての部品が賄えて、衣食住に必要なものが調達できるとでも思っているのですか。アメリカが他国に関税をかければ、それはあなたが買い物をするときの物価に跳ね返ってくる。それって単純な論理じゃないですか」

 
ロバートは、彼女の話を途中で止めます。

「まてよ。我々だって、世界のどこの連中より素晴らしいものを作れるよ。中国でも日本でも、自分たちだけに都合のいい規制に守られて、安い物をこちらに送り込んでくる。アメリカ人は寛容だったのさ。お人好しといってもいいほどにね。メキシコなんて、自分の国の国民を食べさせてゆけない責任を、こちらに負わせているじゃないか。こんなことをしていたから、あのイスラム教徒の悪魔たちが、セプテンバー11のようなことまで起こしてしまった。我々アメリカ人は、そんな外国の影響から独立して、実直で誠実な暮らしに戻るべきだ。昔のように勤勉に働いて、しっかりと我々のために我々でものを作るんだ」

 
シェイリーはうんざりしたような顔をして、ロバートの話を遮ります。

「あなたが移民を排斥して、アメリカが閉ざされた国家になれば、それこそ、アメリカは偉大ではなくなるのよ。寛容の精神もなく、昔のように他所からきた人を差別する社会に逆戻りすれば、アメリカ社会そのものが萎縮して、経済的にも貧困になるはず。しかも、キリスト教徒の伝統っていうけど、信教の自由は社会の基本ですよ。あなた方だって、祖先はプロテスタントとし迫害を受け、宗教の自由を求めて、アメリカにやってきたのでしょ。そのことをお忘れなの?」

 
今、アメリカはこの二人のように、全く相容れない立場と考え方に分断されているのです。それは、過去にはなかったような敵愾心までお互いに対して抱いています。
150年以上前に、アメリカは南北に分断され南北戦争を戦いました。今は、そうした境界線が人々の心の中に築かれて、新たな分断を生み出しています。
人々が最も危機感を抱いているのは、トランプ大統領を支持する人と、そうでない人との間に、こうした全く妥協を許さない分断が起きていることなのです。
 

* * *

アメリカ人と文化の壁を超えてビジネスをするために!

『トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)
国家・民族・言語・宗教の境界を超えてアメリカ人と対等にわたりあう、80の絶対法則!
欧米をはじめ、日本・中国・インドの大手グローバル会社で100社4500人の異文化摩擦を解決してきたカリスマコンサルタントである山久瀬 洋二氏が、トランスナショナルなアメリカ人を正しく理解し、対等にビジネスするための奥義を、豊富な事例と図解でわかりやすく説明します。英語よりも、MBAよりも、もっとずっと大切なものがここにあります。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ