文明を消化できないとき、人類は悲劇に見舞われた
【Classroom より】
Johann Gutenberg’s invention of the printing press around 1448 had a significant impact on the spread of ideas in Europe and beyond. Printing technology traveled quickly across Europe and, at a time of great religious change, played a key role in the success of the Protestant Reformation.
ヨハネス・グーテンベルグが 1448年になした活版印刷の発明は、ヨーロッパからさらに世界に大きな影響を与えた。印刷技術がヨーロッパ中に拡散したことは、宗教改革の成功の大きな要因の一つとなったのだ。
【解説】
前回に続いて、ポピュリズムについてさらに深く考えてみます。
新幹線に乗って、車窓を流れる風景みるのは楽しいことです。それは時速 250キロで流れる風景です。
しかし、ほんの数十年前、我々はもっとゆっくりと移動し、時速60キロの列車からの風景を楽しんでいました。当時の人が新幹線に乗れば、あまりにも早く風景が移動するので落ち着けないかもしれません。
さらに 100年以上前、人々は馬車に乗って移動していました。そんな時代の人々の感性を、我々はすでに失っています。
例えばベートーベンの交響曲を聴いているとき、我々は 200年前の作曲家の心に広がる風景をイメージします。しかし、当時と今とでは楽器の音色も、リズム感も、なんと基準となる音の高さも異なっているのです。歴史を認識するには、人が振り返っても感じることのできない過去に向けて想像力をたくましくしないかぎり、そこに生きた人々が抱いていた本当の思いには至れないのです。ポピュリズムとは、このような歴史上の事象を理解しようとする努力なく、現在見えている結果だけを誇大に表現し、人々にアピールしようとする発想ともいえるのです。
人類は長い年月の中で世界中に様々な文明、文化を築いてきました。
文化の違いは縦糸での世代や時間軸と、横糸での地域や人種などの違いが複雑に交差して生み出されます。我々は、その複雑な世界を未来の人に手渡しながら、歴史の一こまの中に収まって、みるみる過去へと収斂してゆくのです。
ポピュリズムの危険性とは、この縦糸と横糸の複雑な交差にあえて目を瞑り、現代の自分とその周辺の社会のみでの妥当性をもってそれをユニバーサルだと主張する行為でもあるのです。
課題があります。19世紀後半になって、人々は電気の力を得ることができるようになりました。電気のスピートに乗って、電線を声が走り、電波に乗って映像が伝わり、今ではインターネットによって複数の情報を相互に交換できるようになりました。
その利便性の中で、人類そのものがどのようなアクションとリアクションとを受けながら現在に至り、未来へ向かおうとしているのかを冷静に捉える余裕を失いつつあります。我々は現在急速に進化している情報技術 Information technology の速度に意識がついていっていないのです。
文明の進化の速度と、それをマネージし、コントロールするノウハウとのアンバランスは、常に人類に試練を与えてきたという事実を振り返らなければなりません。
自動車や飛行機の発明、化学の進歩が、2つの世界大戦で人類を空襲や毒ガスによる大量殺戮 massacre へと追い込んだことはその典型です。
さらに古い時代をみるなら、13世紀にグーテンベルグが発明した活版印刷 Letterpress printing は、文章を大量に印刷することを可能にした画期的な発明でした。この利便性を最大限に利用したのが、1517年にローマカトリックに対して宗教改革 Protestant Reformation を唱えたマルティン・ルターでした。それが今回冒頭に紹介した世界史の記述です。
例えばルターは聖書をドイツ語に翻訳しました。ラテン語というローマの特権から聖書を解放し、それを一般の人々の手元に届けるきっかけをつくったのです。活版印刷の発明は、こうした活動を可能にしてゆきました。
宗教改革の発端となったルターの「95箇条の論題」Ninety-five Theses も、印刷技術の進歩によって、ヨーロッパ各地に迅速に伝わっていったのです。
しかし、この迅速な情報伝達のために、ルターを支持してローマ教皇の権威からの独立を願う有力者と、ローマ教皇に忠誠を誓う人々との間の確執がうまれ、それまでにはない血で血を洗う戦争にヨーロッパ中が巻き込まれたのです。1618年にはじまりドイツを中心として中部ヨーロッパを荒廃させた 30年戦争 Thirty Years’ War など、数え切れない国際紛争、内乱がおきたのです。
現代に戻りましょう。我々の生きる時代の特徴は、情報伝達技術の進歩によって、大量のメッセージを偽りであろうと軽率であろうと、人々のお茶の間に、オンタイムで届けられるようになっていることです。しかも、我々はそのメッセージをインターラクティブに活用できるのです。
それだけに、人々が能動的にインターネットを活用しコミュニケーションできる素晴らしい時代にあって、気付くと能動的だと思われていたことが、大量に発信される心地よい情報を受動的に活用しているにすぎない危険性に我々は晒されているのです。それがポピュリズムの罠ともいえる我々の課題なのです。
ここで改めてそうした危機を克服するために、多様性の尊重というテーマを強調します。人々には多様な意見や文化の違いがあり、その文明や思考のルーツも異なるのだということを、丹念に根気強く模索する行為が、今必要です。
さらに、過去の経緯と現在の結果の間にある複雑な情報の網や、誤解の連鎖に気付くことも必要なのです。
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『日英対訳 アメリカQ&A』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!