【海外ニュース】
“Polish” death camps. Mind your language.
(エコノミストより)「ポーランドの死の強制収容所」言葉に注意
【ニュース解説】
この小さな見出しの意味するところ。それはいかに世界が複雑な過去を背負っているかということ。この記事、オバマ大統領の失言についての記事なのです。
第二次世界大戦中、ポーランドはナチスドイツの占領下にありました。そこには昔から多くのユダヤ系の人々が居住していました。結果として、ヒットラーはポーランド国内に強制収容所を造り、大量虐殺をはじめたのです。「シンドラーのリスト」など、それをテーマにした映画、小説は数えきれません。ポーランドには、前の法王ヨハネパウロ2世がポーランド生まれだったことからもおわかりのように、カトリック教徒も多く住んでいます。中にはユダヤ系市民に偏見を持つ者も多く、実際に根強い差別もありました。
ドイツ占領下のポーランドでは、ユダヤ系の人を匿うことは命のリスクでした。従って、ナチスにユダヤ系の人がいることを密告したケースも多くありました。しかし、逆に命の危険をおかして、潜伏する人々を匿った人も多くいたのです。そんな勇気ある人々の功績をいかに見つけ、報いてあげるかは、今なお欧米世界の大きなテーマなのです。
そんな戦時下のポーランドの活動家に、ジャン・カルスキー Jan Karski という人物がいました。カルスキーは、第二次世界大戦初期にポーランドがドイツとソ連に分断されたときソ連側に抑留。その後ドイツ側に引き渡されますが逃亡し、レジスタンスに加わります。ドイツ側に拘束され厳しい拷問を受けたこともありましたが、なんと再び逃亡し、ロンドンのポーランドの亡命政府 exiled government に加わり、またも占領下のポーランドに潜入します。そこでユダヤ人虐殺の克明なレポートを連合国側に送り、その救済を訴えたのでした。
カルスキーの報告は、ユダヤ系市民の組織的殺戮を最も初期に、しかも克明にレポートしたものでした。カルスキーは、アメリカに移住したあとも、ルーズベルト大統領をはじめ多くの人にその事実を訴えますが、連合国はユダヤ系市民の虐殺の実態をも確信せず、解放のために動くことはありませんでした。
さて、オバマ大統領は、故カルスキー氏に勲章を贈るための演説で、Polish death camp と言ったのです。意味は「ポーランドにある死の収容所」となりますが、言葉によっては「ポーランドの死のキャンプ」となり、あたかもポーランドがナチスに協力していたかのような印象を与えます。実際ポーランド人は海外の人がこの表現を安易に使用することを極度に嫌っているのです。ワルシャワに大統領のスピーチが伝えられると、その日のうちに抗議が殺到。
アメリカ政府は、The President was referring to Nazi death camps operated in Poland. The President has demonstrated in word and deed his rock-solid commitment to our close alliance with Poland.(大統領はナチスのポーランドにおける死の強制収容所という意味で声明をだしました。言葉と行為でポーランドとの強い連携を表明したのです)という声明を発表し、火消しに懸命になりました。ワルシャワの次にポーランド人が多く住むのはシカゴ周辺といわれるように、アメリカ国内に1千万人にものぼるポーランド系アメリカ人が居住しています。選挙の年だけに、大統領はそうした国内世論にも神経を尖らせます。
ポーランドのみならず、ソ連からの独立を望んでナチスに協力したウクライナのケースなど、第二次世界大戦は欧米に住む人々に複雑な亀裂を残します。カルスキーは後年、「連合国がユダヤ系市民の救済に奔走したというが、それは罪悪感からくる宣伝行為だ。早く手を打てば多くの人が救済された。本当の英雄はそうした人々を命をとして救済した、ポーランドやヨーロッパ各地の市民たちなのだ」と述べています。
当時のポーランド人とユダヤ系市民の複雑な関係を知りたい人は、2001年にリリースされた「ぼくの神様」Edges of the Load という映画をお薦めします。それは、ユダヤ系の少年を匿うポーランド人一家の子供達の物語です。
世界は、67年経った今も、第二次世界大戦の陰から抜け出していないのです。