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教皇の辞任と現世の皮肉

【海外ニュース】

Benedict Departure Will Leave Little Room for Change
(Voice of America より)

ベネディクトの辞任といっても、変化は殆どみられないだろう

【ニュース解説】

2月11日に、ローマ教皇ベネディクト16世が、今月末に辞任することを発表すると、アメリカ中のメディアがそれをトップニュースで伝えました。
アイルランド系やイタリア系、そしてポーランド系など、多くのカトリック信者がいるアメリカでは、教皇の辞任は大変、大きな話題です。

当然のことながら、なぜ教皇が辞任するのかという憶測が流れます。心身両面の健康状態が辞任の理由。しかし、カトリックの頂点に立つ人物の肩にのしかかる責任は大きなものだと、メディアは分析します。

さて、そんな発表のあった翌日、グアムで日本人の観光客を巻き込んだ惨劇がおきました。しかし、アメリカのメディアは、それと同時におきたもう一つの事件をより大きく報じます。ロサンゼルスで発生した、元警察官が、退職した警察官の娘とその婚約者、さらに警察官二人を射殺し、山に逃れたあと、家に立てこもって自殺した事件です。

そして同じ日 (火曜日) の夜、オバマ大統領は State of the Union、すなわち一般教書と呼ばれる国会議員に向けた施政方針演説で、経済や環境問題で民主党と共和党の協力体制の必要性を強調し、銃規制を進めようと呼びかけました。
大統領が、皮肉にもロサンゼルスでまたもおきた銃による殺人事件と同時に、一般教書のスピーチを行ったわけです。

こうした世界中でおきる人のモラルに関する事件に、ローマカトリック教会がどう対応するか。しかし、そんなカトリック教会ではスキャンダルが続きました。神父が少年を性的に弄ぶ事件がアメリカでは過去に何度も発生したのです。
また、同性愛者への差別が社会から除去されてゆくなかで、同性愛という行為そのものを認めるかどうか、教会は判断できませんでした。
さらに、教会での男女平等の問題があります。
それは、女性がカトリック教会で重要な地位に就くことを認めよという運動ですが、それに対しても教会は応えません。

変化する時代に、ローマ教会は対応していないと、信者からも批判が続出しているのです。
現在の世俗権力を象徴するオバマ大統領の政治理念の骨子である「自由」と「平等」の概念ですら、ローマ法王庁の見解との対立がみられます。
そうした状況で、銃の問題や、テロへの対応などで揺れる社会に対して、宗教的権威として光を与える役割を果たせる状態ではないと多くの人々がカトリック教会を批判しているわけです。

In April 2009, he visited the tomb of Pope Celestine V who resigned in the year 1294, one of the only popes ever to do so. (2009年の4月に教皇は在任中に辞任した数少ない教皇として知られ、1294年に教皇の座を退いたケレスティヌス5世の墓にお参りしています) と法王とも交流のあるアメリカ人の聖職者はマスコミに語っています。
そして、その頃から法王は辞任を考えていたのではと付け加えています。
ケレスティヌス5世は、法王の地位を巡る政争の中で暫定的に法王となった人物で、本人は教義に忠実で清貧をよしとする高潔な人物であったといわれています。しかし、ケレスティヌス5世は就任後半年で、そんな政争を嫌い辞任しています。

そして、さらにローマ教会が世俗の権力闘争と絡まりながら、ついに二つに分裂したのが、1378年から1417年のこと。
それを収束させるときに、当時の教皇が神聖ローマ帝国の皇帝などの圧力で辞任したことがありました。そんな腐敗した教会の権威を批判したフスという人物が火刑に処せられ、ヨーロッパ世界が大揺れに揺れます。
それから100年して、ルターがローマ教会に抗議しはじまったのがヨーロッパに拡大した宗教改革だったのです。

今回の法王の辞任。それは、教会の分裂がおきた中世以来のこと。
その辞任が単に心身の問題だったのか、それとも背景に法王自身が抱いていた時代と乖離 (かいり) するカトリック教会への悩みがあったのかは不明です。
とはいえ、保守色を表したまま辞任するベネディクト16世は、次回の法王の選出には加わりませんが、彼の影響を強く受けた枢機卿が過半数を占めているといわれるローマ教会が、どのように変革に着手するかは疑問であるというのが、Voice of America の見解なのです。

そうなれば、前教皇のヨハネパウロ2世以来の保守的な教会運営にうんざりした人によって、さらに教皇の権威が陰るのではと危惧しているのは、ジョージタウン大学の神学教授、チェスター・ジル氏です。であれば、中世の教会大分裂とはいかないものの、ローマ教会の存続に影響を与えるインパクトがないとは限りません。

宗教的権威のあり方が問われているのは、カトリック教会のみならず、世界中の傾向かもしれませんが。

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