あるIT系大手での出来事。
その会社がアメリカの企業を買収することになり、そこの人事部長と打ち合わせをしたときのことです。
これから多くの人がアメリカに出張すると思うので、そのとき気をつけなければならないことをイントラネットなどで紹介したいのだがというのが、そこでの依頼でした。
そこで、私は特にアメリカと日本とのビジネス文化の違いに詳しい一人のアメリカ人へインタビューを音声と画像でまとめることを薦め、その人の顔写真いりのプロファイルをメールしました。
その翌日電話があり、部長さんいわく。
「内容は面白いんですが、この人かなり年配ですね。我々の社風からみて、もっと若くて、いかにもシリコンバレーなどでどんどん仕事をしているイメージの人がいいんですがね」
そこで、私は言いました。
「いえね。この人、おっしゃっているシリコンバレーの国際企業でもコンサルタントとして活躍していますよ」
「でもね。ちょっとイメージがね」
日本では、顧客がそう言っている以上、顧客の姿勢を批判することはなかなかできません。
しかし、ここでよく考えてほしいんです。今回の顧客であった会社の部長さんの依頼は、日米のビジネス文化の違いに精通した人材による情報提供です。年齢は関係ないはずですね。そのアメリカ人は話もうまく、日本とアメリカとのビジネスコミュニケーション上起こりうる問題を極めて的確に指摘します。
ということは、このアメリカ人はここで依頼されたビジネスを遂行する上では、問題がないどころか、最適な人材なのです。
それなのに、年齢を理由に断ることは、アメリカでは age discrimination、すなわち年齢に対する差別として訴訟の対象にもなりえるのです。つまり、アメリカで業務をする上で、正に気をつけなければならないことを、この人事部長は率先してやってしまったことになります。
ビジネス文化の違いの中で、最も気をつけたいことは、universal と situational についての判断の違いです。
Universal とは、なされた判断や基準がどこにでも例外なく適応されるべきと考えることで、situational とはケース・バイ・ケースで例外や柔軟性をもって適応しようとする考え方です。
ルールがあれば、それを絶対に遺漏なく適応させようというのが universal なら、ルールがあっても時と場合によっては無理をきき、別の判断をしてもよいというのが situational です。
アメリカのビジネス文化の中で、最も universal な方に振り子がふれているのが、人を人種、国籍、年齢、さらには同性愛などの性的趣向や性別などで差別をしてはいけないという平等の考え方です。
移民社会であるために、歴史的に移民同士の偏見や差別意識を克服するために多くの試練を経てきたアメリカでは、人種偏見や人が自らの力で変えることのできない背景によって差別されることに対して、日本では考えられないほどに敏感であり、厳格な対処が求められているのです。
従って、この件については、situational な対応はまずあり得ません。
別の話もあります。
「日本人は、おつりに対して厳格ですね」
ある海外から来た人がこう話してくれたことがあったのです。
「どういうこと?」
「あるお店で、おつりが2円足りなくて、レジの人が私を待たせてわざわざそれをとりに店の奥までいって両替をしてくれたのです。いいよ、いいよと言っても、とんでもありあせんと、頑として2円を用意しようとするんです」
「なるほど。でもあなたはちょっと苛立ったでしょう」
「そうなんです。私はこう考えました。その人が2円を用意するために私が待っている間の時間の方が、はるかに高くつくってね」
「そう、日本人はこうしたお金のやりとりについては、極めて universal な方向に触れた対応をするんです。アメリカなんかでは、数セントだけのことなら、別にどうでもいいよって対応をしますよね。この感覚は日本人にはないかもしれませんね」
「どこの文化にも、こだわりの強い部分と、そうでない部分とがあるんですね」
「それを、他の文化の人がみると、融通がきかないとか、官僚的だという風に感じることもあるんですよ」
「これには、上下関係にうるさい文化とそうでない文化による違いも影響しますね」
「その通り、例えば、上下関係がうるさい文化に属する人の場合、立場が低い人は situational な対応を要求されますし、大きな組織の一部に属する人は、自分にとって絶対な存在である組織のことを考えるが故に、自らが situational になりにくい環境におかれてしまいます。しかし、逆に平等を徹底している文化の人は、契約書などにおいては対等にそれを例外なく履行するべきだということになり、上下の意識なく、どちらに向けても universal な対応をしようとすることもあるのです。それが、顧客を上と見て、ベンダーを下とみる日本などのビジネス文化からみると不可解で、時には不愉快にもみえるというわけです」
そう、一つの文化が全て universal な対応をしたり、situational な対応をすることはあり得ません。それだけに、それぞれの文化や地域に属する人にとって、何が大切な価値観で、何がそうでないかを理解することが重要になってくるのです。