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「テロと宗教」、それはイスラム教だけではない人類の潜在的な課題

【海外ニュース】

In Colorado, Bustling with Shoppers, Then Gripped by Chaos.
(New York Times より)

コロラド、買い物客のにぎわいが、一転して騒然と

【ニュース解説】

27日の朝、コロラド・スプリングスのショッピングモールは感謝祭の買い物客でにぎわっていました。そこにあった妊娠中絶のクリニックがライフルを持った男に襲われ、3名が死亡、9人が重軽傷を負うという惨事がおきました。

アメリカではキリスト教の信者の中に、人工妊娠中絶を、神を冒涜した殺人行為として強く批判する人々がいます。そして中には、言論に訴えず、武力で中絶を行う病院を攻撃する者がいるのです。狂信的なテロ行為は、イスラム教原理主義者に限ったことではありません。
今回、コロラドでおきた事件の容疑者がそうした背景を持っているかどうかは、現在捜査中です。しかし、この一報が報道されたとき、アメリカを知る誰もが、宗教的な背景を疑ったことはいうまでもないことなのです。

アメリカの社会を垣間みると面白いことが見えてきます。
最先端の技術をもってグローバルに活躍したり、スペースシャトルを打ち上げる施設で働いたりしている人の多くが、週末には家族と教会に行って祈りを捧げ、キリスト教のモラルに従った生活をおくっています。特にキリスト教への信仰を強く持たない人ですら、その生活規範や価値観には、彼らの親や兄弟が生きて来たキリスト教の道徳観の影響を受けています。
科学と宗教。その一見矛盾した2つ概念が、アメリカ社会で不思議な均衡を保ちながら国の風土を造っているのです。
アメリカは移民社会で、かつ多くが勤勉をよしとするプロテスタント系の人々です。そうした環境のもと、自らが成功し、強く生きることが必要条件として認められていたことから、この不思議な均衡は、アメリカ人の中では特に矛盾として指摘されることはなく、ごく自然に受け入れられてきたのです。

しかし、人類の長い歴史をみると、この不思議な均衡は、至るところで破られていました。
ヨーロッパ世界をみれば、古代ローマ帝国末期は、この科学と宗教の均衡が壊されはじめた時代でした。395年にキリスト教がローマ帝国で国教になり、その影響で、市民の間に信じられていた多様な宗教が消滅しました。
その後、キリスト教の中でも、神と精霊とキリストの三つの存在を一体であると説くカトリック教が正当であるとして、西ヨーロッパ全体に君臨することになります。キリスト個人の神格化も積極的に進められました。やがて、こうした摂理に反する考え方や行為は異端として、過酷な迫害に直面します。それまで探求されてきた科学的な合理性も、そうした迫害の対象となったのです。

キリスト教が国教になった頃、ヒュパティアという女性が、エジプトのアレクサンドリアで活躍していました。彼女は聡明な科学者で、天体観測と数学、そしてソクラテスやプラトン以来のギリシャ哲学にも通じていました。彼女は天体を科学的に観測することにより、地動説にたどり着いていたのではと指摘する人もいるほどでした。しかし当時のアレクサンドリアは、ギリシャ以来受け継がれていた科学や哲学をはじめ、多様な宗教を信じる者と、国教となったキリスト教一派の間で騒乱が重なり、蓄積されていた様々な知的遺産も破壊されようとしていたのです。そうした中、キリスト教の修道士の一団によって、ヒュパティアは拉致され、生きたまま皮を剥がれ惨殺されたのです。
中世になり、その修道士の一団を指導していたキュロスという人物は、法王により聖人に列せられます。
宗教と科学の均衡がその後復活しはじめるには、それから 1000年以上の年月が必要となったのです。

16世紀以降、ヨーロッパはルネサンスの風を受け、地動説や万有引力など、科学や数学によって解明された事実が様々な確執の末に市民権を得はじめていました。また、カトリック教会の権威や教義に対しても疑問が投げかけられ、宗教改革がはじまりました。アメリカに渡ってきた初期の移民の多くは、そんな宗教改革の後の確執の中で、迫害されたプロテスタント系の人々でした。
とはいえ、宗教と科学とが完全に和解するには、さらなる年月が必要となりました。今でも、科学的には解明され、その利便性が強調される事柄でも、宗教的な倫理によってその使用が抑制されることは多くあります。特に、生命を扱う分野ではクローン技術などの応用に対して、その是非が常に議論されていることは周知の事実です。そして、この人工妊娠中絶の是非も、アメリカでは常に議論の的となる問題なのです。現在は、宗教と科学との対立が、ヒュパティアのような犠牲者をうみだすことはほとんどなくなったはずです。しかし、今回の悲劇や、フランスでのテロ行為などをみるならば、ヒュパティアを見舞った事件は、決して古代の物語ではないことを改めて実感させられます。

課題は、あらゆる宗教にみられる原理主義です。ISIS を産み出したイスラム教のみならず、キリスト教、そしてヒンドゥ教にせよ、主要な宗教にはつねに原理主義に偏る人々がいるのです。彼らは、他の価値や科学を否定し、排撃し、時にはテロ行為に訴えてでも、自らの主張と通そうとします。

アメリカは、宗教改革を生きた人々の子孫が人口の多くを占めています。皮肉なことに、彼らの一部は、逆に強い信仰心がためにそうした原理主義に偏る傾向にあることは、日本では余り知られていません。Fundamentalist と呼ばれるこうした人々に、その親派を加えれば、その裾野は広くなります。
彼らが、ISIS の問題でも、中東に再び派兵し、「アメリカの正義」を貫くべきだという世論の背景となっていることは否めません。逆に原理主義が故に他を排除して、アメリカと海外との交流を制限し、自らの世界に閉じこもるべきだという人が保守派層の裾野を占めていることも、矛盾するようですが事実です。
今回の事件の背景をみると、荒野に一人こもって生活していた犯人には、後者の思想的背景があるようにも思われます。

来年の大統領選教は、保守派の中に、どれだけそうした人々の裾野を形成する広範な有権者が影響を与えてゆくかも問われているのです。

【山久瀬洋二・画】

「異なる宗教や考え方に寛容に」山久瀬洋二・画

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