世界を蝕むコロナウイルスと疎外という二つの病根


“EU raises coronavirus alert level to high.”

(EUではコロナウイルスへの警戒レベルを引き上げ)
 

“Turkey says it will not stop refugees headed to Europe.”

(トルコは難民のヨーロッパへの移動を抑制しないと表明)
― いずれも CNN より

国境を越えるウイルス、越えられない難民

 新型コロナウイルスが世界経済に影響を与えようとしていることは、単なる検疫や防疫という課題以上の恐怖となって、人々を惑わしています。
 もともと2010年代に入ってから、世界はだんだんと閉鎖的な方向に進んできました。移民の排斥や自国の利益のために他国との連携を排除しようという新しい心理が、選挙のたびに人々の心を大きく揺さぶりました。
 コロナウイルスの問題は、そうした人間の排他的な意識をさらに刺激しているようにも思えます。防疫のニーズによる対応と差別とをきっちりと分けるように意識することが、今求められていることは言うまでもありません。
 
 そうした混乱の最中に、目下中東から膨大な難民がヨーロッパやトルコに押し寄せていますトルコ政府はそうした難民の受け入れに限界を感じ、トルコとギリシャとの国境を開放し、難民のヨーロッパへの流出を促そうとしました。これに反発したギリシャは国境に警察を配備し、催涙ガスを発射するなどして難民の流入に備えています。
 アサド政権下の内戦、加えてロシアによるISISへの空爆などにより、食料補給や医療という人間にとって基本的な生命維持手段を奪われた人々が、トルコへと流れ込み、今寒波に見舞われているトルコ東部に集結しようとしているのです。テント生活どころか路上で焚き火をして寒さに耐えながら、ギリシャからの救済を待っているわけです。
 
 ところが、EUの中でも経済難に苦しむギリシャとしては、そう簡単に難民を受け入れるわけにはいきません。まして、ギリシャからEU圏内に難民がさらに流れこむことで、国内世論の右傾化を懸念する周辺諸国にとっても事情は同じです。なぜ他国で起こった混乱のつけを我々が払わなければならないのかと、世論は硬化しつつあります。この意識が拡大すれば、様々な国々と経済体制を融合させようというEUの枠組み自体が危機に瀕してしまいます。
 そして、ウイルスがイタリアで蔓延したとき、それまではアジアの人々に向けられていたウイルスを通した偏見がイタリア人にも向けられる、というジョークとも言えず笑うこともできない現実が、ヨーロッパで垣間見られます。
 
 トランプ政権によるメキシコの壁も同様です。メキシコの壁に向かって殺到した人々は、メキシコ人とは限らないと言われています。政治的・経済的混乱の続く中米の人々が、メキシコを縦断して歩いてきたのだと言われています。トルコとメキシコとが置かれている状況には、皮肉な類似点があるのです。
 

防疫・安全が先か、国益・支持率が先か

 そして、国境での緊張と移民の流入に右往左往している世界の国々を、コロナウイルスが伝播しました。
 まさに国境など、ウイルスには関係ありません。アメリカが中国の武漢からの帰国者の防疫体制を楽観視した結果、アメリカ国内でもウイルスに感染した人々が拡大しているという懸念を専門家が指摘すれば、それを聞いたトランプ大統領が渋い顔をするといった醜い状況が、生々しくテレビで中継されます。
 トランプ大統領としては、再選のためにどうあっても好景気を維持しなければなりません。そこにウイルスが待ったをかけようとしたのです。その深刻さをあまり国民に知ってほしくなく、楽観的な見方を強調しようとした同じ場所で、コロナはパンデミック(大流行)の恐れがあると関係者が発言するものですから、大統領は苦笑してしまったのです。
 
 移民の流入に待ったをかけ、アメリカの国益はアメリカ人だけで享受すべきだとして支持率を上げてきたトランプ大統領にしてみれば、ウイルスにも「国境」があってほしいのです。
 同様に、つい最近まで日本と韓国との間には、国境を挟んで厳然とした政治的課題があり、お互いがプライドをぶつけ合ってきました。そんな両国も、海峡という国境を越えて同じウイルスに見舞われ、今やお互いに収束に向けてやっきになっています。
 元々ピラミッド型の組織の中で硬直し、上からの指示なくしては何も判断できない日本の制度が、ウイルス検査の実施を遅らせました。一方の韓国では、慌てて全国的に検査を徹底しますが、感染者の数は増える一方です。もっとも検査が徹底できない日本での実際の感染者の数は未知数であるという事実も忘れてはなりません。
 
 ウイルスの拡大は経済のみならず、東京オリンピックの開催にも影響を与えるかもしれません。しかし、世界中がまさにオリンピックさながらに、自分の国こそウイルスへの対応で優等生になろうと、他国を横目に見ながら指導者たちは国内への政治的アピールに必死です。
 安倍首相も国民をさんざん待たせたあと、遅れに遅れたリーダーシップを国民に向け誇示しています。そこには、トランプ氏と同じ心理が見てとれます。経済への波及は最小限に食い止め、同時に医療対応の不備への国民の怨嗟を処理しようと重い腰を上げたわけです。現場でどんどん判断し危機に対応する、という権限委譲のできていない国の組織の末端は、そんな首相の動向を見ながら、改めてどうしようかとあたふたするという体たらくです。
 

©JIJI PRESS LTD.

閉鎖的な世界に蔓延する人々の不安

 そして、トルコとギリシャの国境では難民が、ウイルスに目を奪われている世界の人々からも放置されたまま、寒さに震えています。恐らく、我々には想像もできない劣悪な環境の中、ウイルスに感染したりインフルエンザで落命したりする人も多いのではないでしょうか。
 
 株式市場も大荒れです。株式市場はそれ自体が経済を即日直撃するものではありません。問題は、株式市場は人々の不安を率直に照らし出し、その不安が経済にじわじわと影響を与えるのです。
 
 内向き志向へと偏りつつある世界の傾向に拍車をかけた、国境なきウイルスの蔓延。この皮肉をこれからどのような気持ちで注視してゆけばよいのでしょうか。
 

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『英語で読む そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー (原著)英語で読む そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー (原著)
孤島の洋館に集められた年齢も職業も異なる10人の男女。招待主は姿を見せず、10人は嵐が襲う島から出られなくなってしまい、やがて、館に伝わる童謡になぞらえた殺人が起こる。誰かが殺されるたび、10体あった兵隊人形も一体ずつ消えていく。ひとり、またひとりと殺されて、ついには…。
今も世界中で映画化やドラマ化がされるミステリーの女王、アガサ・クリスティーの傑作が、日英対訳で楽しめる一冊です。

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