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アメリカ議会乱入事件の背景にあるもの

Trump faces imminent prospect of second impeachment.

(トランプ大統領は、二度目の弾劾裁判への瀬戸際に立たされている)
― CNN より

前代未聞|アメリカ連邦議会議事堂の乱入事件が起きた背景とは

 アメリカで前代未聞の大事件が起こりました。
 日本の国会議事堂にあたるアメリカ連邦議会議事堂に、トランプ大統領支持者が暴徒となって乱入し、次期大統領を正式に承認する儀式を阻もうとしたのです。これによって、死傷者も出てしまいました。
 
 一般的に暴動といえば、生活困窮者や差別に苦しむ人々が、圧政や不平等に耐えかねて起こすものと思われがちです。
 しかし、今回の暴動を起こしたのは、自らが資金を捻出してアメリカ各地から集まった、いわば過激なトランプ大統領支持者であるといえましょう。決して困窮者でもなければ、不当な扱いに苦しむ人々でもないのです。
 
 ここで、今回の事件を整理するために、そして遠く離れた日本で、アメリカ人の意識をしっかりと理解し、この事件の背景を分析するために、知っておきたいことがあります。
 それは、今まで幾度となく社会問題とされてきた、アメリカ人が銃を持つ権利についての理解です。この権利の背景にある発想と今回の暴動とは、見えない糸で繋がっているのです。
 
 その起源は、アメリカがイギリスから独立したときまで遡ります。
 今の合衆国憲法の源流ともいえる独立宣言の中に、次のような一文があります。ここでそれを意訳してみます。
 
 「もし、政府が人々の求める平等や幸福を追求する権利を認めず、そうした利益に反する行為をした場合、人々はそうした政府を取り除き、新たな政府を打ち立てる権利がある」
という独立宣言の最後の文に注目してほしいのです。
 
 この政府を転覆させる権利を革命権といい、この起源は17世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックなどによって提唱され、市民が政府に対して抵抗できる基本的な権利であるとして、イギリスやフランス、さらにはアメリカの独立戦争など、その後の歴史に大きな影響を与えたのです。
 この革命権と、それに裏打ちされた自らの財産と生命を守る権利が、アメリカでの銃を保持する権利の裏付けとなっているのです。
 
 今回の暴動を起こした人々にかかわらず、事あるごとにアメリカで抗議行動が多発するのは、アメリカ人の意識の中に、こうした個人が政府に抵抗することができるという発想が強く根付いているからに他なりません。
 

どうなる|トランプ大統領二度目の弾劾危機の行方とアメリカ議会

 しかし、今回の行為は法治国家の根本を脅かすものとして、他の抗議行動とはしっかりと区別されなければならないことは、いうまでもないことです。
 ですから、事件の直後から、アメリカ議会はこの暴動を煽動したとして、トランプ大統領を激しく非難します。そして、たとえ任期があとわずかでも、トランプ大統領を罷免しようとしているのです。
 
 これは、合衆国憲法の修正25条にある、「政府と議会が、大統領がその職務を遂行するに相応しくないと認めた場合に、大統領を罷免し、副大統領が大統領に任命される」という規定に基づく対応です。
 しかし、この手続きはペンス副大統領をはじめ閣僚の協力と、議会の賛同が必要なため、そのまま承認されるとは思えません。
 そこで、修正25条に基づく対応が無理な場合、上下両院だけで決議できる弾劾裁判に持ち込もうともしています。これが可決されれば、即座に大統領を罷免できるのです。しかし、現在のところ、上院は共和党が多数なため、それも可決されるかどうかは未定です。
 
 一方で、この騒ぎが起こる直前に、ジョージア州で上院議員の決選投票が行われました。
 その結果、伝統的に保守色の強いジョージア州で争われた2議席を、民主党候補が獲得したのです。民主党から見れば、これは今までにない快挙です。
 
 この結果によって、これからは法案や大統領の罷免など議会の決定が必要とされるときには、上院の議席が共和党と民主党で、きれいに50%ずつ二分されることになります。そして、上院で投票が同数の時は、副大統領が採決できるという規定が憲法にはあるのです。
 
 つまり、現段階ではすでに下院は民主党が多数派であり、今後は、ジョー・バイデン政権が発足すれば、カマラ・ハリス氏が副大統領となるために、上院でも民主党が優位に立てることになるのです。
 こうした政界の新しい動きに怒りを覚えた、過激なトランプ支持者が、議会の占拠という暴挙に出たわけです。
 

これから|深まっていくアメリカ市民の分断と懸念されるテロ行為

 今、アメリカが世論によって分断されていることは、これまでも何度か解説しました。
 私の友人などは、今回の暴動は予測できたと語ってくれます。そして、なぜ警備をもっと厳重にしなかったのだろうと、FBIや警察の対応を批判します。また、もう一人の友人は、この暴動に参加した人々のことは我々には到底理解できない、どこか別の宇宙の人間だよと呆れていました。
 
 しかし、FBIなどの発表によると、今回の暴動に参加した人の多くは、ごく普通の市民だったのです。
 また、米軍に勤務していた戦闘経験のある人々も参加していたと発表しています。つまり、アメリカの市民の分断は、それほど根深くなっているのです。
 
 そして、もう一人の友人がコメントしました。

「彼らの本音はね、トランプ大統領の本音も同じだけど、それは結局、多様で多彩になったアメリカ社会への反発なんだよ」
 
 つまり、有色人種や非キリスト教者、さらには多数の移民がアメリカ社会をむしばんでいるという反発が、彼らの心の中に隠れていると指摘しているのです。それが憤りとなり、暴徒と化したのです。
 
 アメリカの議会を占拠するということは、例えば香港で民主化運動を行っていた人々が議会に乱入したことと比べて、起きた現象は同じでも、その動機にこのような違いがあるのです。
 
 今、FBIが一番懸念しているのは、9.11のようなイスラム原理主義者などによる外からのテロ行為ではありません。
 今回のように、ごく普通に見えるアメリカ市民が密かに計画し、バイデン次期大統領やその政府、さらには意見の異なるリベラル派などに対して行うテロ行為なのです。
 そして、その矛先が、冒頭に紹介した革命権を歪曲させて、連邦政府の施設などの公に向けられるのではないかと警戒しているのです。
 

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2020年の一年間で、インタビューに応じてくれた世界の人々からのコメントを35分の動画にまとめました。
https://www.youtube.com/watch?v=SpQTdazbgjo

英語ですが、字幕がしっかりとついています。そして、あなたならどんなコメントを寄せてくれるのか、私も一緒に考えてみたいと思います。
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『日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present』山久瀬 洋二 (著)  ジェームス・M・バーダマン (翻訳) 日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present

山久瀬 洋二 (著) ジェームス・M・バーダマン (翻訳)
受験のためではない、現在を生きる私たちが読むべき人類の物語
これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は、先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るように工夫されています。 世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

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