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Teslaの逆転劇から見える日本への脅威とは

Elon Musk became the world richest person, as Tesla’s stock rallies.

(テスラの株価の反転によって、イーロン・マスク氏は世界一の大富豪に)
― New York Times より

Teslaとの出合いと電動自転車開発の歩み

 そろそろ10年近く前になるかもしれません。
 カリフォルニアはサンタモニカの目抜き通りを、友人と散歩していたときのことでした。
 彼がショーウインドウに展示されている車を見て、「これ何か知っているかい」と問いかけたのです。一見すると高級車に見えたその車の横に、車を分解した骨組みが展示されていました。そこにはエンジンもなく、小さな箱が置かれているだけでした。なんとも不思議な光景だったことを覚えています。
 
 それは、電気自動車の元祖ともいわれるTesla(テスラ)を初めて目にしたときのことでした。
 当時Teslaの開発にはトヨタも投資しており、パナソニックも燃料電池の分野で技術協力をしていました。
 
 その後、Teslaの開発には紆余曲折がありました。
 自動運転を売り物にしつつ、事故も起こし、経営者と株主との間に亀裂もありました。トヨタも株式を売却し、一時は経営的にもこの先どうなるのかと危惧されることもあったのです。
 
 一方、Teslaが試行錯誤を繰り返している間に、自動車業界には雨後の竹の子のように、電動車を開発するベンチャー企業が現れました。Teslaの一部の技術者も、そうした会社に自らの将来をかけようと転職したことも事実でした。
 電動自動車、自動運転車開発の動きは、その後アメリカから中国に、さらには韓国やヨーロッパにも拡大し、大手自動車会社に勤務していた経営者や技術者が、様々な形で資金を集め、そうした会社を立ち上げたのです。
 
 さらに、GoogleAmazonといったネット業界の巨人たちも、こうした動きに敏感に反応しました。Googleが独自に自動運転車を開発すると発表し、フォードとAmazonとが提携することもありました。
 そして、無数の新会社のうち、経営がうまくいかなくなった会社は、その技術やノウハウを、あるいは会社そのものを売却したりしながら、着実に自動走行ができる未来へとさらに成長を続けました。
 

「脱石油」を目指すアメリカと後れをとる日本

 2020年、化石燃料にこだわっていたトランプ大統領が落選し、より環境にやさしい脱石油を目指す産業の育成にこだわるバイデン氏が、この記事が発表される翌日に大統領になろうとしています。
 副大統領になるカマラ・ハリス氏は、そんな環境問題にとっての最左翼ともいえるカリフォルニア州で検察官、そして政治家としてのキャリアを積んできた人物です。
 
 すでにカリフォルニア州は、2035年には自動車業界での脱石油を実現しようとする法案を可決し、以後、化石燃料の使用禁止へと踏み出しています。アメリカの道路のそばからガソリンスタンドが消滅する日が、カウントダウンされているのです。
 
 そんな動きの先駆けとなったトヨタは、ハイブリッド車「プリウス」のアメリカでの成功に、長い間依存していたかに見えました。そして、気付いたときには、日本の産業界全体が、自動運転の先端技術の背景となるプログラミングやAI関連製品の制作に、大きく後れをとっていることをいまだに意識できないまま、世界から取り残されそうになってしまいました。
 
 1960年代に、アメリカが日本車に席巻されることを危惧した人は誰もいませんでした。しかし、1980年代にはアメリカの都市部は日本車で埋め尽くされ、それが大きな貿易問題へと発展していました。
 20年でこれほどまでに世の中が変化するのだと、知らされた瞬間でした。
 
 そして、2020年の今、日本人の多くは20年後の世界にどれだけ日本車が受け入れられているだろうかと考えてみます。
 20年はあっという間です。しかし、以前はそのあっという間に、世界のシェアをリードしていたかに見えたGMが、アメリカ政府の支援なしには存続できないまでに追い詰められました。トヨタも日産も、そしてホンダや他の日本の産業界を支える自動車会社も、こうした日が自分の問題として訪れることを本気で意識しているのでしょうか。
 

「不信の停止」から抜け出し、ハングリー精神を持つこと

 “Willing suspension of disbelief”という言葉を紹介します。
 これは、映画などの非現実的な世界、つまり創作された世界に入り込んで、それを信奉してしまう人の心理を指した言葉で、日本語では「不信の停止」というふうに翻訳されています。
 例えば、先の戦争中、日本は絶対に勝ち続けるという政府やマスコミの誘導を信じ込み、空襲が激化し、沖縄にアメリカ軍が上陸しても、日本人が「常勝」という妄想を不信に思うことを停止したことがありました。
 
 この“Willing suspension of disbelief”が今、日本を包んでいます。
 昭和の高度経済成長バブル景気以来、当時のことをちょうど映画のように思いながら、不信を停止しているのです。
 低迷する教育の問題は特に深刻です。大学生でサンフランシスコの位置を知らない学生がいるということを、最初は私も信じませんでした。しかし、実際にそうした、あるいはそれに似た現実を、その後何度も経験しました。そのことは、知識の欠如以上に、ハングリー精神の欠如にも繋がっています。
 
 アメリカの議事堂になだれ込む人々を見て、日本はいいよねと、もし思っている人がいるならば、確かにそこには一理あるかもしれません。しかし、これはアメリカのひとつの暗部に過ぎません。アメリカがそんな混乱を生み出す負のエネルギーのベクトル以上に、多様性を受け入れる社会のベースがあり、それを生産に向けたときに見せるパワーを知るべきです。
 
 これからは国家ではなく、個人、そして企業それぞれがネットワークする時代です。そんなネットワーク力を本気で考えない限り、日本はTeslaのような製品を、世界に先駆けて発表できない国になってしまいます。
 つい10日前、一時の低迷から復活し、再び自動運転車の業界のリーダーとして注目されるようになったTeslaの株の急上昇によって、世界の長者番付のトップにTeslaのCEOであるイーロン・マスク氏がランクされました。
 そして、いよいよ自動運転車が、ガソリン車やハイブリッド車で世界を魅了してきた日本にも上陸を始めます。
 
 “Willing suspension of disbelief”に浸っている自らの目を覚まさないといけないときが迫っているのです。
 

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『シリコンバレーの英語: スタートアップ天国のしくみ
Silicon Valley Buzzwords』ロッシェル・カップ、スティーブン・ガンツ(共著)シリコンバレーの英語: スタートアップ天国のしくみ Silicon Valley Buzzwords』ロッシェル・カップ、スティーブン・ガンツ(共著)
排他的で閉鎖的。世界が注目するシリコンバレーの奇妙な英語とは?!
アップル、グーグル、フェイスブックなどの名だたるインターネット企業が本社を置く場所としても知られ、IT企業の一大拠点となっているシリコンバレー。そんな世界中が注目する場所で生き抜くために必要な100のキーワードを徹底解説。世界で活躍するために最先端の英語を身につけよう。シリコンバレーでエンジニアや ITべンチャーを目指す人はもちろん、世界最先端の企業が集う場所で使われる英語に興味のある人におすすめです。

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