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宗教と科学の課題を突きつけるインドのコロナ禍

As Covid-19 devastates India, deaths go undercounted

(コロナがインド社会をむしばむ中、死者数の実態も予想よりさらにひどくなっている)
― New York Times より

ヒンドゥー教の祝祭から拡大するインドのコロナ感染

 インドは毎年3月の20日前後にホーリー祭という春祭りを祝います。
 これはヒンドゥー教の三大祭りの一つで、春にその年の豊作祈願や悪魔払いを目的として全国的に繰り広げられます。
 特徴は、魔除けに起源を持つという色水をかけ合う行為で、祭りになると特に子どもが道ゆく人にあたりかまわず色水をかけることで知られています。
 
 インドはヒンドゥー教が深く浸透した国家です。
 ヒンドゥー教の聖地として有名なヴァラナーシ(ベナレス)を訪ねたことのある人もいるのではないでしょうか。
 そこには、ガートという階段からガンジス川に下りて、沐浴をしている多数の信者がいます。身体中に川の水を浴び、口を濯ぎ、祈りを唱えます。そこから、川沿いの路地をしばらく歩けば、いきなり無数の薪が積まれた広場に出ます。その脇から古い建物をくぐって路地をガンジス川のほとりに出ると、川辺に薪が積まれ、死者が火葬されています。
 その様子を眺めていると、気付くことがあります。何体もの遺体が「聖なる火」と呼ばれる火によって荼毘に付されるなか、犬と牛がその遺体の周りをうろうろとしています。そして遺体が焼かれたあと、その肉を食べている様子はなかなか忘れられるものではありません。
 
 ヴァラナーシでは、ガンジス川で宗教的な祭典が行われ、死者が焼かれ、その近くで人々がその川の水につかって沐浴をしているわけです。
 そしてヴァラナーシをはじめ、インド各地でホーリー祭のあと、4月になってコロナが急拡大したのです。ヴァラナーシに運ばれて荼毘に付されることもなく、各地で医療崩壊が起こり、人々は街の広場で火葬されています。酸素吸入のための装置が追いつかず、罹患者の家族が酸素ボンベを取り合い騒然となることもしばしばです。
 世界各地から支援の手が差し伸べられていますが、ワクチンの接種も追いつかず、1日の感染者が35万人を上回るという恐ろしい毎日が続いているのです。
 

宗教と科学が複雑に同居するインド人の心理とは

 そんなインドでの感染状況を見て、アメリカはインドからの入国制限に踏み切りました。アメリカ国籍を持っていない人のインドからの入国を一時的に禁止する措置に出たのです。
 アメリカには400万人を超えるインド系の人々が住んでいます。彼らにとって母国インドとの往来の制限は大きなストレスです。実際、アメリカのインド系の人々は、社会のいろいろなところで活躍しています。日本人などと比較して、主張が強く、自己アピールも旺盛なコミュニケーション文化を持つインド人は、アメリカ社会にうまく適応でき、その活動舞台は教育、医療、さらにはハイテク産業に至るまで多様です。シリコンバレーに行けば、インド系のプログラマーや企業家、さらには科学者の多さに驚かされます。
 
 そんなインド人の活動を見て、ふとあのヴァラナーシで沐浴する伝統的なインド人の姿を思い浮かべると、改めてインド社会の複雑な構造、さらに日本人には理解しにくい、宗教と科学とが同居したインド人の心理や文化について考えさせられます。
 
 WHO(世界保健機関)などは、インドで変異ウイルスが発見されたときから、インドでの宗教儀式が感染拡大に与える影響を懸念していました。その懸念は再三 CNN などでも報道されました。しかし、特にホーリー祭で熱狂する信者に対する感染拡大への警告があったにもかかわらず、やはり無数の信者が聖地に集まり、体を寄せ合って宗教儀式に没頭しました。そしてそんな人々が、その後の急激な感染拡大の中で、路上で生死を彷徨っているのです。
 
 宗教と科学とが、これほどまでに矛盾しながら同居している様子を見せつけられたことはありません。
 例えば、日本ではコロナの感染が拡大すれば、正月であっても初詣を控えるはずです。地方でも年中行事のお祭りを控えるケースは珍しいことではありません。しかし、インドやイスラム諸国などでは状況はまったく逆のようです。
 
 そんなインドが、世界に科学者や数学者を輩出し、アメリカの先端産業の育成にも大きく貢献しています。アメリカは中国との緊張関係もあり、インドとの交流や連携を強化しています。インド洋と南シナ海への中国の進出を牽制する意味からも、元々カシミールの領有権問題などで中国との対立が続くインドとの外交には力を入れてきたのです。
 そんな国際的な影響力を増すインドの中に、ヒンドゥー・ナショナリズムという西欧文明を排斥し、ヒンドゥー教こそが最高の宗教であるとする極右運動も根強くあることは、日本ではあまり報道されていません。隣国のイスラム教国パキスタンとの対立もあって、そんな排他的な思想が実は拡大していることも、もう一つの事実です。
 ヒンドゥー教への回帰現象が、今回の感染拡大の原因の一つであったことは否めないのです。
 

日本からは見えにくい「宗教と科学」の矛盾と葛藤

 宗教と科学との共存という課題は、世界の多数の地域が抱えている重要なテーマです。伝統を重んじながらも、科学的であるべきという二つの矛盾した意識が、あらゆる国家の個々人の中に同居し、葛藤を繰り返しているのです。
 これは、とかく宗教的な儀式をイベントとして捉え、伝統的な宗教観そのものを実感できにくくなった日本社会からは見えにくくなっている世界の一面であるといえましょう。
 

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