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セミコンダクターの不足を鳥瞰すれば

Today, millions of products – cars, washing machines, smartphones, and more – rely on computer chips, also known as semiconductors.
And right now, there just aren’t enough of them to meet industry demand. As a result, many popular products are in short supply.

(自動車から洗濯機、スマホに至るまで、数えきれない製品がセミコンダクター、つまりコンピューターチップに依存している。今、その供給が需要に追いつかず、人々が愛用する多くの製品の製造が滞っている)
― BBC より

小指に置けるチップの供給不足が投げかける波紋

 今、セミコンダクター(半導体)の流通が滞っていると、世界中が騒いでいます。今後、様々な業界に波紋を投げかけるのではないかと懸念されているのです。
 実は、この問題はコロナのパンデミックとは無関係です。そもそも小指の上にすら置ける小さなチップの供給の問題が世界経済を揺るがす現象は、すでにコロナが世界に拡散する前から始まっていました。単純に需要が供給を急速に上回ろうとしているのです。
 
 5Gの時代になり、AI化が進む中でチップの需要が急増しています。
 朝起きてオレンジジュースを飲むために開ける冷蔵庫や、コーヒーをいれるためのコーヒーメーカー、週末にたまった洗濯物を片付けるために稼働させたい洗濯機から、スポーツ観戦をしようとスイッチを入れるテレビまで、ありとあらゆるところでチップは使われています。
 しかも、こうした家電製品から自動車やスマートフォンまでが、AIの進化によって一体化され、リンクされようとしています。自家用車で帰宅する前に自宅のエアコンをオンにすることが可能なように、ありとあらゆる利便性がリンクする接点に常にチップが使用されているわけです。つまり、チップの不足は我々の生活の基盤となる製品の供給にも影を落としかねないのです。
 
 この現象から見えてくることがあります。それは、これからの産業のあり方、さらにはリスクマネジメントに対する考え方の変化です。
 数えきれないほど様々な種類のあるチップが複雑に組み込まれている未来型の自動車を例にとれば、たった一つのチップが足りず、それがリンクしないだけで全ての機能が使用不能になると言われています。
 トヨタやフォードが生産量を減らさざるを得ない背景には、こうした利便性を追求する下支えとなるチップの安定供給の重要性を予見できなかった、リスクマネジメントのあり方が見え隠れするわけです。
 

日本の凋落と米台の躍進に見る官民の関係性

 元々、世界の中で最も多くセミコンダクターを供給していたのは、日本でした。しかし、今ではパナソニックや東芝などがこの業界から撤退し、世界に占める日本のシェアは6%にまで落ち込んでいます。この問題を最も悲哀をもって受け止めなければならないのが、日本なのです。
 そんな日本と対照的な勝者となったのが、台湾とアメリカだったのです。最近とみに話題となっている台湾のTSMCは、コンピューターチップの受託生産を行うことで急成長し、さらにアメリカと中国の貿易戦争によって中国のメーカーが打撃を受けたことによる追い風に乗って、世界のチップの生産の5割を占めるまでに大きくなったのです。
 
 この仕組みは簡単でした。
 アメリカのセミコンダクターの企業は、躍進するAI業界にマッチした様々な分野でのデザイン技術の革新に集中したのです。そして、その設計図に従って、台湾のTSMCはカスタムメイドに迅速に対応し、受託生産ができる製造技術を進化させます。この両者の協力によって、コンピューターチップの生産の囲い込みが行われたのです。
 
 これは、これからの産業のあり方を予測する上で重要なヒントとなります。
 まず言えることは、米中摩擦を過去の冷戦と同質なものと見るのではなく、国際的なネットワークによる産業の育成戦略という側面から見なければならないということです。
 よく我々は、アメリカは常に自分たちを中心にアメリカファーストで物事を考える、と批判をします。しかし、アメリカ政府がアメリカの産業のためにサービスを提供することは、ある意味では当たり前のことでしょう。それができなかったのが日本だった、というだけのことなのです。
 民が上で官は民にサービスを提供し、それで政治が機能するというアメリカ型の仕組みと、官が民の上に立ち、そんな民の中でもピラミッド型の上下関係が残る日本との違いが、半導体をめぐる勝敗の背景にあるように思えます。
 
 TSMCとアメリカのコンピューターチップを開発する企業との連携は、そのまま自動運転によるアメリカの自動車産業の復活や、バイオテクノロジーなどの先端技術でのイニシアチブを拡大させることに直結し、同時にライバルの中国を抑え込むこともできるという、一石二鳥の効果を生み出しました。アメリカが最近、堂々と台湾の独立を支持し、そのためにQUAD(アメリカ、インド、オーストラリア、日本による安全保障と経済戦略協議)の提携も強化した背景はそこにあるのです。
 QUADは日本が提唱したということになっていますが、こうした角度からQUADを見れば、その向こうにはアメリカによる未来型産業を囲い込もうというしたたかな思惑があることを忘れてはなりません。
 そして、この戦略で最も利益を享受できたのは台湾というわけです。日本の場合は、軍事費だけが膨張し、足下では先端技術を支えるセミコンダクターどころか、自動車産業の将来までもが揺るがされています。その激震の中で、次第にアメリカ経済の網の中に日本の産業界が取り込まれつつあるのです。
 

日本に求められるフラットなネットワークの構築

 もちろん、すでに述べたように、今回のチップの供給不足は、フォードなどのアメリカ企業にもマイナスの影響を与えています。しかし、大局的に見るならば、今後チップの供給が回復したときに、アメリカのセミコンダクターの開発技術と、台湾の生産技術との連携は、ほとんど全ての業界の利益となるはずです。
 さらに、アメリカのセミコンダクター業界は、常に技術革新を目指してM&Aを行い、世界にネットワークを拡大させています。M&Aによってそれぞれ異なった組織にあった技術が融合して発酵するわけです。
 
 日本が学ばなければならないことは、まさにこのM&Aの技術です。M&Aを、企業が膨張するための買収行為とだけ位置づけるのではなく、次世代に向けたネットワーク構築の手法として意識することが大切です。もっと言うならば、買う側が上で買われる側が下、とするピラミッド型の発想をやめて、双方が対等に人材を還流させ、交流によるシナジーを得るよう株主の意識を変革させる必要があるのです。
 
 そもそも、発明などのイノベーションは、個々の企業や、ときには個人の発想によって芽生え、育まれます。そして、そんな個々がつながることで成長するのです。その成長の様子を見ながら、公序良俗の立場から法律を作り、成長の芽を育てやすくするのが官の役目です。個々が先で、国の制度がそれを追いかけるという形で産業は発達してきたのです。
 つまり、官が民に従い、民同士が上下関係なしにネットワークできれば、それが技術革新への最短の道へとつながるのです。
 
 このフラットな仕組みづくりさえできれば、日本の持つ技術や発想が再び世界に流通し還流するようになるはずです。
 小指にのるほどのコンピューターチップのもたらした課題は、日本の産業育成への発想の転換を強く求めているのです。
 

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『言い返さない日本人[新装版]海外との究極のコミュニケーション術』山久瀬 洋二 (著)言い返さない日本人[新装版]海外との究極のコミュニケーション術』山久瀬 洋二 (著)
その態度が誤解を招く!異文化の壁を乗り越え、ビジネスを成功させるコミュニケーション術を伝授!
欧米をはじめ、日本・中国・インドなどの、大手グローバル企業100 社以上のコンサルタントの経験を持つ筆者が、約4500名の外国人と日本人への取材で分かった、“グローバルな現場で頻繁に起こるビジネス摩擦“”の事例を挙げ、それぞれ の本音から解決策を導き出します!外国人とのコミュニケーションで、単なる言葉のギャップでは片付けられない誤解や摩擦、そして行き違いに悩むビジネスパーソンに向けた「英語で理解し合う」ための究極の指南書です!

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