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「空気を読む」能力の価値とは

When you observe the affiliation taking place without words, whether among friends, family, strangers, or colleagues in Japan, it can feel literally as if there are vibrations in the air.

(友人でも家族でも、他人でも同僚でも、言葉がないままに同調している様子を観察すると、あたかも空気の振動でもあるかのような気持ちにさせられる)
― スコット・ハースの随筆 より

米国心理学者が追う日本人のコミュニケーション文化

 ボストンに日本の文化をずっと追いかけているスコット・ハース(Scott Haas)という随筆家がいます。
 彼の書いた Why be happy? という書籍はすでに12か国語に翻訳され、日本でも『幸せって何だろう?』というタイトルで発売されています。
 そんな彼と数年ぶりに東京で夕食を共にしました。
 彼はそのとき、「空気を読む」というテーマについて私に語ってくれました。このテーマで、アメリカの出版社とすでに出版契約を結んでいるということです。
 
 彼はユダヤ系のアメリカ人です。元々は心理学者でもあり、日本人のコミュニケーションスタイルと、アメリカ人のそれとの違いに様々な視点からアプローチを重ねているのです。
 
「スコット、君も知っているように、日本人は物事を言葉ではっきりと細かく語らない。阿吽の呼吸で意思疎通をすることに慣れているよね。だから、英語で何かを説明するときも、充分に相手に説明したと日本人が思っていても、実際は言いたいことの半分も伝わっていないことがあるんだよ」
 
 和食が好きな彼のために特別な席を用意して、こんな会話に没頭しました。
 
「我々アメリカ人、特にユダヤ系の人は逆だよ。ともかくはっきりと喋る。空気を読むより、そこの情景をちゃんと言葉にしない限り満足しない。だから、日本に来ると本当に日本人同士のメッセージの伝え方を見てびっくりすることがあるよね」
「でも、そんな日本人のコミュニケーション文化を、日本人とアメリカ人と人種や地域の違いだけに基づいてスポットを当てられなくなっているんだよ」
 
 私がふとそう言った言葉に、彼はとても興味を示したのです。
 

「ハイコンテクスト」な日本社会に生じる分断とは

 
「例えばね。若い世代と年配者とでは、言葉の選びかたも判断も当然異なるよね。しかし、どちらの世代にも共通しているのは、日本人特有の間接的な表現方法だったり、空気を読んで語り合ったりすること。だから、怖いのはそうした年代という縦軸の中でお互いが違う発想を持っているのに、それぞれが自分たちの間接的な表現で会話をするために、誤解が生まれてしまう。というより、誤解していることにすら気づかず、お互いに別のところを見ていたりする。日本社会の変化が今までになく激しい中で、こうした意思疎通の課題が社会問題にもなろうとしている」
 
 それを聞いたスコットが言います。
 
「アメリカは、その逆だよね。元々背景の異なる移民が集まって構成されているアメリカ人はコンテクストが低く、空気を読まずにお互いに主張をくり返す風習が根付いている。でも、最近ではこうしたコミュニケーションのやりかたによって、どんどん憎悪や違和感が広がってゆく。アメリカ社会の分断は、言葉に頼って論破することが当たり前の社会ならではの分断だね。今それはとても深刻だよ」
 
 ここでいう「コンテクストが低い」というのは、言葉そのものに頼って相手と意思疎通をしようとするコミュニケーションの方法を指しています。逆に、雰囲気や背景をお互いに共有しながら、言葉以外の「空気」で相手とコミュニケーションをする人々は、「コンテクストが高い」という風に言われるのです。
 
「日本の社会の分断は、分断しているということをちゃんと言葉にして抗議し合わないだけに、解決の糸口を見つけるのが難しい。コンテクストが高い人どうしの場合、行き違いを発見することはそうでない人よりも大変だよね。ただ、これからの日本社会がどうなってゆくのだろうという不安だけは誰もが多かれ少なかれ共有しているように思えるよ」
 

漠然とした不安を抱えたまま黙ってしまう日本人

 不安があるとき、人々は防衛本能からか内向き指向になりがちです。そして、その反動で社会の中に極端なナショナリズムや、それを誘発させようとするポピュリズムがはびこります。確かに、不確実な未来を前に、多くの日本人は感情的なまでに日本文化を肯定したり、海外との違いを強調したりしがちです。
 そのことを思ったのか、スコットは次のように話します。
 
「でも、日本人は君が思っているよりも、自己アピールをしているよ。例えば、東京オリンピックの前後だったか、日本の文化を礼賛するような特集を日本のテレビはよくやっていた。日本の匠の技の素晴らしさとか、伝統工芸の中にある世界に誇れる知恵とか、やたらそんなテーマで、どうだ日本はすごいだろうって間接的に自己アピールをくり返している」
「あれは、僕も嫌だった。日本人には伝統的に謙虚で、謙遜することをよしとする文化があるのに、逆にあの種の報道にはそうしたもののかけらもないよね。だから、とてもわざとらしく、何かプロパガンダのような居心地の悪さを感じてきたよ」
「それは面白い。日本人も空気の読み方が変わってきているのだろうか」
「日本では昔よりも自分の意思をはっきりと表現する人が増えたっていわれている。それは一面当たっているかもしれないけど、いわゆる欧米のロジックに従って、明快かつ雄弁に自分の意思を表現している人はそう多くはない。むしろ、言葉でいう前に行動してしまうケースが増えているよね。有言実行ではなく、無言で実行というわけさ。例えば、昔ならありえないことだったけど、いきなりLINEで退職届を出したりするケースもすでに何年も前から指摘されてきたしね」
 
 AIが進化した社会はどのようになってゆくのか。ロシアや中国と欧米との対立の向こうに何が起きるのか。今までと同じような安心でお金に困らない未来が保障されているのか。こうした不安は別に日本だけに限ったことではなく、世界中で語られていることかもしれません。しかし、日本の場合、個々がこうした漠然とした不安への強い意思表示を社会に向けてできないことが、さらに人々の心を曇らせているのかもしれません。
 
 「空気を読む」を日本語版として出版するためには、そうした日本の状況を海外の目を持って観察して、日本人への提言が含まれる内容にする必要があるねと、私は彼に助言しました。
 コンテクストの高い日本人にとって、「空気を読む」ことは、まさに専売特許だったはずです。しかし、空気を読みながら黙っていては機能できない危機感を抱いている日本人は、思いの外多いのではないでしょうか。
 

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スコットにアメリカの中間選挙後にインタビューをした模様を動画で紹介しています。
興味のある方はぜひこちらからご視聴ください ⇒ https://youtu.be/DkdyyJaJUEo
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『幸せって何だろう?ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』スコット・ハース (著)、沢田 博 (訳)幸せって何だろう?ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』スコット・ハース (著)、沢田 博 (訳)
アメリカ人臨床心理学者が感じた個人主義の「幸福感」の限界。そして、日本的な調和の概念から見出した「幸せ」になる思考法。アメリカで出版され、ニューヨーク・タイムズ他、多数の有名紙で紹介されて話題を集めた書籍の翻訳版。人間にとっての「幸せ」について、著者が属する西洋社会(個人主義)の問題点と、日本の集団的な調和の精神から見出した「学び」を綴る。集団への帰属に必要な「受け入れる」という日本人の価値観を起点に、様々な行動様式の背景にある日本人の「思い」や「知恵」について考察し、西洋社会にも取り入れるべき点を、実体験をもとに解説。日本人の価値観や抱く意識を丁寧に紐解きながら解説する本書は、日本人にも自らの文化を見つめ直す機会と新たな気づきを与えてくれる。

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