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2023年を生きる我々にも響くローマの教訓

The United States, which is one of the five permanent members of the Security Council, blocked the resolution, arguing that Israel has the right to defend itself against Hamas attacks.

(国連の常任理事国であるアメリカ合衆国は、イスラエルがハマスの攻撃に対して自らを防衛する権利があるとして、〔休戦を求める〕国連決議に対して拒否権を行使した)
― New York Times より

千年以上続いたローマ帝国の繁栄と衰亡を読み解く

 先週ある大学で講義をしたとき、ローマ人にとってのAIとは何だったのだろうという課題を出し、学生と話し合ったことがありました。
 
 古代ローマ帝国が最盛期を迎えたのは、紀元100年ごろのことでした。その版図は、南は北アフリカの沿岸部全域、西は現在のモロッコからスペインやポルトガル、東は中東地域、そして北は現在のドイツ南部からフランスを経てイギリス中部に至る広大なものでした。
 この時代を生きたローマ人は、自らの帝国は永遠に続くものと思っていたはずです。ちょうど江戸時代の中で生きる人が、明治維新など想像もできなかったのと同じように。
 
 人はその時代がいずれ変化するという現実に対して鈍感です。多くの人は今の状況がずっと続くものという前提で人生を送っています。
 実は、ローマ帝国の場合、その最盛期に衰退の原因が育まれたのです。それは、国境が拡大し「ローマの平和と繁栄」を維持するために、膨大な費用と人員が必要となったからです。国境の警備にコストがかかり、さらにローマ人の生活が豊かになれば、それを支える生産力が求められたのです。ローマはそうした人員を海外からの傭兵や奴隷に求めました。
 
 特に、彼らは北方の国境の警備を北方民族であったゲルマン人に頼りはじめます。しかし、ローマの文明になじみ、軍備を整えたゲルマン人は、ローマの富を求め、帝国へと移住をはじめます。長年訓練を受けた彼らの軍事力は、富によってスポイルされたローマ人を上回り、ついにローマは分割され、滅亡への道を歩みます。
 中世ヨーロッパでゲルマン人の子孫が治める王国で、農奴や流民となった人の多くは、そんな没落したローマ人の子孫でした。
 これと同様の経緯は、中国を統一した王朝の歴史の中にも見てとれます。繁栄は衰亡のはじまりなのです。
 
 さて、冒頭の問いの答えですが、ローマ人にとって利便性があり、自らの豊かな生活を守るために活用できたゲルマン人が、現代人にとってのAIやロボットにあたるのではないかと思うのです。こう考えれば、歴史から学ぶことがいかに大切かわかってきます。
 

20世紀から繁栄を続けたアメリカが迎える21世紀の転換点

 このローマの物語を現代史にあてはめましょう。
 20世紀のアメリカは、世界の警察と呼ばれたほどに繁栄しました。その恩恵を受けた日本を含む西側諸国は、アメリカの軍事の傘の下で、同様に成長し繁栄を謳歌しました。
 今、アメリカは世界に拡大した自らの利益を守るためのコストの支出に悩んでいます。日本にも膨大な軍事費の供出を求め、その影響力の維持に必死です。一方で、中国も膨張しすぎた経済力を自国だけで維持することは困難になり、アメリカや西側との対立を続けるのか、それとも協調路線に転換するのかという課題に揺れています。
 ウクライナや中東での戦火への対応も、アメリカ一国で収拾しようとしても不可能ですし、中国も以前のように積極的な外交戦略で揺さぶりをかけにくくなっています。2023年はそんな国際情勢の転換点がはっきりと見えてきた年だったといえましょう。
 
 ローマ帝国の最盛期は五賢帝という5人の皇帝が相次いで繁栄する帝国を統治しました。その最後の皇帝マルクス・アウレリウスは、拡大した国境を守るために戦地に向かい、そこで命を落としています。その後、ローマは指導力を欠く皇帝が続きながら、長い衰亡の道へと入ってゆきます。マルクス・アウレリウスが死去した年こそ、ローマ帝国の歴史的転換点だったといえましょう。日本でも公開されたラッセル・クロウが主演した『グラディエーター』というハリウッド映画に描かれたのは、そんな時代のローマでした。
 このローマのケースと同じように、2023年から来年にかけては、第二次世界大戦の終結以来続いてきた世界秩序が本格的に揺らいでゆく転換点となるかもしれません。
 
 衰亡の時代、人々は安易なポピュリズムに翻弄され、同時に利便性のあるものを使いきれずに翻弄されます。そして、スポイルされた時代に育った人々は、自らの人間力そのものが退化していることにも気づきません。その結果、恐怖と不安と、繁栄を維持したい欲求のはざまで、愚かな闘争をはじめます。
 今年はそんな兆候が顕著に表れた年だったように思われます。よく清水寺の僧侶がその年を象徴する漢字を書く儀式が報道されますが、私が今年の文字を一言挙げるとするならば”Retaliation”としたいと思います。訳せば「報復」となります。
 
 ハマスがイスラエルでテロ活動をすれば、それに対する報復が行われ、裕福で持てる国イスラエルと湾岸諸国でのプレゼンスを維持するために、アメリカは一般市民を犠牲にしながらガザへと侵攻するイスラエルへの非難や強硬な態度を保留します。目には目をという”Retaliation”の概念が国際社会で容認され、同様の現象はことの大小を問わず、世界のあちこちで起こっています。
 日本も含め多くの国の国内世論も同様です。例えば、犯罪などに対して「罪を憎んで人を憎まず」の論理から善と悪を明快にし、悪への”Retaliation”を正当化することで課題の本質を先送りするケースが目立ってきています。
 
 戦争や環境破壊への人々の不安や、将来に対する漠然とした不確実性への懸念は、利他から利己へと人をかきたてます。その結果、世界中で貧富、人種、教育などあらゆる分野での分断が進行します。残念なことに、進歩したツールとなったSNSはそんな分断を助長し、”Retaliation”を促進させるための最も便利なメディアツールとして利用されはじめています。
 

不安と分断に覆われた世界に生きる我々の2024年は

 アメリカが古代ローマ帝国のように衰亡に向かい、その影響で日本をはじめとする西側諸国の世論が混沌としてくるのか。またはそんな混沌を嫌い、ポピュリズムにのっとった「新しい秩序」を求める波が、戦前のファシズムの浸透と同じように拡大するのか。さらには、そうした動きを人々が開発したAIやコンピューターネットワークが後押しするのか。人間が人間力を失い退化するとすれば、これら全てのオプションに我々は翻弄されてしまうかもしれません。そして、戦争や富を維持したい人々のエゴによって、環境破壊と地球温暖化が進み、地球そのものが人間の予測を超えた脅威となって、我々を罰するかもしれません。
 
 教育のありかたや日々の生活への考察を深め、同時に世界に向けた広い視野をもって知恵を育むことが、これらの脅威に対応する唯一の手段かもしれません。”Retaliation”よりも強い警鐘となる言葉が来年の一言にならないことを祈りたいものです。
 

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『日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]』山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]
山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)
シンプルな英文で読みやすい! 世界史の決定版! これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るよう工夫されています。世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

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