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「マイナー・ディテイル」と「Impunity(免責)」

In the wake of the Hamas attack, the Frankfurt Book Fair “indefinitely postponed” an appearance by Palestinian author Adania Shibli, who was due to receive a prize for her novel Minor Detail on October 20.

(ハマスのイスラエル攻撃のあと、フランクフルト・ブックフェア当局は、10月20日に予定されていたパレスチナの作家アダニア・シブリの著作『マイナー・ディテイル』の受賞式〔ドイツで翻訳出版されたアジア・中東・アフリカなどの女性作家に贈られるリベラトゥール賞〕を無期限に延期すると発表した)
― アルジャジーラ より

ドイツのブックフェアがパレスチナ作家の受賞式を延期した意味

 2023年の暮れも押し迫ってくるなか、今年、我々に与えられた教訓についてまとめていますが、今回はその3回目になります。
 
 今年の秋、パレスチナの作家アダニア・シブリの『マイナー・ディテイル(ささいな出来事の向こうには)』という作品が、ドイツのリトプロムという団体から与えられる文学賞リベラトゥール賞を受賞しました。その授賞式がフランクフルトで毎年開催される世界最大の書籍見本市、フランクフルト・ブックフェアで10月20日に行なわれることになっていました。
 ところが、その授賞式が無期限に延期されたのです。
 
 ドイツは第二次世界大戦でユダヤ人に対して行なわれた虐殺ホロコーストを常に悔いてきました。そして、戦後ナチスの活動を違法化し、ユダヤ人への差別はもとより、ホロコーストへの反省を常に世界に対して表明してきたのです。そして、自らが犯した戦争犯罪への教訓から、ヨーロッパで二度と同じようなことが起こらないようにと、EUの結束の要としての役割も積極的に担ってきました。
 したがって、ドイツ政府は以前よりイスラエルへの配慮から、イスラエルに敵対しテロ行為を行なってきたハマスを支持する集会などを抑制してきたのです。10月にハマスがイスラエルに攻撃を仕掛け人質をとると、ドイツはいち早くイスラエルへの支持を表明してきました。そして、その延長としてアダニア・シブリへの授賞式も延期したのです。
 
 こうした動きに、ドイツに住むパレスチナ系の人々は激しく反発します。抗議活動はドイツ全土に拡大し、授賞式の延期を通告されたあと、沈黙を保っていたアダニア・シブリにも声を上げて欲しいという声が高まりました。
 彼女の書いた小説『マイナー・ディテイル』は、ナクバと呼ばれる1948年のイスラエル建国時のパレスチナ人に対する弾圧をテーマにした小説です。その翌年にイスラエルの兵士によってパレスチナの少女がレイプされ、殺害された事件に興味をもったパレスチナ系の若い女性が、その事実を探ってゆく様子が物語の中に描かれています。ドイツ政府や団体がイスラエルを支持するなかで、この小説の受賞式にも待ったをかけたことは、言論への明らかな弾圧だと、パレスチナ系の人々のみならず、多くの作家や知識人が抗議活動を続けているのです。
 

ハマスのテロ行為に対するイスラエルの戦闘行為は世界を二分する

 今回のイスラエルによるガザ地区への侵攻と一般市民の居住地への攻撃は、世界の世論を二分しました。実は、イギリスやフランス、そしてドイツなど西欧諸国には中東からの難民が多く住んでいます。当然、彼らはイスラエルの行為を批判します。このことは、ヨーロッパ社会の新たな分断の原因となり、人々のお互いへの不信感が政治問題にもなろうとしています。それほどに、西欧社会を構成するアフリカや中東からの移民グループと、元々そこに住んでいた白人系の人々との共存原理が脅かされようとしているのです。
 
 そのときにアダニア・シブリのような知識人たちは、反ユダヤという人種差別と、ユダヤ人国家であるイスラエルが行なうパレスチナへの不当な弾圧とを区別して見つめなければならないと主張します。つまり、イスラエルという国家の行為と、ユダヤ人という人々とを分けて考えないと、そこに新たな誤解と差別とが生まれてしまうというのです。
 同時に、ユダヤ人の被ったホロコーストと、パレスチナの人々が受けている殺戮行為や抑圧は同じ人類への犯罪で、そのどちらも平等に非難されなければならないとも主張しているのです。当然、ユダヤ系の人々の中にもこの考えに賛同する人は多く、国家と個人とをいかに分けて考えるべきかという課題は、今世界に広がろうとしているのです。
 
 ここで、我々がさらに考えなければならないのはimpunity(咎められないこと)という概念です。イスラエルがハマスのテロ行為への対抗としてガザ地区への攻撃を続け、そこでどれだけ市民の生活が破壊されようと、イスラエルが欧米諸国の支持を受けている限り、それは許され、咎められることはありません。
 これは、力あるものが行なう行為は咎められず、無力の人がなす術もないままに行う戦闘行為はテロとして咎められるという不平等が世界に存在しているという事実を示しています。
 ロシアによるウクライナ侵攻は世界から咎められてはいるものの、自らが核大国であることから、ロシアで自国の領土や人々が直接懲罰の対象になることはありません。この図式は中国でも、アメリカでも同様で、大国は自国の行なうことは正当化できても、そこで被害にあっている人々は泣き寝入りをしなければならないという厳しい現実が当たり前のことになっているのです。
 

咎められるべき行為を等しく罰する知恵を絞ることが必要

 これが顕著にみえてきたのが、去年から今年にかけての世界情勢のあらましです。
 Impunityの課題は、国家だけではなく、貧富の差や教育格差などといった社会の実態の中にも根深く存在します。
 
 イスラエルが国家としてパレスチナで行なっている行為と、ハマスなどが組織的に、時には過去にイスラエルに生活を奪われた個人が行なっているテロ行為と、無差別に罪もない市民を殺害する行為という意味では同等なものでしょう。しかし、その双方を平等に罰する知恵を人類は備えていないのです。
 
 さらに残念なことは、impunityの問題に苦しむ人々に対して、世界の他の人々が無関心で鈍感になりつつあることです。
 人ごとは人ごとで、できれば触れたくないという意識が世界に蔓延していることは、日本の社会をみてもよくわかります。教育の場でも言論の場でも、impunityという問題には目をつぶっている方が無難だという空気が充満しています。
 しかし、人ごとといっているとき、明日は我が身だということを忘れていることが、人類全体の危機へと繋がっているのです。
 このことを我々は考えながら、ドイツで起きた、まさに世界からみれば「マイナー・ディテイル」な出来事を分析してみたいのです。
 

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