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日本への警鐘となる17世紀の経済戦争

Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds

(とてつもない民衆の妄想と群衆の狂気〔にオランダは流された〕)
チャールズ・マッケイ(Charles Mackay:19世紀のスコットランドのジャーナリスト)の著作

円安に揺れる日本経済を17世紀のヨーロッパから考える

 円安が続き、その極端な下落によって日本経済の土台が揺れています。では、日本の経済活動のアキレス腱は何でしょうか。
 このことを冷静に考えるために、あえて過去に目を向けてみたいと思います。
 
 時は17世紀のヨーロッパです。当時、ヨーロッパでは二つの新興勢力がみるみる力をつけて経済力を伸ばしていました。
 そのどちらも国土はさほど大きくなく、常に神聖ローマ帝国やその擁護者であるスペイン、さらにはフランスといった大国の脅威にさらされていました。
 
 その一つはオランダ、そしてもう一つはイギリスです。
 オランダは、スペインからの独立戦争を勝ち抜いて、経済大国として成長の途上にありました。また、イギリスもスペインの覇権を打ち破って、海洋国家として未来の大英帝国への道を歩み始めていました。
 そしてオランダも、イギリスも、スペインがまだ進出していない北米大陸に目を向け、同時にアジア各地へも進出を始めたのです。
 
 さて、この二つの国家はやがてライバルとして衝突し、勝者となったのはイギリスでした。なぜでしょうか。
 どちらも豊かな経済力に物を言わせ、海軍で武装した船団を使って交易をしていました。その統率力、そして技術力も卓越したもので、日本ではオランダがイギリスを抑え、出島での交易を独占することに成功し、さらにスペインやポルトガルといった宿敵も追い出したのです。
 しかし結局、最終的にオランダは衰退し、イギリスは世界へと覇権を拡大してゆきました。
 その背景にあった経済政策の違いをみると、我々が歴史から学ばなければならない日本の課題に気付くのです。
 

その後の明暗を分けたオランダとイギリスの経済政策

 日本がオランダを例外として鎖国に踏み切る直前、オランダで不思議な現象が起こりました。それは歴史的にも有名なチューリップ・バブルという現象です。チューリップは、元々オスマン帝国からもたらされ、ヨーロッパの人々をその鮮やかな色で魅了した花でした。
 オランダではその球根に工夫を加え、さまざまな色の花を咲かせる技術に人々が躍起になったのです。鮮やかで異色なチューリップには高値がつき、球根の高騰が起こりました。人々は競って球根に投資します。そして、これ以上の高値では取引ができないとわかったとき、球根の値段が暴落し、多くの人が財産を失ったといわれているのです。そのインパクトの真偽はともかく、この逸話はオランダの経済政策のアキレス腱を如実に物語っています。
 
 オランダは商業によって繁栄しました。しかし、その繁栄はあくまでも交易と投資に根付いたもので、今でいうなら証券や金融商品への投資や財務上の利潤のみが経済活動の動機となっていたのです。
 オランダは、イギリスと共に新大陸に進出し、現在のニューヨークを中心に植民地を所有します。しかし、そのときも彼らは植民地で捕獲できたビーバーの毛皮が、ヨーロッパにおいて高値で取引されることに注目し、そこの土地を所有して開墾することから収益を生み出すことには消極的でした。
 出島にあったオランダ商館でも、日本に対する組織的な投資を行うのではなく、あくまでも陶器などの商品を買って、ヨーロッパで高く販売することだけに注力していました。
 
 対照的に、イギリスは海外に進出すると、そこに人々を入植させ、その土地そのものを豊かな大地へと変えてゆきました。
 農地を開墾し、後年には鉄道を敷設し、現地で物産を生産し、その物産を他国に輸出して富を築きました。
 1664年に、イギリスは軍艦を率いて当時のニューアムステルダム、つまり現在のニューヨークに現れます。入植地を交易の拠点としてしか考えていなかったオランダは、戦争というリスクをあっさり回避してニューアムステルダムをイギリスに明け渡します。それが現在のニューヨークが誕生した経緯となりました。
 その後、イギリスは新大陸にどんどん人を送り、東海岸を開墾し、都市をつくります。その戦略は、アメリカの独立という思わぬ出来事で破綻したかにみえましたが、その後もイギリスとアメリカとは強い経済的な絆で結ばれ、そこで獲得した資産は、イギリスにも巨大な富をもたらします。
 
 投機と金融的メリットのみを戦略としたオランダと、土地と人とに投資したイギリスとの明暗は歴然としたものだったのです。
 

国土と資源が限られる日本が歴史から学ぶべきこと

 今、日本は過去のオランダの戦略に偏っています。
 日本もオランダやイギリスと同様に、限られた大地と資源に頼り、貿易によって経済を支えなければならない国家です。その国家で育った企業が今何をしているかを考えてみましょう。
 
 企業の取締役の多くは金融機関の意思に左右されています。賃金を上げて労働と人の知恵に投資するのではなく、資産として増えた貯蓄をいかに投資や投機に回すかに意識が集中しがちです。
 賃金が上がらなければ購買力がつかず、円安は日本の経済力そのものへ打撃を与えると多くの識者はいいながら、株価は乱高下しながらも高騰を続け、企業はその収益から次の収益に向けて金融政策に資金をあてがいます。
 M&Aの場合でも、その目的が企業のコアテクノロジーを成長させるためというよりは、金融的なメリットを優先させながら、その決裁が行われているようにも思えます。過去のオランダの経済戦略との類似が見てとれるのです。
 
 もちろん、現在の経済は17世紀と比較すれば複雑で多様化し、経済戦略も多岐にわたっています。しかし、企業や国家が持続的に繁栄するための時代を超えた不動の原理があることを忘れてはなりません。それは、お金がお金を産む行為は一過性のもので、人や土地、現在では企業の製品や技術こそがより長期にわたる大切な資産であるという事実です。
 企業やそこに働く人の個性の躍動を抑え、金融と法務によるリスク回避の原則だけで経営陣が企業を運営した場合、それは短期的に安定と繁栄をもたらしても、その行為は逆に長期的な衰退の原因をつくっているかもしれないのです。
 
 歴史から学ぶことは多々あります。オランダがイギリスに淘汰された事例は、現在の日本への教訓にもなりそうです。
 

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『日英対訳 英語で話す中東情勢』山久瀬 洋二 (著)日英対訳 英語で話す中東情勢』山久瀬 洋二 (著)
さまざまな宗教・言語・民族が出会う世界の交差点・中東の課題を、日英対訳で学ぶ! 2023年10月に始まったハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃と、イスラエル軍によるガザ地区への激しい空爆と地上侵攻は世界に大きな衝撃を与えました。中東情勢の緊迫化は、国際社会の平和と安定、そして世界経済にも大きな影響を及ぼします。地理的にも遠く、ともすれば日本人には馴染みの薄い中東は、政治・宗教・歴史などが複雑に絡み合う地域です。本書では、3000年にわたる中東・パレスチナの歴史を概説し、過去、現在、そして未来へと続く課題を日英対訳で考察します。読み解くうえで重要なキーワードや関連語句の解説も充実!

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