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クリスチャン・ナショナリズムに当惑するアメリカの浮動票層

The phrase white Christian nationalism has been in the headlines quite a bit recently

(白人クリスチャン・ナショナリズムが〔メディアの〕ヘッドラインにのぼることが最近極めて多くなった)
― PBS(Public Broadcasting Service)より

今年の大統領選挙を象徴する「クリスチャン・ナショナリズム」

 アメリカは今メモリアルデー(Memorial Day)の休日で、人々は3~4日間の連休を楽しみます。メモリアルデーは毎年5月末にあって、戦争や兵役中に亡くなったアメリカ軍兵士を追悼する記念日となります。
 墓地に行くと、戦没者の家族が墓石に捧げた花や星条旗があちこちにあって、家族で集まって礼拝をする人も目立ちます。
 そして、メモリアルデーは、夏のはじまりとも言われ、多くの人は休日をさまざまな形で楽しみます。
 
 さらに、今年は大統領選挙の年です。おおよそメモリアルデーあたりから、選挙に向けた活動が活発になるのです。
 そうした中、アメリカのメディアが最近頻繁に取り上げる「クリスチャン・ナショナリズム(Christian nationalism)」という言葉が気になります。よく言われる社会の分断の中で、民主党と共和党とはお互いに相容れるところがないほどに、その分断の波に乗って選挙を戦わなければならないのです。その状況を理解するキーワードが、この言葉なのです。
 
 しかも、候補者といえば、老齢のために指導力の翳りが気になる現職のバイデン大統領と、クリスチャン・ナショナリズムの大きなうねりを追い風にしようとする、こちらも老齢でさまざまな裁判にも問われているトランプ前大統領です。
 正直なところ、当惑する国民が多いなか、右派の団結した票がどちらにも頷けない浮動票を上回ることで、トランプ氏の追い風になるのではという人も多くいます。最近無所属で立候補をした、民主党の背景を持ち、ケネディ元大統領の甥にもあたるロバート・ケネディ氏の得票がどうなるのかも気になります。
 当初、ケネディ候補の票はバイデン大統領の票を奪うのではと思われていました。しかし、最近ケネディ氏がコロナ対策などでトランプ前大統領に近い動きをしていたことや、あまりにもトランプ氏のスキャンダルが多いことに躊躇するトランプ支持者の得票に影響を与えるのではと予測する人も多いのです。
 
 いずれにせよ、今回の選挙はアメリカ人全体に言葉では言い表せない当惑を与えています。
 気になるのは、トランプ前大統領の岩盤支持者ともいわれる人々が、ブレないどころか強い団結をしながら支持を広げようとしていることです。その人々こそが、クリスチャン・ナショナリズムを標榜する人々なのです。
 

アメリカに拡大する保守層と当惑する浮動票層

 アメリカは、信教の自由を国是としながらも、独立宣言にも、憲法や法律の中にも神(Lord、あるいはGod)という言葉を見つけることができます。250年近く前の常識ではあるとはいえ、彼らはこのことを根拠に、アメリカはキリスト教の国家であると主張するのです。
 
 元々、アメリカはヨーロッパで迫害を受けていたプロテスタントが移住することによって国家の基盤が作られました。彼らはビジネスに対してはフランクで現実的であったので、ユダヤ系などのヨーロッパからの移民が移り住んでくることには柔軟な人も多くいました。しかし一方で、プロテスタントの人々は、カトリックの腐敗を糾弾した人々の子孫で、ある意味では他のキリスト教徒よりも、教義に対しては保守的でした。そして、移住したそれぞれの地域での団結とコミュニティ意識を新大陸での生活の拠り所にしたのです。
 
 この伝統が、アメリカでの分権主義と、大きな政府を嫌い、外からの介入や影響を嫌う保守層を形成していったのです。つまり、アメリカのナショナリズムとは、それぞれのコミュニティにおけるキリスト教の価値観を守り、コミュニティの絆を脅かす大企業や外国の影響などを排除しようという考え方に基づいています。これが、最近メディアの強調するクリスチャン・ナショナリズムなのです。ナショナリズムというと、国家的なまとまりを意識しますが、アメリカでは、このようにアメリカが成り立った根本的な意識を大切にする考え方を示しているのです。したがって、彼らの多くは排他的で、キリスト教、特に自らが属しているキリスト教の価値観のみを守り抜こうとします。
 この意識が以前は黒人への差別などにもつながっていたのですが、公民権法が徹底した現在では、政治家はそうした差別意識を公に語ることは控えています。しかし、白人系キリスト教優越主義ともとれる彼らの考え方の背景には、イスラム教やアジアからの移民、さらには中南米などからの異なる文化背景を持つ移民が、自らの価値観を破壊するのではという危惧が蔓延しているのは事実なのです。
 
 アメリカの中に確実に拡大しているこうした意識は、バイデン大統領ですら無視できなくなっています。彼らがトランプ大統領の岩盤支持層になっている以上、バイデン大統領はこれ以上自らの支持基盤を失うことはできないのです。
 その影響が、現在のイスラエルによるガザ侵攻へのアメリカの対応にも明快にみてとれます。大学での反対運動などが拡散し、イスラエルの暴力的な報復への批判が強まっても、ユダヤ系有権者の支持を失うことはバイデン大統領にとっては大きな痛手です。とはいえ、反イスラエルを主張する人々は明らかにクリスチャン・ナショナリズムとは、水と油の人々です。つまり、こうした人々こそが、当惑し、浮動票の背景へと傾斜している人々なのです。この人々をどのように取り戻してゆくのかは、バイデン大統領にとっては極めて頭の痛い課題だといえましょう。というよりも有効な手段が見当たらないというのが現状なのではないでしょうか。
 

「内憂外患」の世相を戦う今年の大統領選挙の行方は

 こうした背景を見つめながら、大統領選挙までにウクライナ問題ではロシアが、アジアでは中国が、そして中東ではイスラエルやイスラム教原理主義者がさまざまな揺さぶりをかけてくるはずです。この複雑な外交政策と、アメリカ国内の世論の動向がシンクロしないのが、現政権の政策における最大の課題でもあるのです。
 
 大統領選挙や、トランプ氏のチャレンジする司法問題と、バイデン大統領に突きつけられている外交問題と内政とのねじれという2つの大きな課題の中で、選挙の先行きは混沌としているのが現状でしょう。
 歴史的にみるならば、ベトナム戦争による反戦運動を引きずって、再戦を諦めた民主党のジョンソン大統領と、そうした民主党側の弱みを利用し、冷戦を緩和させ、中国との国交を回復することでアメリカの再生を試みたニクソン大統領との対比を思い出させます。
 しかし、現在のトランプ前大統領には、以前共和党が得意としていた国内の保守層をまとめながら、外交面でのアメリカのプレゼンスを巧みに維持していったような知的な側面は見受けられません。
 
 今年の大統領選挙は今後さらに左右に揺れながら、最後まで結果と満足の見えない選挙戦になるかもしれません。
 

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