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妥協という政治手法に揺れるバイデン政権

New vehicles sold in the U.S. will have to average about 38 miles per gallon of gasoline in 2031 in real-world driving, up from about 29 mpg this year, under new federal rules unveiled Friday by the Biden administration.

(バイデン政権が金曜日に発表した新しい連邦規則では、2031年に米国で販売される新車は、ガソリン1ガロン〔約3.8リットル〕あたり29マイル〔12.3km/l〕という今年の規制から上昇して、実走行でガソリン1ガロンあたり平均約38マイル〔16.2km/l〕にしなければならない)
― AP通信 より

バイデンが発表した自動車燃費の新規則に隠された苦悩

 アメリカの大統領選挙にあたって、前回はトランプ前大統領の動向を軸に、アメリカ社会の現実について解説しました。今回は、民主党側の状況について分析をしてみたいと思います。
 
 カリフォルニア州のサンタモニカやアリゾナ州のフェニックスなどで街を歩いていると、運転手が無人のまま走行しているタクシーをときどきみかけます。目新しいので多くの人が足をとめて中を覗いたりしています。
 これは、Waymoと呼ばれるグーグル(アルファベット)傘下のブランドによって制作された無人車で、TESLAなどと共にアメリカで自動運転の新たな分野を切り開くパイオニアとして注目されているのです。
 運転手のいない車を、歩行者も走行車も多い都市部の実際の道路で走らせていること自体、分権主義が徹底し、それぞれの自治体による新たな試みが日本よりも自由にできるアメリカの強みの象徴かもしれません。しかも、こうした動きを後押ししているのが今のバイデン政権です。
 しかし、Waymoのように、世界を牽引するアメリカを象徴するような政策の裏側にも、民主党ならではの苦悩があることはあまり報道されていないようです。
 
 バイデン政権は先週金曜日に、2031年までに販売される新車の平均燃費率を1ガロンあたり38マイルにするようにという政策を連邦規則として発表しました。これは、予測された数値を下回るもので、2030年までに販売される新車全体の50%を電気自動車にしていこうとする方針に影を落としているのではという指摘もでています。
 これは、電気自動車の発売が急務となった自動車業界が、生産方針を大幅にシフトすることで、旧来の自動車生産に携わる人々の失業率が上がることへの配慮ではないかといわれているのです。
 
 民主党は、クリーンなエネルギーによる地球温暖化対策を政策の大きな柱の一つにしています。未来へ向けたさまざまな取り組みをもってリベラル政党のイメージを定着させようというのがその政策の骨子です。
 しかし、民主党にはこうした政策を支持する都市部のリベラル層とは別に、もう一つの大きな支持母体があります。それが、自動車業界などに従事して、組合などにも所属する、大手企業の労働者層が持つ巨大な票なのです。
 今回のバイデン大統領の自動車業界への発表は、未来型の新規ビジネスと、旧来型の大手産業界の双方に配慮した妥協案であるといっても過言ではないのです。
 

トランプの単純で強気な発言を前に妥協を余儀なくされて

 今、民主党は、さまざまな分野で同様の妥協を強いられています。それは、たとえば自動車業界に働く人が、自らの雇用への危惧から、個人の意思でトランプ前大統領支持へと回ることへの強い懸念があるからです。
 家族を守り、日曜は教会に通いながら、企業に働く労働者が、海外からの移民の流入や未来型の新規ビジネス、さらにグローバライゼーションによる企業のボーダーレス化の中で雇用や生活への危機感をもち、今の国の政策に対して疑問を抱くようになっているのです。
 こうした疑問に明確に反応したのがトランプ前大統領です。単純なメッセージで、移民を制限し、海外からの投資や買収にも楔を打って強いアメリカを再現しようと、訴えているのです。
 
 今の時代、世界経済や人的資源はすべて繋がっています。
 しかし、同時にそのことが、それぞれの国の中で働く人々の利益には必ずしも直結しません。そこを指摘して、例えば日本製鉄のUSスティール買収に対して、トランプ氏が「ありえない」と強気の発言をすれば、バイデン大統領も充分な検討が必要だと、有権者の心をマイナス方向に刺激しないように妥協した発言をしています。
 そして、移民政策でも同様です。バイデン大統領は、トランプ前大統領が作ったメキシコとの壁に反論しながらも建設はストップせず、先週には毎週4,000人を超えるメキシコ側からの中米移民の流入を2,500人に制限するという大統領令を出して、その抑制に踏み切りました。
 
 移民流入への新たな政策の背景にも経済政策と似たところがあります。
 カマラ・ハリス副大統領に代表される民主党左派は、移民の流入と移民の人権問題に対して常に柔軟です。それは、カリフォルニアなどの都市部を中心に、移民なしでは都市や人々の生活が機能しなくなっている現実を把握してのことです。また、アメリカが伝統的に移民のパワーで国力を維持し伸長させてきたことも否めない事実です。
 こうした民主党内の強い声に向き合いながら、同時に今後の雇用問題や個人の収入などを心配する有権者の票も繋ぎ止めなければならないことが、バイデン氏が打ち出す妥協案の背景にあるわけです。
 
 これらの妥協の中で、バイデン政権が最も苦悶しているのは、いうまでもなくイスラエルのガザ問題と、泥沼化しつつあるウクライナ問題を中心とする外交問題です。
 いうまでもなく、ハマスによるイスラエルへのテロ活動に対して強い非難を続けながらも、イスラエルによる過剰なガザへの攻撃に対しては、その抑制を働きかけざるを得ないというのがバイデン政権の苛立ちです。ユダヤ系の有権者と民主党を支持してきた人権団体や、中東系移民を含む海外からの移住者への配慮も必要という苦悶にさらされているのです。
 

数々の政策論点で守勢に立つバイデン政権の行方は

 これからヨーロッパでは、EUの将来を左右する可能性もある選挙が各地で行われます。議会、指導者、さらに地方行政への審判がヨーロッパ各地でなされるわけです。そこで危惧されているのが、移民政策とウクライナ政策をめぐって極右勢力が予想を上回る伸長をみせることです。その伸長が政権運営にも影響がでてきそうな状況を、アメリカ政府も見つめてゆかざるを得ないのです。
 
 共和党がトランプ大統領の元に、必ずしも一枚岩ではないという指摘はあるものの、彼らが民主党を攻撃するとき、移民政策、外交政策、さらに一般市民一人ひとりの生活への対応という、民主党に反撃する武器が山ほどあるのです。
 それを微妙にかわしながら、理想と現実との間で妥協をしながら有権者を繋ぎ止めようというのが、現在のバイデン大統領の置かれている状況なのです。
 
 今年のアメリカの大統領選挙は、11月5日の選挙当日までその帰趨を読み取ることは困難です。しかし、非政権側による政権批判は単純なメッセージであればあるほど浸透しやすく、守るバイデン大統領側の足元を揺るがしている事実は否めないようです。
 

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『カマラ・ハリス・ストーリー』西海コエン (著)、マイケル・ブレーズ (訳)カマラ・ハリス・ストーリー
西海コエン (著)、マイケル・ブレーズ (訳)
2020年、アメリカ大統領選挙に民主党の副大統領候補として出馬し、大統領候補のジョー・バイデンと共に当選を果たし、2021年に副大統領に就任したカマラ・ハリス。アメリカ史上初の女性、アフリカ系、アジア系と、政治史を塗り替える3つの初を冠する副大統領として、また、バイデン大統領の最有力の後継者候補として、世界中から注目を集める彼女のこれまでの物語を、シンプルな英語で紹介します。

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