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偏見とステレオタイプ:言論の自由の課題を見詰めて

Georges Ferdinand Bigot was a French cartoonist, illustrator and artist. Although almost unknown in his native country, Bigot is famous in Japan for his satirical cartoons, which depict life in Meiji period Japan.
(Wikipediaより)

ジョルジュ・フェルジナンド・ビゴーは、フランスの風刺画家、イラストレータ、画家で、本国では余り知られてはいないが、明治時代の日本人の生活を皮肉を交えて風刺したことで、日本では有名である。

今年の一月にイスラム教過激派がフランスのシャルリー・エブド Charlie Hebdo 本社を襲撃し、多くの死傷者をだしたニュースが流れたとき、私はふと 133年前の日本のことを思い浮かべました。

明治維新から 20年の月日しか流れていない当時、国のあちこちにはまだ江戸時代の気風が残っていました。
そんな日本に、フランスからジョルジュ・ビゴー Georges Bigot という画家が来日します。長期にわたって日本に滞在し、明治の世相を風刺をもって描いた彼の作品は、日本史の教科書などでもよく使用されています。

その日本史を思い出してみましょう。
幕末以来、日本政府はなんとか欧米と結んだ不平等条約を改正しようと奔走します。関税自主権を持ち、治外法権を撤廃するということが、明治政府の外交上の悲願だったのです。
欧米に有利なこうした条約を、日本人は不平等条約と呼んでいます。例えば治外法権を例にとれば、外国人が日本国内で罪を犯しても、日本で裁けないというわけですから、確かにこれは不平等です。

実際、風刺画を出版していたビゴーは、治外法権の改正に反対でした。
どうしてでしょう。江戸の気風が残る当時の日本で、思わぬことから残酷な拷問を受け、自白を強要され、極刑に処されることを欧米の人々は極度におそれていたといいます。ビゴーも、自由民権運動を弾圧する官憲などを風刺し、日本の政治や政府の行為を批判していただけに、もし治外法権が撤廃されれば、それが直接自らの身の危険となったわけです。

風刺画は英語で、caricature といい、いわゆる漫画の訳である comics と区別されます。また雑誌や新聞などで政治や世相などを風刺するために描かれる一コマ漫画は、cartoon と呼ばれ、ビゴーなどが手がけたのはこれにあたります。
当時、ビゴーは、外国人居留地に住む欧米人に向け、日本を風刺した cartoon を出版し、生活していたのです。
やがて、日清戦争を経て、日本の国際的地位が上昇するに従って、治外法権は撤廃されます。しかし、ビゴーも含め、多くの外国人が、治外法権のない日本を恐れ、帰国した事実を知っている人はそういないでしょう。

江戸時代という長い封建制度の呪縛から近代国家を創造するには、相当の忍耐と時が必要です。そうした歴史の苦闘を嘲笑するかのように、居留地に住む人に向け風刺画を出版したビゴーの行為に対して、当時の人々が複雑な思いをいだいていたのもまた事実でした。
その後、現代に至るまで、日本を題材にした風刺画は数えきれないほど出版されています。日本人への「眼鏡をかけた背の低い–」というようなステレオタイプなイメージは、こうした風刺画によって造られていったともいえましょう。
例えば、日本が第二次世界大戦に突入したとき、アメリカを代表するメディアの一つであるライフ誌 Life Magazin は、How to tell Japs From the Chinese「いかに日本野郎を中国人と区別するか」という特集を組んでいます。
そこでも、東条英機の写真などを使用して、このステレオタイプな特徴が日本人だと解説しているのです。

ビゴー来日から 133年後、彼の故国フランスのシャルリエプド社は、イスラム社会に向け、イスラム教の創始者ムハンマドを風刺したりと、様々な論議を呼ぶ出版活動を繰り返しました。そして今年のはじめに悲劇がおきました。
テロは許せないとして、この一連の出版活動が一般のイスラム教徒をも傷つけていたことは事実でしょう。
74年前、日本は欧米との確執の末に、欧米から今の ISIS に似たレッテルを貼られる戦争へと突入しました。そうした戦争へと日本を導いた底辺に、当時世界と接してきた日本人の中に、こうしたステレオタイプや偏見への怒りがなかったかといえば、それは嘘になります。

言論の自由は絶対に守るべきです。また、無差別に人を殺戮するテロ行為や、人の自由や尊厳を奪う軍国主義も排除すべきです。
ただ、そうした非人間的な行為に人類が至るまでに蓄積される、様々な偏見や怒りの堆積を無視することも、またできないのではと思います。

そうした意味で、ビゴーの風刺画、そしてシャルリー・エブドの出版活動を、どのように評価するか。
この重たい問いかけに対しては、充分な論議が必要なのではないでしょうか。

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