Needing munitions to fight in Ukraine, President Vladimir V. Putin plans to return to North Korea this week for the first time in nearly a quarter century.
(ウクライナとの戦争の武器調達のため、プーチン大統領は今週、四半世紀ぶりに北朝鮮を訪問する予定)
― New York Times より
現在のウクライナ情勢の緊張を招いたフルシチョフ
ウクライナ戦争が、ロシアが攻勢をかけながらも、
膠着状態に陥ってすでに数か月が経過しています。誰もが感じているように、最近はガザの問題もあってか、ウクライナへの関心が今ひとつ盛り上がりません。
それどころか、ヨーロッパなどではハンガリーをはじめEUの中ですら、ウクライナへの支援を躊躇する国がでてくるほどで、今後のウクライナの命運が気になるところです。
ウクライナ側だけではなくロシア側にも、貴重な人命が失われているにもかかわらず、和平の動きもなかなかみえてきません。
しかも我々は、ウクライナがどうして今回の戦争に至ったのかという点を大きな視野でみることができないまま、この戦争が長期化していることに苛立ちを覚えています。それは、とにもかくにも、21世紀になり、あの同時多発テロ事件に続いて、このロシアのウクライナ侵攻が、世界情勢が不安定で先がみえなくなった大きな原因となっているからでしょう。
そこで、ウクライナ情勢を分析するためにも、ロシアの
プーチン大統領とウクライナの
ゼレンスキー大統領の他に、この問題の原因を作ったもう一人の人物のことを考えたいのです。その人の名前は
ニキータ・フルシチョフ、つまり1950年代から1960年代にかけて旧ソ連を率いた人物です。
フルシチョフといえば、スターリン批判を行い、冷戦時代のソ連の態勢を大きく緊張緩和へと導きながらも、キューバ危機によってアメリカと激しく対立したソ連の指導者として知られています。実は、彼はウクライナと大変深い関係のある人物だったのです。貧困の中でウクライナに出稼ぎに来ていた父親の関係もあって、彼も若くしてウクライナに移住し、現在ロシアが領有を主張しているドネツク州で労働者として働いていたのです。
帝政ロシアの時代、ドネツク州のあるドンバス地方は、ロシアにとって最も重工業が発展していた地域で、戦略的にも重要な場所だったのです。ですから、当時多くのロシア人が貧困から逃れるために、この地域に移住してきました。それがドンバス地方の親ロシア派住民のルーツなのです。フルシチョフ一家もそうした人々の中にいたのです。
ロシアとウクライナのねじれの中で育ったゼレンスキー
ロシア革命の後にフルシチョフはウクライナで頭角をあらわし、その後モスクワに移動し、スターリンの目にとまります。それが彼の出世のきっかけとなりました。フルシチョフは、苦労人であった反面、時流を冷徹に見極めることのできる政治家でした。猜疑心の強いスターリンが自らの部下を含め多くの要人を粛清し、殺害してゆくなか、フルシチョフは出身地のウクライナで数えきれない昔の仲間を抹殺しています。スターリンが粛清し殺害した人は10万人を超えるといわれています。ソ連の要人の中で、この粛清を乗り切って生き残ったのは、フルシチョフを含む3名だったいうから驚きです。
さて、スターリンの死後、政争を乗り越えて、指導者になったフルシチョフは、今度は率先してスターリン批判を行います。そして、彼が断行した粛清によって疲弊したウクライナへの配慮から、クリミア半島をソ連の衛星国家であったウクライナに譲渡することを決定したのでした。1954年のことでした。
当然、ドンバス地方も、その後ウクライナの所有する工業地帯として発展してゆきます。フルシチョフはその発展に大きく関与したのです。そんなドンバス地方で育ったのが、今ウクライナを率いるゼレンスキー大統領でした。ロシア色の強いドンバス地方で育った彼の母語はロシア語で、ウクライナ語はほとんどできなかったといわれています。そんな彼が、ソ連の崩壊後に民主化の進むウクライナの指導者となる前に、こっそりとウクライナ語の特訓を受けていたほどなのです。
フルシチョフ以来のドンバス地方とクリミア半島におこったねじれを、ゼレンスキー氏は身をもって体験した人物なのです。そんな出自もあり、ゼレンスキー大統領は、あえてウクライナの非ロシア化を進めることで、自らの立場の強化を図ったともいえそうです。フルシチョフの亡霊が、ゼレンスキー大統領とプーチン大統領とにまつわりつき、そこにウクライナを西欧の経済圏に取り込もうとするアメリカやヨーロッパ主要国が揺さぶりをかけてきました。その揺さぶりを梃子に、ゼレンスキー大統領がNATOへの加盟を表明したことが、プーチン大統領の強い怒りへとつながったのです。言い方を変えれば、ゼレンスキー大統領がロシア侵攻の口実を作ったことになるわけです。
このボタンの掛け違いは、世界の秩序を踏みにじるロシアの行動の原因となりました。元々、伝統的な旧ソ連時代のバックアップのないプーチン大統領にとって、ウクライナに鉄槌を下すことは、国民の支持をつなぐ絶好の機会と思えたのです。ロシアの行ったことは、力によって領土変更をしてはならず、市民を巻き込んだ戦争行為を抑止しようという、第二次世界大戦以後に確立した国連の秩序に対する挑戦でした。その挑戦を国連安保理の常任理事国であるロシアが行ったことで、国連は機能不全に陥りました。さらに、ロシアは核の拡散戦略を露骨に進める北朝鮮へ接近し、それと競争するように、中国も台湾を見据えながら、周辺海域での覇権の確立を躊躇することなく進めようとしています。
フルシチョフ(左)とスターリン(右)
力による世界秩序の蹂躙を可能にした脅威と不安
国連憲章やそれに基づく各国間の条約や、不文律での取り決めを力によって踏みにじることを可能にしたことが、21世紀の今後の世界への大きな不安、脅威となっているのです。その代表的な事例が、イスラエルによる
ガザでの一般市民への殺戮行為でしょう。さらに、もし台湾の新しい政権が、中国にゼレンスキー大統領と同じような侵攻の口実を与えたとき、この脅威はそのまま日本周辺での有事へと変化するかもしれません。
ロシアの行為は許されないにしても、ゼレンスキー大統領がその口実を与えたという一点を振り返ったとき、我々は冷静にどの条件でロシアとウクライナが歩み寄るかを、フルシチョフの時代からの成り行きに沿って考えながら、解決の道を模索する必要があるかと思われます。
それを許さないアメリカやヨーロッパの主要国にも、未来への警鐘として、より現実的な問題の解決のために奔走することを求めたいのです。
* * *
『日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)
ますます混沌とする世界情勢を理解するために知っておきたい世界の課題を、日英対訳で解説! 今、世界でさまざまな影響を与えている事象について、単にニュース的な見解と報道を紹介するのではなく、日本人には理解し難い歴史的・文化的背景を踏まえ、問題の向こう側にある課題を解説。そして未来へのテーマについても考察します。また本書では、学校では習わないものの、世界の重要な課題に対して頻繁に使われる単語や表現もたくさん学べるので、国際舞台でより深みのある交流を目指す学習者にも有用な一冊です。
===== 読者の皆さまへのお知らせ =====
IBCパブリッシングから、ラダーシリーズを中心とした英文コンテンツ満載のWebアプリ
「IBC SQUARE」が登場しました!
リリースキャンペーンとして、読み放題プランが1か月無料でお試しできます。
下記リンク先よりぜひご覧ください。
https://ibcsquare.com/
===============================