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日本企業が失った柔軟性、融通、そして寛容という価値

Mistakes occur. If management is not tolerant for the mistakes, nobody wants to take the individual initiative to seek the business solutions.

(ミスはおきる。しかし、ミスに対し経営陣が柔軟でなければ、誰もビジネスの課題を解決しようとイニシアチブをとることはなくなるはずだ)
― あるアメリカ人経営者の言葉 より

規則に縛られた日本企業が直面する課題

 今、多くの日本企業は、海外での激しい競争に直面して悩んでいます。
 ある大手企業の営業員がぼやいていました。彼は海外で自社サービスの販売をしているのですが、その営業活動の中で顧客を接待することへの規制が厳しく、多くの場合、自腹でその経費をまかなっているというのです。利益供与になる可能性があると本社から強く戒められているためです。
 確かに、日本企業の関係者と国内で打ち合わせをするとき、内規の問題があるために割り勘にしてくださいというケースがよくあります。コーヒー一杯の決済ができないというわけです。しかし、この規則を海外に当てはめた場合、人間関係の構築が重んじられる地域でのビジネスは思うように伸長しません。飲食やギフトの提供は賄賂ではなく、人間関係を円滑にするための大切なツールであるという価値観をもつ地域は世界各地にあります。特に東南アジアや中南米など、実例を挙げればきりがありません。
 こうした地域でビジネスをするためには、現地にできるだけ多く予算とその使用についての権限移譲を行うことが必要です。
 
 規則の運用についても、国や地域によって大きな違いがあります。
 アメリカでの航空会社のサービスの事例を紹介しましょう。
 アメリカの航空会社のカウンターでチェックインをするとき、予定より早く空港に到着したために一つ前の飛行機に乗ろうとした場合、チケット購入時の購入条件に予約変更不可と書いてあるときでも、早い便への搭乗を許してくれることがあります。どちらにしても空席があるので構わないというのが、現場の合理的な判断なのです。
 しかし、同様のことは、日本では決して起こりません。どこのカウンターで尋ねても慇懃で丁寧な対応は受けるものの、謝られたうえで断られるというのが常識です。規則は規則、というわけです。それは現場にこうした判断をする権限が与えられていないことにも原因があります。
 
 確かに日本の組織は規則でがんじがらめにされています。
 課題は、日本企業の多くが今でも中央主権型で、それぞれの末端に判断する権限が与えられていないことにあります。海外支社でも日本本社の常識と規律によって運営されているケースが多いのです。海外企業の多くが、現地での活動を円滑にするために、現地の組織に最大限のオートノミー(独立性)を与えていることとは対照的に、多くの日本企業はいまだに本社のレポートラインの管理下にさまざまな活動が統括されているのです。そうすれば支社は表向きしっかりとマネージできますが、実のところ支社の組織そのものは育ってゆきません。
 

日本企業が失ってしまった人脈、融通、柔軟性

 いうまでもなく、日本はアジア諸国の一員です。したがって、アジア社会の人間関係を重んずる価値観は日本にも確かにあったはずです。さらに、高度成長時代に日本企業が飛躍的に業績を伸ばした背景には、企業戦士とも呼ばれた人々のハングリー精神と、さまざまな状況に応じて融通をきかせ、柔軟に対応しながら業務を遂行する環境があったからです。
 もちろん、こうした常識の裏には官民の癒着や、企業に勤める個々人の人権を無視した業務第一主義が横行していたことも事実です。確かに、当時はセクハラやパワハラといった観念も存在していませんでした。そしてバブルの崩壊とともに、こうした日本企業の負の部分だけが強調され、それを徹底的に浄化するために、企業活動をするにあたって必要な、状況に応じた柔軟な対応力や、個々の発想を伸ばすために個性を尊重するといった、企業が本来求めなければならない価値観や行動規範まで、一緒に削除されてしまったのです。
 
 柔軟性があり融通をきかせるという価値観は、プラスとマイナス、つまりコインの表と裏の効果を生み出します。
 例えば、今公共機関へのサービスを提供する場合、業者間の談合や官公庁の担当者との癒着という過去の負の遺産を是正するために、特定の随意契約を除いて、公募により複数の企業に価格を提示させるコンペが行われます。
 この場合、得てして起こるのは、資金力のある企業が価格を大きく抑えて業務をさらってしまうことです。新進気鋭のベンチャー企業がどんなに斬新な技術やサービスを提供しようとしても、受け手の担当者がその内容を理解できず、価格のみで公平性を保とうとすることで、新しいアイディアや個性あるサービスの参入が阻害されるのです。これこそが、一つの価値観のプラスとマイナスの双方を同時に削除した弊害となって、日本の活力そのものを奪っているのです。
 
 今、海外では個人のアイディアやサービスを売り込むためにSNSが頻繁に活用されています。例えば、Facebookのビジネス版ともいえるLinkedInを使い、新たな企業や個人が、大手企業からビジネスを獲得する事例も数えきれないほど存在します。こうしたカジュアルな対応が日本企業にはなく、SNSでコンタクトをした者同士がお互いにビジネス戦略を共有するといった行為は稀にしかありません。これは、見知らない人とのコンタクトによって自社のコンプライアンスが脅かされることを懸念するあまり、外部へ自由にアンテナを張れないことからくる弊害でしょう。つまり、日本企業は企業人がリスクをとって何かを進めてゆくことに対して、極めて慎重なのです。このことは、組織のなかで個人がリーダーシップをとることが難しい問題にも直結します。
 さらに、そうしたリスクを回避するために、プロジェクトの遂行に対しても完璧な対応が求められます。これと同じ対応を海外市場が求めているかといえば、そこには大きな疑問が残るのです。
 

起こりうるミスに対し柔軟に前向きであること

 航空会社の事例を先に述べました。それと似た事例が、鉄道などのサービスでも最近頻繁に発生しています。気象異変や事故などでサービスが中断したときに、乗客が十分な情報を与えられることもなく、長時間列車に閉じ込められる例をよく耳にします。どうしたら完璧な対応ができるかを管理本部が検討することで緊急な判断が遅れているのか、状況に応じて柔軟に対応する権限が現場に与えられていないのか、おそらくそのどちらも理由となっているはずです。
 加えて、マスコミも一つの瑕疵を大きく報道するため、誰もがミスをおかして批判されることをおそれ、身動きがとれないのです。ミスや失敗に柔軟でない組織には「失敗は成功のもと」という前向きなモチベーションが生まれないのです。
 
 現場への権限移譲のノウハウを構築することは、海外に進出する企業が真っ先に考えなければならない課題です。それには高度成長期の旺盛な活動力をもう一度振り返りながら、その負の部分を認識しつつも、現在の価値観に合致した新たな柔軟性へのアプローチが強く求められるのです。
 

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