UN calls Israel’s ban on its top leader a political statement in long-running rift.
(国連は、イスラエルによる国連のトップリーダーへの拒絶を、長期にわたる軋轢に対する政治的対処であると表明)
― AP通信 より
ガザ地区でのイスラエル vs ハマスの戦闘開始から一年
イスラエルの
ガザ侵攻から一年が経過するなか、レバノンを攻撃するタイミングをいつにしようかと、イスラエルのネタニヤフ首相は考えていたはずです。今回は、彼の考えをモノローグ風に綴ってみました。
「我々のガザでの対応を世界が非難している。でもドイツはナチス時代のユダヤ人虐殺の借りがあるので我々と対立できない。しかも中東からの移民に反対し、右傾化したオーストリアやハンガリーの情勢から、ヨーロッパはEUもNATOも一枚岩ではいられない。我々の内政をみれば世界の世論は厳しくても、国内ではガザの惨状はあまり大きく報道できないようにしてあるので、むしろここは連立政権を支える右派と行動をした方が政権は安定する。連立内の極右勢力の頑迷さには手を焼くが、この縁を切ることはもはやできない」
「反イスラエルの世論を喚起しかねないアラブ系の放送局アルジャジーラも、すでにイスラエルではほぼ活動できなくしている。とはいえ、今後も国内の報道のあり方には十分に気を配りたい。1年以上ハマスに拉致されている人質には気の毒だが、弱腰では政権がもたない。
国民の意見が割れて穏健な交渉を求める声があがっても、それをすれば政権は崩壊だ。だから
アメリカの停戦の呼びかけにはのらりくらりと時間を稼ぎ、ガザを軍政下におき続けたい。うるさく非難する国連の
グテーレス事務総長には強く対応しなければ。すでに、彼はイスラエルへの入国を拒否されている。どこの国も中東の安定は求めるものの、アメリカと我々の結束を揺るがすだけの外交的な一手は持っていないはずだ。だから我々が完全に孤立することはない。いずれにしろ国連には打つ手はない」
レバノンへの侵攻拡大を目論みアメリカとイランを打算する
「だから、いつレバノンに侵攻すればいいのかという決断には、やはりアメリカの内政への分析が肝心だ。次期大統領はトランプの方がありがたい。訪米したとき、外交上はバイデンとの協調を促し、トランプとは本音で話をした。実は、どちらの陣営も興味を持っていることがある。それはレバノンのシーア派過激組織ヒズボラを攻撃し地上侵攻をしたとき、イランがどこまで出てくるかということ。イランに武器を供与しているのがロシアと中国であれば、イランが我々に攻撃をしかけてくることは、アメリカにとってロシアや中国の戦闘能力を評価する絶好の機会になるはずだ。中国などは倉庫にある中古の武器をイランに送っている。だから迎撃は簡単。中国は台湾や日本に対して極東の覇権を拡大したいので、最新鋭の武器の供与には消極的なはず。でもイランに供与した武器の性能から、現在の中国の戦闘能力を評価することは困難ではない。実際、イランの核ミサイルは張子の虎だ。我々の迎撃能力を覆すことはできないはずだ」
「トランプに大統領になってもらうには、選挙前にレバノンに侵攻しなければ。問題は、ミシガン州だ。ミシガン州はアラブ系移民が多い。今は民主党の州知事がいるが、あそこはいつ共和党に傾いてもおかしくない。レバノンに10月に軍隊を送れば、それはトランプに有利にはたらく。民主党はユダヤ系の支持を維持したいので我々を強く非難できないし、黙認すればミシガン州を失うかもしれないというジレンマにもがくだろう。すると彼らは同じくトランプの勢力と拮抗しているペンシルバニア州で大きな妥協を強いられる。日本製鉄のUSスチール買収に待ったをかけ、あの州での石油産業の支援を強化するはずだ。なんとしてもペンシルバニアは守りたいはずだ。でも、これは外交上さほど大きなインパクトはない。だから、駐米大使の助言に従い、ミシガンに揺さぶりをかける方が効果的だ。であれば10月に行動しよう。事前に仕掛けておいたヒズボラ関係者の暗殺もうまくいき、その過程で爆発物を仕込んだ機器を彼らに供給したダミー会社が傍受したヒズボラ幹部の所在も明快なので、初動はうまくいくはずだ」
「では、レバノンへの攻撃と同時にイラン本土を狙うべきか。イランは産油国で、過剰な攻撃をしかければEUや日本などで石油の高騰と経済的混乱が起こるだろう。この混乱が、我々への強硬姿勢をとりたくてもとれないアメリカの重い腰を上げるきっかけになってはならない。だからうまく天秤にかけて攻撃の強弱を考えたい。行動を起こすのは大統領選挙の前か後か。微妙な判断だ」
「イラン国内はアラブ系とペルシャ系の根強い対立がある。そもそも、今のイランの指導者
ハメネイは、イランの宿敵だったイラク系のアラブ人だ。そして海外で活動するイラン系の移民はほとんどペルシャ系で、彼らは我々ともパイプを持ち、経済力も侮れない。我々と連携することは彼らの利にもなる。これらのアメリカの移民の有権者にしっかりと働きかける広報を怠らないほうがいい。将来もしハメネイ政権が倒れれば、こうしたアメリカなど海外で生活する人々の支援によってイランには莫大な資金が流れ込むだろう。しかし、我々のイランへの攻撃と彼らの支援が同じタイミングでなされることは考えにくい。とはいえ、少なくとも、彼らと彼らのネットワークを通してイランへの対応策を検討することはやっておきたい」
中東、そして世界全体へと波及する緊張と憎しみの連鎖
「あとは、サウジアラビアやヨルダン、そしてエジプトの出方だ。サウジアラビアは
新しい王になってイスラム原理主義者と穏健派との対立が鮮明で、王室の中も安定していない。ただ、サウジの改革が進めば、サウジはイランと石油の価格で対立するかもしれない。となれば、
民主化しようが、保守が巻き返そうが、サウジはやはりアメリカのバックアップが必要になる。
その緊張関係を我々は利用するべきだ。西側への石油の供給を武器にしている限り、EUや日本はおどおどして状況をみるだけだろうし。当然エジプトも今さら単独で我々と対峙することはしないだろう。ヨルダンも同様。なんといっても、もし対立すれば、どちらもアメリカの先端技術を使って戦うので、それは避けたいとアメリカは常に我々にも相手方にも働きかけている。だから以前の中東戦争のようなことはないだろう。やはり気になるのは、今妥協を強いられているカマラ・ハリスが選挙で勝利した場合、ウクライナには温かく、我々には冷たくなる可能性がある。だから
このひと月で、できるだけガザとレバノン、そしてイランで成果を上げて既成事実をつくりながら、トランプ政権の誕生を画策したいものだ」
「それにしてもウクライナの
ゼレンスキーは焦り過ぎだ。ユダヤ系でアメリカともパイプを持つゼレンスキーを追い詰めようと、ロシアにでも踊らされてハマスは我々に牙を向いたという一面もあるはずだ。だからこそ、彼にはもう少し深慮をもってほしい。大統領選の前に訪米し、バイデンとトランプ双方に面会しても形勢を逆転する妙薬をくれるはずはないのに。
我々はしっかりとガザの問題でアメリカに連携の釘を刺しているので、ウクライナにはそっとしていてもらいたい。そのためにはロシアがどこまで攻勢にでるか見極めることも重要だ」
ネタニヤフ首相は毎日このように考えを巡らしているのでしょう。島国で平和の中に塩漬けになっている我々からは想像できないほど、したたかに対策を練っているはずです。
しかし、彼の意識の中には最も大切なことが欠けています。それは、こうした外交や内政のゲームについて考えているとき、ガザやレバノンでどれだけ一般市民が被害を受け、血を流し、命が奪われているかという実態への思いです。その思いがない限り、中東では憎しみの連鎖は断ち切れません。そのつけはいつか彼自身に返ってくるかもしれないのです。
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『日英対訳 英語で話す中東情勢』山久瀬 洋二 (著)
さまざまな宗教・言語・民族が出会う世界の交差点・中東の課題を、日英対訳で学ぶ! 2023年10月に始まったハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃と、イスラエル軍によるガザ地区への激しい空爆と地上侵攻は世界に大きな衝撃を与えました。中東情勢の緊迫化は、国際社会の平和と安定、そして世界経済にも大きな影響を及ぼします。地理的にも遠く、ともすれば日本人には馴染みの薄い中東は、政治・宗教・歴史などが複雑に絡み合う地域です。本書では、3000年にわたる中東・パレスチナの歴史を概説し、過去、現在、そして未来へと続く課題を日英対訳で考察します。読み解くうえで重要なキーワードや関連語句の解説も充実!
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