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ワシントン・ポストの騒動からみるマスコミのあり方

David Shipley, The Post’s opinion editor, is resigning after trying to persuade Jeff Bezos to reconsider the new direction.

(ワシントン・ポスト紙のオピニオン欄の編集責任者デイビッド・シプリーはジェフ・ベゾスの新方針の撤回を求めて協議したが、その後辞任へ)
― New York Times より

アメリカのマスコミに募る資本主義の介入への危機感

 トランプ政権の発足以来、政権のさまざまな政策に翻弄されるなかで、アメリカのマスコミ界でも異変がおきています。メディア界にシリコンバレー系のオーナーが増えているなか、多くのジャーナリストが辞職し、CNNなどの大手メディアでは、経営難のための人員整理などが続いているのです。
 
 トランプ政権で物議をかもすイーロン・マスク氏もSNSのXのオーナーであり、シリコンバレーの先端企業の指導者です。民主党寄りとされるシリコンバレーのなかで、彼の行動は常に異彩を放っていました。
 しかし、マスク氏の影響もあってか、最近シリコンバレーの経営者がトランプ政権に配慮し、大統領就任式にも大物経営者が出席したことが話題になりました。
 
 シリコンバレーとは、サンフランシスコ南部のハイテク企業が集中している地域のことですが、ここではそれを広義として捉え、アメリカ西海岸全域の同様の企業について書いています。というのも、こうした姿勢変更の代表格がアマゾンを創業したジェフ・ベゾス氏だからです。
 
 彼はアメリカの有力紙ワシントン・ポストのオーナーでもあります。彼は新聞をはじめとしたマスコミは常に中立であるべきだと主張します。この主張に基づいて同氏がワシントン・ポストの編集方針に介入したことに抗議して、複数の記者が辞職したのです。2月にニュースページのオピニオン欄の編集責任者デイビッド・シプリー氏が辞任。そして今月、ワシントン・ポストを代表するコラムニストのルース・マーカス氏も辞職したことが話題になりました。
 
 背景には二つの事実があるといえます。
 
 まず読者がネットに流れる中で、ワシントン・ポストも経営不振に苦しみ、大幅な人員削減も進んでいました。経営者のベゾス氏は、どちらかというと左寄りの編集方針にメスをいれ、読者の呼び戻しをしたかったのでしょう。彼は「個人の自由と自由競争」を主張し、従来の編集方針を改めるように命令したのです。
 
 次に、この辞任劇はマスコミのあり方そのものを問いかけたものだったのです。マスコミは事実を報道し、読者が自らの判断でオピニオンを持つべきだという考え方と、報道には批判精神が必要で、読者の気づかない事実をしっかり伝えるためには、批判精神の拠り所となるイデオロギーも必要だという考え方の対立がそこにあったのです。辞任したジャーナリストは後者の立場に立っていました。
 
 アメリカのテレビ業界では、21世紀になって保守的な報道で知られるFOXニュースが台頭し、反対の立場をとるCNNとの違いが鮮明になりました。視聴者は自らの好みや政治的スタンスに従い、この二つのメディアのどちらかを選ぶようになったのです。ただ、その場合、ネットユーザーでもある視聴者は、自らの好む題材だけを深掘りしてテレビ局まで選ぶようになり、異なったスタンスの報道や見解に触れることが少なくなりました。これがアメリカでの世論の分断に大きな影響を与えたことも事実です。
 
 その中で2度目のトランプ政権が発足しました。利益を追求するベゾス氏の立場からすれば、今アメリカのみならず世界中を旋風に巻き込んでいるトランプ-マスクコンビに配慮して、報道にも介入が必要だと判断したのでしょう。しかし、マスコミの現場がそれに厳しく反発するのは当然です。まして民主主義のあり方を左右するトランプ政権下でこうした現場への介入がおきていることに、多くのメディア関係者が危機感を持ったのです。
 

“平和な”日本でも起こっている目に見えない言論統制

 このことは日本のメディアのあり方にも深く関わるはずです。
 日本はトランプ政権が発足するや総理大臣が訪米しました。しかし、その後関税の問題が顕在化し、ヨーロッパやカナダなどが反発し、政府と民間とがアメリカに対して抗議行動をしているなかで、日本の政界は総理の“商品券問題”に明け暮れ、国会でも国際情勢に関する深い議論がなされている兆候はありません。
 
 その中で、日本のマスコミは、ニュース番組の冒頭からロサンゼルス・ドジャースの話題と、商品券問題、国内の気象異変などが大半を占め、今世界が大きく変化するなか、日本がどのような立ち位置に置かれているかといったコンテンツは希少です。そんな日本であれば、諸外国からの期待も薄くなります。
 
 最近では日本を訪れる海外の観光客が増え、おだやかで平和な日本を楽しんでいるというニュースが巷に流れます。しかし、海外の観光客の増加は、言葉を変えれば動物園で週末を過ごす子ども連れが、代わりに円安の日本に来ているに過ぎません。外国人訪問者というならば、注視するべきは日本国内の企業で何名の外国人が働き、出張等による外国人の日本訪問がどう変化し、どれだけの留学生が日本での就職を期待して日本の大学で学んでいるかという数字の方がはるかに大切です。
 
 こうした統計を精密に分析し、本当に日本と交流している海外の人の数を割り出して紹介するマスコミやネット系のニュースソースがどれだけあるのでしょうか。これらの事実を掘り下げると、ワシントン・ポストなどでおきている課題が日本にもあることが見えてきます。
 
 民主主義国には言論の統制がない、というのは幻想です。
 確かに民主主義国では個人がさまざまな発言をすることのリスクは少ないでしょう。さらに、言論統制をすることは憲法違反となり不可能です。
 
 しかし、民主主義と資本主義が表裏一体である以上、マスコミは明らかにマーケットインの方式をとっています。マーケットインとは、市場が求める方向で商品を開発することです。マスコミの場合、国民が求めると予測される心地よい情報、生活に密着した課題を選択して優先的に報道することにより、視聴率を増やすことが彼らにとってのマーケットインです。ジェフ・ベゾスは経営の視点で、このマーケットインにこだわったことになります。
 
 それに対してプロダクトアウトという、消費者にあえて新たな商品を問いかけて市場を作るという行為は、リスクを伴うのみならず、ネットなどでは思いもよらない攻撃の対象になることもあり得ます。したがって、マスコミは海外の情報をより多角的に伝え、国民に判断を問いかける行為を敬遠しがちです。
 このように、民主主義国では目に見えない言論統制が実施されているわけです。
 
 例えば、「リーダーシップ」という言葉を考えたとき、とても日本の政治家や官僚が国際社会でリーダーシップをとっているとは思えません。その瑕疵を冷静に分析して国民に問いかける行為は、典型的なプロダクトアウトの発想です。
 これが敬遠されている以上、日本のマスコミから国際社会と日本との関係についての正確な情報をとることは困難です。これが民主主義の言論統制の課題なのです。
 

メディアが守るべき「民主主義」と「報道の自由」の行方は

 このように、アメリカの有力紙ワシントン・ポストでおきている課題は対岸の火事ではないのです。こうした問題を考えるとき、ワシントン・ポストなどを辞任した多くのジャーナリストが、彼らの考える民主主義を守るためのメディアを立ち上げるために活動していることもここで強調します。
 日本では、こうした新聞記者やコラムニストが起業することは資金面からみても、パトロンを見つける上でも困難です。記者たちが、自立したジャーナリストではなく、サラリーマン化していることがその背景にあります。
 
 報道の自由の問題は、トランプ政権が継続する今後4年間のみならず、その後も継続して、21世紀の大きな課題として議論がなされてゆくことでしょう。
 

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『英語で読む大阪』エド・ジェイコブ (著)英語で読む大阪』エド・ジェイコブ (著)
2025年、万博開催で世界が注目する街「大阪」をシンプルな英語で紹介! 英語の多読学習をサポートする「ラダーシリーズ」の特別編、日本の魅力溢れる街を紹介する【ご当地ラダー】に“大阪”が登場です! 人口800万人を超える西日本の中心的都市、大阪。豊かな食文化などはもちろん、古来より政治、経済、文化の中心地として繁栄した大阪には、古墳や寺社仏閣などの歴史的建造物も多く、日本人はもちろん、海外からの観光客も多く訪れています。来年、万博が開催されることで、ますます世界から注目される「大阪」を英語で紹介します!

 

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