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台湾の進化の裏に潜む、国家リスクという危機意識

What we need is bilingual international students who can take our semiconductor course. If Japanese students are not good at English nor Chinese, we need to consider how to deal with such cases.

(我々の半導体のコースを選択する学生を海外からどんどん受け入れたい。もし日本人が中国語はおろか英語すらだめなら、それにどう対応するか検討が必要だ)
― 銘傳大学顧問 劉國偉氏のコメント より

台北中心の憩いの場に流れる日常

 台湾の大通り中山南路を歩いてゆくと、中正紀念堂が立っている大きな敷地にやってきます。ここは台北有数の観光地で、台湾というよりも中華民国の歴史を語るうえで忘れてはならない施設です。
 威風堂々とした3つの建物が広大な敷地にあり、そこでの衛兵の交代や、建国の父(台湾では国父と呼ばれます)孫文の像がある中央のドームは多くの観光客で賑わっていますが、脇にある木立の中に一見日本庭園風の庭がひっそりとあって、池にはたくさんの錦鯉がゆったりと泳いでいます。
 通りを渡ったところにある南門市場の住人などが公園で憩っていて、私もそこで涼をとったあとに、次の目的地に向かうことがよくあります。
 
 そんな場所にいると、台湾が目下、中国との緊張関係のなかにいることをふと忘れてしまいます。そして、庭園の横にある中正紀念堂をみていると、確かに中華民国が、もともと清朝を倒して中国の再統一をした国家であったことに改めて気づくのです。というのも、当の台湾の人々も、そんな国家のルーツについての気持ちが薄れ、中国本土に自らの存在意義を意識しているのではなく、自分は台湾人だという気持ちを抱いている人の方が多くなっているように思えるのです。
 
 台湾の政治や役人、軍事に関わっている人は中国本土に渡航することはほぼできません。そして、我々のように、台湾とのビジネスが拡大している人も、現在は中国での拘束のリスクのために安易に中国を訪れられなくなっています。
 2027年に中国が台湾に侵攻するのではないかという懸念もゼロになったわけではありません。それは今後のトランプ政権の動向や、ウクライナ情勢の推移とも深く関係してきそうです。では台北はどうかというと、いつも通りの日常が続き、多くの人々はそんなリスクは杞憂だと思っているかのようです。
 

半導体教育機関に漂う緊張感と覚悟

 しかし、中正紀念堂の側から地下鉄を乗り継いで、台北の郊外にある最近半導体教育に力を入れている銘傳大学との打ち合わせに行ったとき、もう一つの現実を突きつけられます。
 その大学には、去年から半導体教育で有名な新竹市の明新科技大学の学長であった劉氏が顧問として勤務しています。彼の指導のもとで銘傳大学にも強力な半導体学部を設立しているのです。
 
 以前、解説したように、台湾にとって半導体産業は国家の存亡に関わるもので、TSMCをはじめとした世界中のシェアを牛耳る巨大産業が台北から半径100キロ以内に集中しているのです。産業の上からのみならず、この半導体産業をいかに守り抜き、育ててゆくかは、台湾にとっては最も優先される対岸の巨大な龍に対する防衛政策であるといえます。
 
 劉氏は、この国策と深く関わった人物で、政府とも半導体業界とも強いパイプを持った要人です。
 彼はそんな重責を意識しながら、銘傳大学に異動してきたのです。というのも銘傳大学は、TSMCと共に半導体企業として知られるASEと深い関係をもち、ASEは現在北九州の若松に新たな工場を建設しようとしているのです。
 
「トランプ大統領の関税問題で、ASEにしろTSMCにしろ、アメリカへの投資をどうしても進めなければならず、そのことで日本への投資のタイミングにズレがでてきそうなのです」
 
 ある台湾のジャーナリストがそのようにコメントしており、私もそのことを頭に入れながら、今後どのように日本からの人材教育を行うのか彼に話をききたかったのです。
 
「トランプといえば、最近留学生を大幅に制限しようとしているよね」
 
 数年来の友人である劉氏は、同校の副学長と共に私にそう切り出しました。
 
「アメリカへの留学生が減ることは間違いないだろ。だから、日本からの学生の誘致のために最大限いろいろな方策を考えたい」
「しかし、日本の高校や大学は決裁をするのに君たちほど迅速じゃないよ。説得するのは相当な努力が必要だ」
「だから、投資が必要だ。例えば、日本にいる台湾華僑の子弟などはとてもいいターゲットになる。そのために、日本のそうした子供たちの通う学校にも働きかけられるような仕組みを作りたい」
「実際、台湾の大学には、東南アジアからの留学生が結構根づいているしね」
「考えてもごらん。台湾の大学の学長や海外関係の幹部は年中東南アジアに出張しているだろ。ベトナムやインドネシア、マレーシア、そしてタイ。いつだってどこかに出張している。大学を経営するってことはそうしたことなんだよ」
 
 確かに、日本の学術機関と比べれば、台湾の大学の幹部たちの海外出張の頻度は比較にならないほど多く、かつ迅速に出張の決裁をしています。
 
「例えば、こういうのはどうだろう」
 
 彼はホワイトボードに図面を描いてプレゼンテーションをはじめました。
 
「我々の大学には大きな日本語学科がある。東南アジアの学生には、在学中に英語と日本語を学んでもらう。彼らはハングリーなので、きっと頑張ると思うよ。そして、その学生を日本に進出している台湾企業に送り込む。これなら日本ののんびりした戦略を気にしなくてもいいかもしれない」
 
 これを受けて私も今年ジャカルタに出張したときに、同様のプロットについてインドネシアの関係者に話したところ、とても興味を持ってくれたことを早速共有します。
 
「ただね。一つだけ注意してほしい。それは日本にいる大陸(中華人民共和国)の学生のリクルートはできないということを」
 
 最後に、劉氏はその点を赤いインクで書いて強調したのです。
 台湾にとって半導体技術は国の命綱だということを実感した一瞬でした。
 
「我々は、大陸の大学とも交流し、学生や教育者の交流にも積極的だけど、この戦略は別なんです。絶対に日本人か東南アジア、あるいは台湾の学生に限るよう注意してほしいんです」
 
 副学長がすかさずコメントをいれます。
 例えば、横浜などには台湾系と大陸系の華僑が入り混じった中華街が存在します。彼らは常にそのことを念頭に置いて、日本社会での活動に注意を促しているのです。
 

世界を制する台湾の半導体事業は命綱

 台北の街の中に危機感を抱く人の姿はそれほど見受けられません。しかし、政界はもとより、産業界や教育関係機関に一歩足を踏み入れると、そこには常に緊張感が漂っています。それが、彼らの日本では考えられない迅速な行動や決裁の速さにつながっているのです。学長レベルの幹部たちが、あたかも商社の企業戦士のように、活発に台湾と海外とを移動しながらどんどんアイディアをぶつけ、交渉をしているのです。
 
 皮肉なことに、その迅速さが故に、近年台湾の半導体事業は日本を凌駕して、世界に覇を唱えるようになったのでしょう。これは、平和な環境で従来のアカデミズムの砦の中にこもっている日本の大学の幹部にはぜひ見学してもらいたい一面なのです。
 

* * *

『基礎から学ぶ 実用台湾華語 初級』国立台湾師範大学国語教学センター (著)、古川 裕 (監修)基礎から学ぶ 実用台湾華語 初級
国立台湾師範大学国語教学センター (著)、古川 裕 (監修)
国立台湾師範大学が台湾華語の標準テキストとして作成した学習書の日本語版が登場! 中国語の学習経験がない学習者を対象にした本書は、台湾に留学して中国語を勉強する学生や、 海外の高校や大学で中国語を勉強する学生に広く使用されており、口語から書き言葉、そしてリアルな日常会話まで、基礎から本格的に学べる学習書です。

・台湾で日常的に使われている現代中国語を採用
・ピンイン(漢語拼音)を併記
・文法及びタスクベースの2種類の練習問題
・中華文化に関する読み物を掲載
・台北を中心にした親しみやすい会話
・会話文の簡体字も掲載

 

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