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変化する東南アジアの労働市場

In Southeast Asia, delegating responsibility is one of the most important strategies for Japanese enterprises to consider.

(東南アジアでのビジネスでいかに現地に権限移譲を行うかは、日本企業にいま最も求められる人事戦略だ)
― Harvard Business Review より

経済成長と物価上昇の間でWワークする東南アジアの人々

 最近タイやベトナムなど、東南アジアの人とよく話をします。
 4か月ぶりのフィリピン出張中も、こうした国々の人たちとの打ち合わせを行いました。打ち合わせのあと、ふと私が最近の円安で出張経費がかさんで大変だと、彼らにこぼしたのです。確かにドルに連動してホテルにしろ、レストランにしろ、アジアでもすべてが割高になりつつあります。ほんの1年前はフィリピンの100ペソは200円でした。しかし、今は260円。しかも経済成長の続くこうした地域の物価も上がっているので、日本人にとって、もはや東南アジアは安いというイメージはなくなりつつあるのです。
 
 実は、東南アジアの多くの国では、経済成長と物価の上昇に対し、賃金が追いつかない国が目立ちます。そのため、人々が2つの仕事を持つことはごく普通とされています。フィリピンなどの場合、その2つの仕事はかなりハードです。フルタイムと同じボリュームの仕事を2つこなしている人が多いのです。
 
 私のオフィスに勤務する社員は、朝10時から夕方6時までが勤務時間です。彼らの中には、帰宅後に仮眠をとって、夜の9時から朝の5時まで欧米からオンラインで仕事を受注しているケースも稀ではありません。朝5時からちょっとだけ眠れば、もうオフィスに出勤しなければなりません。経済成長による交通渋滞は東南アジアでは有名で、通勤時間も結構かかってしまいます。当然、睡眠不足になりがちなので、健康に注意するようにというと、大丈夫、週末にその分睡眠をとっているからという答えが返ってきます。タイの場合はそこまでハードではないにせよ、勤務時間のあと深夜まで別のアルバイトをするケースはごく当たり前です。
 
 日本の会社のように、他の仕事への就労を禁止することは、これらの国々では不可能です。経済成長率が5%から8%というなかで、彼らはチャンスがあればキャッシュをもらうためにネットワークし、海外とのオンラインでの業務などに飛びつくわけです。研修などで接した日本企業の多くの人が、現地の社員のこうした実情を知らないことにはときどき驚かされます。
 

日本は収入面でもキャリア面でも働く魅力の少ない国

 一方で、日本で働く東南アジアの人たちの様子はどうでしょう。実は、円安で本国への送金が充分にできず、しかも日本の賃金が上がらないために、日本で働く魅力がなくなってきているのです。問題は彼らのこうした意識の変化に日本企業が気づかないことです。日本人はいまだに東南アジアから日本に技能研修に来ている人の多くを、彼らの国が貧しいからだと誤解しています。確かに現時点では日本と東南アジアとの生活の格差はまだあるでしょう。しかし、その差は年を追うごとに縮まってきているのです。都市部に限れば、その差はどんどん縮小しています。
 ということは、1日に2つの仕事をするより、日本で働く方が収入の面でも生活環境の面でも有利だと思わない限り、これから海外の人材を確保することは困難になるかもしれないのです。
 
 あるタイ人がぼやいていました。日本ではあれこれ言いながら、日本人のコミュニティに溶け込むことができないので孤独を感じてしまう、と。また、ある人は日本の会社に勤務してもキャリアを伸ばすチャンスが少なく、昔のように新しい技能を習得できるかといえばさほどではないので、日本で働く魅力がなくなってきている、と。これはタイ人に限らず、ベトナムやフィリピンなどから日本に来て働いている人たちに共通した不満なのです。
 
 タイ人を例にとると、以前であれば労働は苦役であると思っているタイ人が多かったといいます。つまり、工場での単純労働や貧困のために過酷な労働を強いられていた彼らにとっては、働くことは決して楽しいことではなかったわけです。しかし、今都市部ではそんな労働への意識が着実に変わりつつあります。タイの現地企業もどんどん成長し、労働市場が多様化するなかで、自分が工夫すれば生活環境を自分の力で変えられるようになり、人々が自らのキャリアを磨くことにより積極的になっているのです。
 
 わかりやすく言えば、東南アジアの多くの人は、以前は楽しく働けるところを求めていました。しかし、今はそうではなく、自らのキャリアにプラスになる職場を求めるようになってきているのです。彼らの多くは企業に対して忠誠心を持つのではなく、自分のキャリアに対して真剣に取り組もうとしているのです。ですから、日本企業の駐在員がよくぼやくように、彼らはより魅力的な職場があれば、どんどん転職するのです。
 

東南アジアでの日本企業の変革と再活性化は喫緊の課題である

 こうしてみると、日本企業は東南アジアでの業務戦略を根本から変える必要に迫られていることがわかってきます。いつまでも東南アジアの人を現地での労働者として意識して扱っていると、彼らはどんどん日本企業から離れてゆくでしょう。日本人がマネージし、現地人はそれに従って働くという図式を改善する必要があるのです。仮に今のままでも現地での雇用に問題がないと思っていれば、気づいたときにはキャリア志向のない消極的な人材しか会社に残らなくなるかもしれません。すると、ますます組織が育たず、日本人がマネージしなければと状況を誤解した方針に終始するのです。この悪循環が日本企業そのものの非活性化へとつながってしまうはずです。
 
 良い人材がモチベーションを保って働き、その結果、現地組織が育ち、現地の人々によってマネージされ、業績が向上するように組織を変革できることが望ましいでしょう。でなければ、東南アジアでの急激な経済環境の変化のなかで、日本企業の競争力が低下してしまうかもしれません。
 すでに欧米の企業では、こうした変化にかなり以前から積極的に取り組んでいます。いわゆる regional headquarters(RHQ、地域本社)としてアジアのオペレーションを育て、現地組織を現地の人に任せてゆくような人事戦略を実施しているのです。
 
 あと10年もすれば、東南アジアと日本との経済格差はゼロになるか、逆転してしまうかもしれないのです。
 

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『フィリピン語 日本紹介事典 JAPAPEDIA』IBCパブリッシング (編)、クリスティニー・バウティスタ (訳)フィリピン語 日本紹介事典 JAPAPEDIA
IBCパブリッシング (編)、クリスティニー・バウティスタ (訳)
日本の四季と暮らし・伝統文化と芸術・マナーや日本食から、都道府県の紹介まで、いまの日本を正しくフィリピン語で紹介するためのフレーズ集。人口は1億人を突破、アジアで上位の経済成長率、平均年齢20代という未知の力を秘めた国、フィリピン。日本における外国人労働者数も国籍別で3位と日本との繋がりも深く、親日家の多い国としても知られています。本書は、ビジネスでもプライベートでも、日本について聞かれたとき、知識として知っていることをフィリピン語で正確に伝えることができるようになるフレーズ集です。

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