“By failing to prepare, you are preparing to fail.”
(準備を怠ることは失敗への準備をしているようなものだ)
― ベンジャミン・フランクリンの言葉 より
目の前の課題解決の例とビジネス英単語の解釈
今、我々は単なる英語の学習を通して海外の人とビジネスをすることが、いかに危険かを知らなければなりません。
というのも、ビジネスでは英語をどのように解釈するかが、文化によって異なるからです。ここにいくつかの英単語を事例として、その理由を解説します。
目の前に砂利の山があったとします。
これをどかせば向こうに行けます。さて、あなたはスコップを持って作業にかかろうとしますが、その山の大きさに躊躇します。
そのとき、横にいた友人が一緒にやろうと言って、彼もスコップを持ってきます。そして、何も言わずに黙々とスコップで砂利を横の草原にどけてゆきます。
「いや、この様子だと、4時間か5時間はかかってしまうよ。しかもくたくたになってしまう。上手いやり方はないのかなあ」
あなたはそう言います。
友人は振り向いて、
「あなたの目が邪魔しているんだよ」
と言います。
「目でみると、考えてしまう。大きな砂利の山だとね。そして、その先のことをいろいろと推測してしまう。目が頭脳に働きかけて、これはとても無理だという判断をしてしまう。でも、判断は実際に動いてみないとできないでしょ。だから、まずスコップをとって砂利をどかす行動にでなければ、本当の判断はできないよ。さあ、ここに来て、私がスコップで横にあるネコ(手押し車)に砂利を入れるから、君はどんどん砂利を運んで、横の草原に持っていってよ」
そう言うと、彼は黙々とネコに砂利を入れはじめます。
「そこの脇にもう一つネコがあるから、それを持ってきて並べておけば、一つ投棄している間にもう一つのネコに砂利を入れられる。そうすれば作業は早くなる。疲れたらスコップで砂利を入れる役とネコを運ぶ役とを交代すればいい。そうすれば、どんどん進んでゆくから」
友人はそう言いながらも、ネコにどんどん砂利を入れていきます。
ビジネスでいうならば、Contract(契約)を結ぶ段階は、ネコを2台用意して、疲れたら交代しながらどんどん砂利をどかしてゆこうという段階を意味します。つまり、Presentation(プレゼン)とBrainstorm(ブレスト)で戦略を合意する段階です。目で見て考え込んでしまう段階は契約ではありません。まず一緒に砂利をどかそうと合意して、そのやり方を取り決めるのが契約です。
アメリカは契約社会だとよく言いますが、彼らが意識する“契約”とはこのことです。契約違反とは、何も言わずに途中で仕事から脱落したり、一人で勝手に木陰で休んだりすることを意味します。
そうしたモラル違反がないことを約束すれば、契約通りにビジネスは前に動き出します。これがImplementation、すなわち実際の履行(実施)を意味します。

MBAでは教えてくれない「決裁」と「契約」の本質
しかし、作業の途中で疲れてきます。特に、あなたは思ったよりも砂利が重たいので、ネコでそれを運ぶのに時間がかかります。しかし、あなたの友人はいつも体を鍛えていたので、どんどん砂利をネコに入れるため、あなたはどうしてもそのスピードに追いつきません。そこで友人が言います。
「よければ、一台分は僕が運ぶから、その間君は少し体を休めて、もう一台だけ運んだらどうだい」
あなたは、それでは彼に悪いと思います。そこで、一つ提案をします。
「ああ、助かるよ。じゃあ、今日のランチは僕がおごるから。それに、30分に一回10分の休憩をいれようよ」
友人は快くその提案を受け入れます。
これはビジネスでいえば、契約事項の「調整」です。そして、この調整で新しい条件が決まるのです。これはビジネスでいえばCompromise、すなわち「妥協」です。そして新たに決まったことがDeal、つまり双方での修正条件の合意です。
このようにして、二人は砂利の山を少しずつ解体し、横の草原にどけてゆきます。しかし、途中で砂利の山の中に大きな石があることがわかりました。そこで二人は相談します。友人は言います。
「よし、石のない砂利の山の片側だけどけて、そのすぐ横の草むらの草をはらって、そこに新しい道を作ろう。そうすれば、大きな石と格闘せずにすむし、同じ労力で向こう側に行くという目的は達成できる」
あなたも即座に合意します。
ビジネスでは、この行為を双方が同意するためにはFlexibility、すなわち柔軟な判断を受け入れる能力が必要となります。そして、ここで砂利を撤去して向こうに行くためのFinal strategy(最終戦略)が決まるのです。
肝心なことは、日本ではこのFinal strategyの決定をディシジョン(決裁)と勘違いし、ここに至る全てを理解して締結することが「契約」だと勘違いする傾向にあることです。
よく、MBAなどのコースで戦略の立案についての講義があります。その表層だけを学んでいる人は、「決裁」や「契約」についての本質的な意味を理解せず、「ビジネスにおけるビジョンとは」とか、「ビジネスプランの立案のノウハウとは何か」といったことを学びます。しかし、ここに紹介したビジネス上の本質的な意識の違いは、MBAでは教えてくれません。というのも、それは海外ではごく当たり前の常識だからです。
日本側からみれば、相手は砂利をどかす前にあらゆるリスクを検討して、お互いに全てを同意した上で契約を結んでいると思うために、途中でCompromiseや新たな調整によるDealを申し込まれると、それを不誠実な行為だと思い、態度を硬化させがちです。
それをみて相手はFlexibilityに欠けると思い、日本側こそが不誠実だと思ってしまいます。さらに、途中で大きな石が見つかるような事態がおきたとき、Final strategyが決裁であり、契約だと思っている日本側は困惑して、固まってしまいます。これが、日本企業のビジネスに立ち向かうときの脆弱さ、危機管理の弱さとなりがちです。
日本企業がCompliance(コンプライアンス)に縛られていることもその一面です。海外でいうComplianceとは、こうした一連の事態への対応についてFlexibilityをどう担保するかという「即応力」を指しています。

表層的な意味とは異なるビジネス英単語の本質と常識
まず目でみて意識して、じっくりと調査をすることから始めがちな日本のビジネス感覚は、皮肉にも欧米流のビジネスをするときに、そこで使われる英語を辞書的な意味からだけ学んだがために、そこにある本質的な意味を取り違えたことに起源がありそうです。
冒頭にある
ベンジャミン・フランクリンの言葉は有名ですが、彼が言っている
Preparation(準備)とは、不確実な未来に対する柔軟性への担保を含んでいることを忘れてはなりません。
今回の
アメリカとの関税問題でおきた齟齬と、その対応の過程における与野党のやり取りをみると、滑稽なまでにこの脆弱さを感じてしまうのです。
ここで紹介したビジネス上の英単語の背景にある本質的な常識は、辞書からだけでは解読できないのです。
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