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日本人には理解できないアメリカ人にとっての銃への意識

In an Era of Deep Polarization, Unity is not Trump’s Mission

(深い分断の時代のなか、トランプのミッションはアメリカの統合ではない)
― New York Times より

若き保守政治活動家の銃撃事件を考察すると

 このヘッドラインは、アメリカという国家の象徴として、アメリカ人全体の利益と国家のミッションのために大統領があるという、アメリカの伝統的な考え方がもう機能しなくなっていることを示した一文です。
 
 アメリカのユタ州でトランプ大統領を支援するチャーリー・カーク氏が射殺された事件は、アメリカのみならず世界で報道されました。犯人のタイラー・ロビンソン容疑者については、全米のトップ1%に属する学力を持つ若者で、トランス・ジェンダーの人物と同棲していたという情報だけで、まだ動機などの詳細はつかめていません。
 
 トランプ大統領は今回の事件を左翼のテロだと断罪していますが、事件の背景がはっきりとしない段階でのその発言にも疑問が残ります。
 しかも、今回のように銃規制に反対の立場をとるトランプ政権の支持者や、トランプ大統領自身が選挙運動中に銃撃されるという皮肉な状況が続いていることに、単に民主党は銃規制を求め、共和党はそれに反対するという今までの図式では掴めないアメリカ社会の複雑な背景を見せつけられたようにも思えます。
 

アメリカ人にとっての「銃とIndividualism(個人主義)」

 日本ではあまり解説されていない「アメリカ人と銃」という根本的なテーマについて、ここで向き合う必要がありそうです。アメリカ社会の分断が深刻になり、日本でも同様の政治的分断が云々されているなか、単にアメリカファーストという言葉だけを表層的に捉えることの危険性も、このテーマの背景にあるのです。
 
 実は多くのアメリカ人にとって銃は、単なる武器ではなく、自らの存在の主張なのです。
 歴史的に移民として新大陸に渡り、開拓者精神に支えられ自らの地盤を自立して切り拓いてきたアメリカ人が最も尊ぶ精神は、Individualism(個人主義)です。この価値観は、自分は人とは異なるということを前提とします。自分がユニークで、他と違った個性があることが多くのアメリカ人の求める姿なのです。それは子どもの頃からの教育や親から受け継いできた価値観で、そこには堂々と自己を主張することこそが、アメリカ人にとっての自由であるという意識があるわけです。
 
 たとえば、人が何か主張したときには、必ず自分はこう思うという主張をぶつけることを彼らは積極的に行います。時には主張のための主張と思われそうな状況でも、あえて自分の思いをはっきりと表明することが、彼らの価値観と合致するのです。銃は、そうした人々にとっての自立の象徴であり、自分で自分を守り、そこに入ってくる他者から自らのアイデンティティを守るための精神的支柱なのです。
 
 もちろん、現代社会において銃社会を維持することはナンセンスだと批判するアメリカ人が多いことも事実です。
 しかし、そう主張する人の多くも、心の中に自我を支える銃を持っているというと、多くの日本人は、それってどういう意味かと思うかもしれません。それは、どのような思想信条を持っているにしても、アメリカ人は自らの主張や政治意識、そしてライフスタイルを他者と妥協するよりは、際立って異なることの方を選ぶ強い自我があることを意味しているのです。その強い自我の象徴が銃というわけです。
 
 つまり、アメリカの分断はお互いを異なる存在として寄せつけない、強固なIndividualismに依拠しているのです。
 これが、アメリカ社会にとってプラスに働くときは、社会全体が個性を戦わせながら切磋琢磨する移民社会ならではのパワーにつながっていくのです。
 しかし、それがマイナスのベクトルを持つと、お互いがお互いを排除することに終始してしまい、今回のような悲劇が起こってしまいます。今、アメリカがいずれ内戦になるのではと危惧する人が増えているほどに、主義主張の隔たりによる分断が進んでいます。なんらかの治療薬を見つけない限り、そしてそれを誰もが意識して治癒のために使用しつづけない限り、この分断は収まりそうにないのです。
 

信仰と結びつく殉教への美学とテロの脅威

 アメリカは、キリスト教社会がその基盤となっています。特に中西部をはじめとした地方ではその傾向が強く、今でもさまざまなプロテスタント系の人々が教会との強い絆を意識しています。
 彼らは、その信仰に基づいた自らの地域社会を守るためにも銃が必要だと主張します。また、彼らの中に時々顕在化する殉教への願望も気になります。過去にはよくキリスト教の教義に従って、人工妊娠中絶を拒否する人々が地方の産婦人科のクリニックを襲撃する事件がありました。それは今でもどこで起こっても不思議ではないアメリカに内在するテロへの脅威です。
 
 こうした銃による殺人事件が起こったとき、それは神の鉄槌を信者が神に代わって下したという過激な意識へとつながるのです。その結果、犯人が法で裁かれるときに、そこに彼らは殉教の美学を感じることになります。
 イスラム教にせよ、キリスト教にせよ、いわゆる原理主義のもたらす恐怖はこうした動機によるテロ行為に他なりません。これは我々日本人には到底理解できない一神教への倒錯行為といえましょう。
 
 今回の事件は、逆に人工妊娠中絶や銃規制に反対し、社会をよりアメリカの原点に戻そうとするトランプ大統領親派への攻撃でした。しかし、銃を持って分断した相手に発砲する心理は、それがどちら側であっても、殉教への美学という恐怖をそこに感じてしまいます。
 
 今、自らの立ち位置を断固として守り、譲ろうとしないアメリカ人の強固な精神が、行き場のない壁にぶつかっています。
 なんとかこの壁を打ち破り、彼らの持つパワーをプラスの方向へ向けるには、克服すべき課題があまりにも多くあるように思えることが、アメリカ人の絶望感の根底にあるのです。
 
 日本人が、日本中心主義や排他主義についてアメリカをモデルに考えたとき、こうしたアメリカの銃への意識の背景を理解せずに、単なるエモーション(感情)だけで模倣をしないことをここに訴えたいと思うのです。
 

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