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過去の美談となったクマと人との共生

Bears have killed a record 7 people in Japan this year.

(日本では今年になって7人という記録的な人数がクマの犠牲者となった)
― NBCニュース より

2本の映像がうつし出すクマと人との共生のあり方

 上記のヘッドラインは、アメリカの大手テレビ局NBCの報道です。ただし、ここには、最近になって露天風呂を清掃していた人が犠牲になったケースは含まれていません。
 
 この記事のように、最近クマが人の住む地域に出没し、犠牲者や被害者が増えていることが頻繁に報道されます。こうした報道によって、世論の中でクマへの印象が大きく変化しようとしています。もちろん、人命は大切で、安全のために必要な措置をするのは当然のことでしょう。
 しかし、その一方で、我々が考えなければならない、もう一つのファクトについての報道が減っていることが気になります。つまり、よく言われる開発と温暖化などの気候変動によって追いつめられる動物の実態についてです。
 
 映像()があります。これはイランから送られてきた映像で、人家に近づいてくるクマに家主が「こら!きちゃだめだ」と叱りつけている様子です。
 これと同じことは知床半島などでもありました。クマは人の至近距離となるすぐそばで生活圏を持っていて、その境界線を越えようとすると漁師がイラン人と同じように叱りつけるのです。すると、クマはそのまますごすごと立ち去ってゆきます。
 
 もう一つの映像()があります。解説ではクマに不用意に餌を与えると、彼らが餌付けされてしまい自然に戻れなくなると注意をしています。その事実は事実として、人々が寄ってくるクマに食べ物を親しそうに素手で与えている様子が、この映像でみられます。
 カナダの太平洋岸にはシロクマが生息する地域があります。ここでも現地の人々とクマの光景がみられます。そこでは餌は与えません。最初に紹介したイランの映像のように、人間は人間の、クマはクマの生活圏で静かに共存しているのです。
 実は、これが以前ではごく当たり前の、人と自然とが共生する姿だったのです。クマは基本的には攻撃的な肉食の捕食者ではないので、人々はむしろその大きな姿に愛着すら覚えていたのです。
 
 この人間とクマとの関係を象徴する童話が、イギリスにある「3匹のクマ」だといえましょう。森で迷って留守中のクマの家にまぎれこんだ少女が、そこにあった食事をとり、クマのベッドで眠っていたところに、クマの親子が戻ってきて、彼女は慌てて逃げ出した、というのがそのあらすじです。クマはベッドに眠る少女をみて危害を加えることはありませんでした。
 イランからの動画にせよ、この童話にせよ、その背景にあるのはクマと人との親密な関係です。
 

森を消失させた人はクマを駆除するしかないのか

 そんなクマとの境界線が破られた背景は、いうまでもなく森の消失であり、そこにある食物不足です。
 森林を伐採して開発をしたのは人間です。気象異変にしても、さまざまな説はあるとしても、人間に全く責任がないかといえば疑問が残ります。そして、その結果クマが街に出没したとき、人々はそれを脅威としてクマをあたかも容赦なく人の命を奪う悪者のように報道をはじめたわけです。
 
 繰り返しになりますが、人の命は大切ですし、人の生活を守ることも必要です。
 ただ、その結果駆除されたクマへの心の痛みを忘れた一方的な報道には、多少うんざりしています。絶望的な環境のなかで食料を求めて人里をさまよい、その結果殺害されたクマに向けて、せめて心の中で手を合わせるような報道はないのかと考えさせられます。
 
 ある意味で、何かが起こると報道は一つの方向に偏りがちで、それが何度も執拗に繰り返されることで、世論の波となってしまいます。その結果、こうした記事を書くこと自体が憚られるように、同調圧力が加わります。
 
「あんな電気畑を山の中に作っているから、こんなことになるんだよ」
 
 クマの出没する地域ではありませんが、九州の景勝地の山や草原に太陽光発電のパネルが張り巡らされ、自然が破壊されている光景をみて、地元に留学しているインド人がぼやいていたことを思い出します。
 それは、北海道でクマによる犠牲者がでたときのニュースを一緒にみていたときのことでした。
 
「インドでは動物は生活圏のすぐ側に生息する。だから、時には事故も発生してしまう。しかし、インド政府は動物の生態に詳しい職員をそういうところに配置していて、交番のお巡りさんのように動物を監視して、生活圏に入ってくると威嚇して追い払うんです」
 
彼はそう言ったあとで、
 
「だから、動物を単に危険だからといって殺すことには賛成できません。麻酔銃で眠らせて、その動物が縄張りを持たない遠いところで放すことはあっても、殺害をすることは余程のことがない限りしないのです」
 
 動物学的に、その行為で動物が保護できるのかどうかは定かではありません。つまり放たれた動物が、他のライバルの縄張りの中で生き抜けるかは保証がないからです。また、問題となった動物に子がいた場合、取り残された子が過酷な生存競争に耐えられるかもわかりません。しかし、これは凶暴な肉食獣への処置ではないとすれば、殺害以外の対策をとっている事実には敬意を表したいと思います。
 

世界からも問われている人と野生動物との共生

 欧米のメディアは日本でのこの現象に注目しています。そして、ノルウェーの学者は、個体数の増加もこうした事件がおきる原因かもしれないと指摘します。こうした冷静な指摘にも耳を傾けなければなりません。
 
 日本でのクマの出没事件は、人と野生動物の共生の課題として、今海外の専門家の注目を浴びているのです。
 

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