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アジアにある屋上から見える「行けない」外国

Japan’s prime minister, Sanae Takaichi, is not backing off from comments about Taiwan that enraged China. Many of Japan’s voters like her stance.

(日本の高市早苗首相は、中国を激怒させた台湾有事への発言の撤回を拒否。有権者の多くも彼女の姿勢を支持)
― New York Times より

空港ラウンジでふと考える台湾のアイデンティティ

 台北の空の玄関ともいえる桃園国際空港は、年末の繁忙期を迎え活気に満ちています。空港のラウンジのある2階には食堂も多く、日本行きの観光客もここで搭乗を待ちます。そんなラウンジのマネージャーと顔見知りで、彼の休憩時間にここで搭乗者が交わす会話についてお茶を飲みながらきいてみました。
 
 当然ラウンジにはビジネス関係のユーザーが多く、彼らは日本で数日滞在し、その経験から年末年始は家族で日本へ、という人も多いのです。彼らがこぞって話しているのが、今が日本に行くチャンスだというのです。中国本土からの旅行規制で、いつもごった返している日本の観光地で余裕を持って楽しめるというのがその理由です。
 
 一方で台湾に来る前に、横浜中華街の台湾系の有力者と食事をしたときに、彼が今の台湾政府について痛烈な批判をしていたことも紹介したく思います。
 

「なぜ、中国があそこまで頑なに台湾問題にこだわるか知っているかい?」

 彼はそう問いかけます。
 

「それは、『一つの中国』という原則があるからでしょう」

と答えると、彼は「そうじゃないんだよ」と強く否定します。
 
「いいですか、香港がなぜああなったかを思い出してみてください。香港の人がデモを行なったとき、自分たちは香港人だと強く主張したからですよ」
 
 つまり、中国とは異なる香港というアイデンティティが生まれたことを中国政府は警戒し、北京の首脳部はメンツをかけてそれを潰そうとしたのだと彼は主張します。彼は、台湾では国民党の支持者です。
 
「我々も同じこと。台湾人だとか、台湾のアイデンティティだとかを強調することが、最も中国を刺激するんですよ。そうではなくて、黙って我々は中国人だというスタンスをとっていれば、物事はもっと簡単なのに」
 
 中国政府が台湾の国民党を支持し、民進党に反発するのは、そこにある台湾独自のアイデンティティを強調しないほうが中国を刺激しない、という主張が台湾社会には根強くあり、それが野党となった国民党支持者の本音だからなのです。
 
「私はどこの人かって? 中国福建省にお墓がある中国人です。だから、そういうスタンスでいれば、中国政府も原則論を持ち出して拳を強くあげることはないんです」
 
 彼にいわせれば、「親日=台湾の独立」という方程式が出来あがることが極めて危険だと主張します。もちろん、現在の台湾政府は彼とは全く異なるスタンスです。
 台湾は台湾、中国は中国で、台湾は中国の脅威ではなく、民主主義国家として自立した国家なのだという意識が、現在の民進党政権の支持母体の中核なのです。年齢層でいうならば、国民党支持の人々は比較的高齢化しています。若い支持層は台湾で生まれ育ち、自由に政治などの会話ができ、豊かになった台北でシテイライフを楽しめれば、それでいいんだと思っているのです。
 
 そうした人々に支えられた民進党政権は、日本の高市政権のコメントを建前で歓迎します。ただ、本音はというと、国民党支持者も民進党支持者も「そっとしておいて欲しい」というところではないでしょうか。
 

屋上から眺める「外国」と見えてくる地政学

 桃園国際空港の南は新竹市で、台湾の半導体産業の拠点となる都市です。ここにある明新科学技術大学の前学長から、大学のビルの屋上に招待されたことがありました。
 
「見て欲しい。あそこに見えるのが台湾の空軍基地で、その向こうの海をほんの100キロ強渡れば中国大陸。この地政学の中で我々は生きているんです。だから半導体産業で世界に影響力を持つことが、台湾にとっての第二の国土防衛となるわけです」
 
 この学長のコメントの背景にある潜在的な危機感は、多くの台湾国民が持っている共通の意識といえましょう。
 
 日本の周辺には、このような国家が思ったより多くあります。
 私が桃園国際空港で待っているのは、フィリピンへのフライトです。
 その空路にあるバシー海峡は、台湾にとって二つの安全上の課題を抱えた場所といえます。一つは、フィリピンからの麻薬の密輸ルートが、この海峡の島嶼(とうしょ)部を経由して存在していることです。そして、もう一つが、この海峡こそ、台湾にとってもフィリピンにとっても、中国が海洋進出するうえで、最も重要な海峡となるのです。
 
 フィリピンの世論は、台湾ほど緊張感はないにしろ、領土問題では常に中国とのつばぜり合いが続いています。そんなフィリピンの西には中国を強く警戒するベトナムもあり、そのさらに南西には、中国の一帯一路政策で経済的な支配を受け入れてきたカンボジアが、その北には中国から新幹線が直接伸びて大きな経済的なインパクトを受けているラオスがあります。こうした複雑なアジアの事情を理解しながら、外交政策を練ることが、今求められているのです。
 
 明新科学技術大学の学長が、海を見ながら語りかけてくれたとき、ふと心によぎったのが、3年前に韓国に行ったときの思い出です。
 
 韓国のソウルより北に1時間ほどのところにあるパジュ(坡州)という街は、軍事的な拠点でもあり、同時に韓国の出版界がそこに集まって出版村という文化施設群をつくったところとしても知られています。そんな中にある一つの出版社を訪ねたとき、その会社の社長が、明新科学技術大学の学長と同じように、自社ビルの屋上に案内してくれたことがあったのです。
 彼は、屋上から北を指さします。そこには冬枯れの山々がなだらかに並んでいて、空は冬の高気圧のせいで抜けるように青く冷たかったことを覚えています。
 

「あの山は北韓(北朝鮮)の山々なんです」

 彼はそう感慨深そうに話してくれました。彼は祖父と朝鮮戦争の折にピョンヤンで生き別れたまま、その消息は不明のままです。そうした人々が韓国には数えきれないほどいる事実を、戦後の平和の中で我々はふと忘れてしまっています。
 

歴史と政治に翻弄されてきた人々の意識の違い

 台湾と中国との間には民間航空の行き来も多く、台湾経済は中国の影響を強く受けているという事実はぬぐえません。しかし、台湾の中にも、韓国の出版社の社長と同じように、歴史と政治の軋轢の中で翻弄されてきた人が多く住んでいます。こうした人々のそれぞれの意識が、民進党と国民党とのスタンスの違いを生み出しているというのが、現在の台湾の情勢です。そして、同じような政治の影を東南アジアの多くの人々が、強弱はあったとしても、意識していることも事実です。
 
 中国の山河は美しく、そこの歴史は芳醇です。そんな中国と周辺の国家とのさまざまな政治問題には、常にそこに生活で関わり、血族で関係していた人々がいることを知っておきたいと思います。日本に今希薄になっているのは、そうした人々を介した中国との人脈のルートなのです。
 

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国立台湾師範大学国語教学センター (著)、古川裕 (監修)
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