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ベネズエラ事件からみえるアメリカと中南米の深い因縁

Nicolás Maduro, the ousted president of Venezuela, arrived in Brooklyn and will be held on drugs and weapons charges. The country’s interim leader demanded his return.

(ベネズエラの大統領を追われたニコラス・マドゥロは、ブルックリンに到着し、麻薬と武器密輸の嫌疑で起訴される一方、暫定政権のリーダーは彼の帰国を強く要求)
― New York Times より

アメリカと中南米との長きにわたる因縁

 新年早々のアメリカによるベネズエラ侵攻は世界に大きな衝撃を与えました。
 多くの報道は、トランプ政権による今回の決断の是非とベネズエラの置かれている現状について解説しています。
 
 しかし、この問題はもっと大きな視野からの分析が必要です。
 それは、アメリカと中南米との複雑な政治関係、さらにはアメリカもベネズエラも右と左との違いはあったにせよ、どちらも極端なポピュリズム政権によって運営されていたという事実です。
 
 まず、アメリカは長年、中南米のことを自らの「裏庭」と呼んでいた事実を知っておきましょう。
 19世紀初頭にアメリカがモンロー主義を打ち出し、新大陸のことはアメリカがヨーロッパの介入を排除して経営するとして以来、アメリカは中南米を常に自らの権益の下におくことを目指してきた事実があるのです。
 19世紀末に、もともとカリブ海を含む中南米に強い影響を与えてきたスペインを米西戦争によって排除して以来、ちょうどヨーロッパの列強にとってのアフリカのように、アメリカは中南米を自らの利権を享受すべき戦略拠点として認識していたのです。
 
 一方、中南米には常にそうしたアメリカへの反発がありました。特にスペイン統治時代から、南米での独立運動を展開して、強力な南米国家の建設を唱えてきたシモン・ボリバルがベネズエラ出身だったこともあり、この地域にはその後露骨な経済進出を試みるアメリカに対する反感が常にくすぶっていたのです。
 
 そんな不満が、実際の革命として火を吹いたのがキューバでした。
 キューバがフィデロ・カストロによって共産化されると、当時のアメリカのライバルであったソ連が即座にキューバを支援しました。そして、ミサイル施設をキューバに建設したことが、いわゆるキューバ危機と呼ばれる第三次世界大戦の危機へと発展したのです。
 
 キューバは自らの革命を中南米に拡大しようと、チェ・ゲバラを南米に送り込みました。こうした行為にアメリカは常に神経を尖らせ、中南米でのコントロールを回復しようと画策したのです。その後、チリに1970年にサルバドール・アジェンデによる社会主義政権が発足すると、アメリカはCIAを使って軍事クーデターをおこさせ、アジェンデを死に追いやり、政権の転覆を実行したことは有名な話です。その後、1983年にカリブ海のグレナダにキューバ寄りの政権ができたときも、アメリカは同様にグレナダに侵攻し、その政権を崩壊させました。
 
 さらに、中米でもニカラグアでダニエル・オルテガによる社会主義政権が成立し、キューバとソ連の支援のもとで長期政権化したことも、アメリカに大きな衝撃を与えました。その後、パナマでマヌエル・ノリエガによる反米軍事独裁政権ができ、アメリカ兵が殺害されるという事件がおきました。彼は堂々と麻薬組織などと提携したこともあり、1989年に当時のブッシュ大統領は米軍をパナマに侵攻させ、ノリエガ氏を今回のベネズエラと同じように拘束し、フロリダで裁判にかけたのです。
 
 このように、ベネズエラでの事件は、中南米が長く抱えるアメリカとの因縁の上におきたのです。
 

石油の利権と社会主義化が絡む複雑な図式

 もともとベネズエラは石油の埋蔵量が多く、アメリカの巨大石油企業がその利権を享受していました。そこに、軍人から政治家として台頭したウゴ・チャベス氏が1999年にベネズエラの大統領に就任したことが、今回の事件の遠因となったのです。彼は、反米社会主義を国是として、アメリカの資本を追い出し、福祉政策に重点をおいた共産主義政策を推し進め、貧困層の圧倒的な支持を得ました。
 
 しかし、チャベスの死後に後継者となったマドゥロ大統領の政権下で石油価格が暴落し、経済の停滞を補うための紙幣の乱発がハイパーインフレを引き起こし、国の経済が崩壊したのです。もともと、貧富の差に喘ぐ中南米では常に軍事政権による独裁や国家の社会主義化が起こりやすかったのです。そして当然、貧富の差は治安の悪化をもたらし、麻薬販売などの闇産業がはびこります。ベネズエラは隣国コロンビアからのアメリカ向け麻薬ルートの中継地として警戒されるようになったのです。
 
 一方で、マドゥロ大統領は経済の立て直しのために中国やロシアに急接近し、中国も一帯一路政策をもとに、積極的に経済援助を実施します。キューバ危機以来、自国の裏庭と称していた中南米に社会主義国家が進出することは、アメリカにとって極めて神経に障る安全保障上の脅威だったのです。
 
 持てる国の経済支配と、それによる社会不安が麻薬や不法移民の流出をもたらし、庶民は反米感情に煽られて国家が社会主義政権へと傾いてゆき、それを中国やロシアが支援したことから、アメリカが強く反発するという図式は、中南米の国々が抱える典型的なトラウマなのです。
 実際、ベネズエラでは、ハイパーインフレのあとに800万を超える人々が祖国を捨てたといわれています。こうした人々の中には、逆にトランプ大統領の軍事行動を歓迎している人もいるのです。
 
 おそらくトランプ大統領にとって、麻薬の問題は、今回の行為への支持を得るための口実であったと思われます。強いアメリカが麻薬国家をこらしめたという図式を国民にアピールしたかったはずです。
 一方のマドゥロ大統領も、ハイパーインフレによる経済危機の非難をかわすために独裁体制を強化し、大統領選挙でも対立候補を弾圧するなどの行為にでていました。共産主義が権威主義、独裁国家へと変貌する過去の歴史のレールに彼も乗ってしまったのです。当然マドゥロ大統領は独裁体制を継続するにあたり、チャベス大統領の路線であった反米主義に基づく南米の自立を、国民に訴え続けてきたはずです。
 すなわち、両者ともポピュリズムに訴え、道を踏み外したものの、圧倒的な軍事力と経済力を誇るアメリカの強拳に、マドゥロ大統領は拉致監禁されてしまったことになります。
 

アメリカへの反発と抵抗が新たな火種となるのか

 他国の大統領を拉致して国家を転覆させることは、明らかに国際法に違反した行為です。これはロシアのウクライナ侵攻を非難する立場にあるアメリカが、そのロシアと同様の行為にでたわけで、アメリカの同盟国の多くも懸念を表明しています。そうした中でアメリカに遠慮した煮え切らない日本の対応には失望です。
 
 ベネズエラの正式な国名は、あの革命の英雄の名前をとってベネズエラ・ボリバル共和国といいます。
 シモン・ボリバル主義と呼ばれる中南米の自立を目指した反米運動は、トランプ大統領の軍事介入によって押さえ込まれることはありません。より、地下深く根強い抵抗運動として人々の心に残るはずです。そうしたことが新たな世界の火種にならないようにしたいものです。
 

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山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)
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