Dagupan City under state of calamity due to floods
異常気象は日本だけではない
日本でも毎年、夏になると、線状降水帯による豪雨などに見舞われます。メディアは毎日のように天気を話題にしていますが、この現象は、決して日本だけのことではありません。
いま、世界の天気図を見ると、まったく雨のない空白域と、雲が停滞して文字通りずぶ濡れになっている地域とが、くっきり分かれていることがわかります。空白域では猛暑による山火事・森林火災が、雲の停滞する地域では洪水が、人々を悩ませます。
この時期は、もともとモンスーンと呼ばれる風に乗って、南から北へと風が起こり、それに乗って台風も不安定な天気も北上します。昔は、その風に乗って帆船も北上し、例えば長崎などにやってきたものでした。そして、その風の通り道にあるフィリピンなどの地域では、この時期が雨季となり、ときに強い湿気を含んだ積乱雲が停滞します。
しかし、異常気象が続く現在、帆船の時代に思いを馳せる歴史のロマンを語ってばかりはいられません。実際に、雨の降り方が尋常ではないのです。
2週間、水に沈むダグパン
このところ、フィリピン北部(ルソン島北部)は、5月から8月までの雨季に、毎年のように洪水が発生しています。それも、日本で起きるようなものではなく、洪水は何日も続き、街を水浸しにします。
パンタル川は、フィリピン北部の山岳地帯を水源とし、南シナ海に面したリンガエン湾に注ぎます。その河口付近にダグパンという漁港があり、市場の東側に市街地が広がります。この地域は、隣のリンガエン市と合わせると、30万人近い人口を抱えています。そんなダグパン市の中心部が、すでに2週間にわたって水に浸かっているのです。ところによっては床上浸水のままの状態が続き、水がひく兆候はありません。
水が溜まると、蚊が発生します。すると、デング熱などの感染症が広がり、ネズミなど野生動物の尿からはレプトスピラ症が広がります。レプトスピラ症を発症すると、肝機能が低下し、頭痛、下痢や吐き気などが続き、体が衰弱して死に至ることもあります。早期に手当をしなければ致死率が高いため、この時期、地方政府は常にこの病気を警戒します。
市民は、数少なく予防策として薬局に殺到し、抗生物質を手に入れて、水の中を歩くときは事前にそれを飲んで外出します。もっとも、病院で処方箋をもらい、予防のための抗生物質を購入できるのは、ある程度収入のある人に限られます。一般の人はそうもいかないので、市から雨季に供給されるわずかな抗生物質を保存しておき、いざというときはそれに頼ることになります。
こんなダグパン市で、ここ2年ほど、洪水を防ごうと道路の再舗装が行われました。道路をかさ上げして、洪水から市街地を守る、というのが方針でした。しかし、近ごろの雨は尋常ではないために、かえって道路から雨水が、標高の低い家々に流れ込んでしまいます。それが長く続いたことで、街の主要部分は、湖の主要部分は、湖の中に浮かんだような有様になったのです。

ポピュリズムが招いた人災
「今の市長は、建設業界とグルになってこんな工事をやったんだ。もともと、川幅を広げたり、川底を掘削したりすれば、こんな洪水は防げたはずだ。これはこの国でよくある問題で、PFPに支援されていた市長は、結局、金をばら撒くことで選挙に勝ったんだよ」
市民のなかには、こんな声まで上がっています。実際、川が毎年のように氾濫し、市民の台所となる魚市場や野菜市場が水に浸かるのです。川底を掘削するか、堤防を補強することこそ先決だったのではないか--人々がそう思うのは、当然かもしれません。
しかし選挙のときには、いくつかのショッピングモールを経営するベレン市長が、有権者にキャッシュを配る政策によって、多くの人の票を集めたのも事実です。その額は、一有権者あたり6,000ペソ。日本円で約1万6千円で、現地の感覚では、決して少ない金額ではありません。どこかで聞いたことのあるような政策です。
しかし、結果としてダグパン市の市民は、洪水によって、それ以上の負担と危険に晒されることになりました。ベレン市長は、市民に気さくに話しかけ、資金を配り、そのポピュリズムによって、対立候補に大差をつけて当選したのです。
ところで、その市長を支持するPFP(フィリピン連邦党)は、現在のマルコス政権の支持母体である政党です。マルコス政権は、それまで連携してきたデュテルテ派との関係を断ち切り、麻薬と汚職の撲滅のために強硬な手段も辞さなかったデュテルテ前大統領を、人権侵害の罪で国際刑事裁判所(ICC)へ引き渡し、逮捕させました。現在、デュテルテ氏はヨーロッパに移送され、裁判にかけられています。
その後、フィリピンでは再び麻薬と汚職が横行するようになった、といわれます。そして、ダグパン市は洪水に晒され続けています。
ベレン市長の対立候補は、ベレン氏と同じくダグパン市の有力者で、ドゥテルテ前大統領を応援し、川の掘削も進めようとした、前市長の息子でした。

日本も例外ではない
洪水のなか、イラン戦争の影響もあって、一般家庭の電気代は平常時の3倍になり、食料の調達も大変です。市場は水に浸かっているため、人々は机や浮くものの上に野菜などを上げて、なんとか食料を売っているといいます。学校は休校が続き、市民の生活には大きな影響が出ているのです。
人間は、危機が訪れないかぎり、それに対して無関心です。そして、目先の甘い言葉や物欲に左右され、政治家はそれを利用して選挙に挑みます。これは、フィリピンだけのことではなく、アメリカでトランプ大統領が再選されたときも、日本での選挙のときにも見られる現象です。
そして、いざ何かが起きたとき、そこで真摯に責任をとってくれる何かがあるかといえば、それは幻想です。それほどまでに、気象異変は深刻です。加えて、ウクライナやイランでの戦争のみならず、アフリカなどで起きている戦乱や、エボラ熱のような感染症も、我々が思っている以上に、人類に大きな脅威を与えています。
SNSとAIによって、目先の情報のみに頼る傾向が心配されています。「海外で起きることは日本でも起き、日本で起きることは海外でも起きる」--それを常識にしておくべきです。日本だけは例外だとか、日本は他所と違う、といった発想は、もはやあり得ないのです。
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『日英対訳 身近なサイエンスQ&A』
田中 忠芳(著者)、Ed jacob(訳者)
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