ブログ

国民の意識の差を見せつけたアイスランドの事例

Women across Iceland, including the prime minister, go on strike for equal pay and no more violence.

(アイスランドでは雇用条件の是正と性暴力への全国的な抗議デモに首相も参加)
― AP通信 より

男女の格差是正を求めて声を上げたアイスランドの女性たち

 アイスランドは、ヨーロッパの北西、北大西洋にある人口が40万人にも満たない小さな国です。火山があり、温泉が豊富で風光明媚な島国といえば、ちょっと日本と似た環境にあるようにも思えます。
 その昔はヴァイキングが移住してきたというルーツがあり、元々デンマーク領だったのですが、戦後に独立します。EUには加盟せず、他のヨーロッパ諸国とは地政学的にも社会制度においてもより斬新な試みの多い国としても知られています。
 しかも、北欧の国の例にもれず、社会保障や様々な制度が整い、民度も高い国として知られています。首相のカトリーン・ヤコブスドッティは40代で就任した女性首相として有名です。こうした国ですから、当然職場への女性進出は進んでいます。世界経済フォーラムの統計資料によれば、女性の社会進出は世界125位という不名誉な記録を持つ日本と比較すれば、アイスランドは世界1位をキープし、制度、さらに人々の意識のうえからも、そのギャップには著しいものがあります。
 そんなアイスランドで、最近それでも男女間の賃金格差や性の違いに基づく暴力問題が是正されていないということで、抗議デモが起こりました。そして、面白いことに、首相のヤコブスドッティル氏も自らそのデモに参加し、その日は職場に出ないと表明したのです。首相自らが行政による上からの指導ではなく、デモという手段で社会改革を実践しようとしているのです。
 
 こうした報道を見たときに、日本人の多くは、それはアイスランドが小さな国だからできるんだと思うかもしれません。日本のように人口も多く、官僚組織や法制度の網の目が複雑な国では、首相がデモに参加することなどありえないと思うはずです。
 しかし、こうも考えられます。首相がカジュアルに政治的な立場を表明し、その証として市民と一緒にデモに参加できるようなフラットな社会をつくることができれば、どんなにいいことかと。
 実際に、首相が抗議デモをすることは、政治家や官僚が公僕であり、そこになんら人としての格差はないのだということを証明している行為のようにも見えてきます。
 

他国をヒントに日本も地方への権限移譲が可能になるのでは

 確かに、日本には大きく複雑な官僚組織があり、権力は常に下々の上に存在するものであるという意識が、今でも根強く残っています。
 しかし、日本と同じような複雑な制度を抱えざるを得ない大国を見れば、決してアイスランドでの事例が日本では無理だという理由を正当化できないことがわかってきます。例えば、日本の国会議員の議席数は、それが日本の2倍以上の人口とはるかに大きな国土をもつアメリカよりも多いという事実を知っている人はそう多くはないかもしれません。二院制をとる議会制度の場合、下院(日本でいえば衆議院)の方が議席数は多いのが通例ですが、そんな衆議院の議席数はもとより、参議院と上院とを比較すれば、アメリカ上院の議席数は日本の2分の1以下なのです。そして、アメリカでも国会議員が気軽にデモに参加している姿を何度も目撃しています。
 
 では、どうして日本よりも国家の規模の大きいアメリカがその程度の議員数で運営できるのでしょうか。答えは、地方分権が進んでいるからにほかなりません。日本の場合は、国があくまでも上部組織で、地方自治体は国からの交付金などさまざまな扶助の上に成り立っています。ですから、地方自治体は常にピラミッドの上にある「国」を仰ぎ見ながら、政策の舵をとっていかざるを得なくなるのです。
 
 アイスランドは日本の地方の中核都市ほどの人口と規模の国家です。そう思えば、日本の地方自治体に今まで以上の権限移譲が行われ、自立できる制度が導入できさえすれば、少なくとも地方自治においてはアイスランドにみられるようなカジュアルな政治が実現できるのかもしれません。そして、地方自治体がそのサービスを市民に問いかけ、お互いにその質の向上を目指して競争すれば、当然のことながら政治への関心も集まり、文字通り自立し身近な地方行政が創造できるのではないでしょうか。
 
 その昔、国鉄が大きな赤字に苦しんでいたとき、その巨大な組織を分割し民営化したことがありました。新しく再生された各地域のJRがサービスを競う形にしたわけです。確かにそのことで、旧国鉄よりJRのサービスは向上し、収益化も実現しました。しかし、それでもJRはいまだに巨大なピラミッドを抱える組織だといわれています。
 フラットな組織を築くためには、今までの年功序列制度などの撤廃はもとより、性別などにとらわれない機会均等を徹底させ、時にはビジネスライクな能力主義も取り入れてゆく必要があります。老害が問題というならば、それを年齢でとらえずに、若さや年配者との年齢の差によって制度を作るのではなく、適材適所と能力主義による人事制度をうまく稼動させれば、70歳と20代との仕事の共有も夢ではなくなるはずです。
 雇用される人の層が増え、組織の中で知恵の交流によってベンチャー性のある試みが日常化し、事業が活性化されれば、無気力なままに同じことをくり返しながら日々を過ごす人も少なくなるはずです。
 そして、子育てにおける女性と男性の役割にもメスを入れれば、男性の育児休暇と女性の育児休暇を社会全体で請け負うことで、育児休暇での労働力の低下やコスト増に悩む特定の企業の課題を軽減することもできるはずです。
 

硬直化した制度の壁を打ち破るために一人ひとりの意識変化を

 今、課題となっているのは、こうしたアイディアは山ほど出てきても、それを実現させるときに発生するリスクと法制度の課題を果敢に打ち破れない、老朽化した官僚制度の壁の存在です。識者や指導者に答えは見えていても、それを実現させることができないほどに制度が硬直化し、その硬直化した制度を当然として受け入れている市民が多すぎるのです。
 ちょうど江戸時代に何か改革をと思いついた大名が臣下にそれを問いかけると、「殿、それはなりませぬ。前例がございません」などといったやりとりがあったと聞きます。そんなやりとりは今ではコメディの世界かと思えば大間違い。アイスランドの首相がやったことを日本でどこかの市長がやろうとすれば、それがどのようなリアクションを受け、市民の目に映るかを考えれば、笑い事ではないはずです。
 
 女性の社会進出世界1位の国と125位の国との差は、まさに我々一人ひとりの意識の差によるものなのかもしれません。
 

* * *

『日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]』山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]
山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)
シンプルな英文で読みやすい! 世界史の決定版!
これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るよう工夫されています。世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

===== 読者の皆さまへのお知らせ =====
IBCパブリッシングから、ラダーシリーズを中心とした英文コンテンツ満載のWebアプリ
「IBC SQUARE」が登場しました!
リリースキャンペーンとして、読み放題プランが1か月無料でお試しできます。
下記リンク先よりぜひご覧ください。
https://ibcsquare.com/
===============================

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP