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経済のエルニーニョとなるアメリカの国内事情

The End of the World is Just the Beginning: Mapping the Collapse of Globalization.

(グローバリゼーションの終焉をみたときに、我々は今世界の終わりのはじまりにいる)
― Peter Zeihan より

アメリカに予見される米主導型グローバリズムの終焉

 21世紀の最初の4分の1が終わろうとしている今の世界情勢を考えたとき、大きな節目となったのが、今回シリアでおきたアサド政権の崩壊でしょう。
 この一件では中東での独裁者が打倒され、新しい政権がどのようなスタンスをとるかが注目されているわけですが、イスラム原理主義者の経歴をもつグループがどこまで大きな視野で妥協をして、民主化に協力する姿勢をとるかがそのポイントとなります。もし、ここでの着地がうまくいけば、イランの将来、そしてイランと同盟してレバノンで活動しているヒズボラにも変化が期待できるかもしれません。
 
 ただ、ここで注目されるのは、アメリカにもうすぐ発足するトランプ政権です。トランプ政権が新生シリアに対して、それは他国の問題で、自らが介入することではないというスタンスをとり、ウクライナや中東の問題と一線を画した場合、シリアの先行きも不透明になりかねません。
 この不安は、こと中東だけではなく、広く世界情勢を考えるうえで、大きな課題になりそうです。
 
 アメリカの地政学者で、民間諜報会社の経営者としてアメリカ政府の動向にも詳しいピーター・ゼイハン氏の『「世界の終わり」の地政学』が、アメリカで40万部を超える売れ行きを示しています。
 そこまでアメリカ人がこの書籍に注目する理由は、彼がアメリカ主導のグローバリズムの終焉を予測しているからです。トランプ政権に代表されるように、これからアメリカは内部指向へと社会が進み、世界秩序を維持するためのリーダーシップをとれなくなると彼は強調しています。これが今後の中東情勢に、さらに世界情勢に大きなインパクトを与えかねないのです。
 
 面白いのは、分断が進むといわれたアメリカで、共和党も民主党も、よく見ると極めて似通った政策をとろうとしてきたという、ゼイハン氏による指摘です。
 確かにその指摘には一理あります。
 今回、「アメリカファースト」をスローガンに大統領に返り咲いたトランプ氏に注目が集まることは当然ですが、それでは今回トランプ氏にバトンを渡すバイデン政権と彼の母体となる民主党はどうだったかという評価をしっかりと分析しているマスコミはあまり多くありません。
 

アメリカの内部指向にある消費の減速と経済格差

 民主党の悩みは、今までの支持母体であった労働組合との蜜月が終わり、アメリカ国内の経済格差に悩む労働者の多くが、トランプ支持にまわったことです。
 これは民主党内部に大きな危機感を育みました。そのことを踏まえたうえで、バイデン政権の今までの動向をよくみると、バイデン政権下で移民政策が大きく軟化し、メキシコとの壁が撤廃されたかというと、そうではありませんでした。移民政策を柔軟にといいながらも、アメリカ国内の有権者を意識して、大量の移民の流入に対しては常にブレーキを踏んで調整をしていました。
 
 対外政策でも、従来のように積極的に世界の平和のために活動をした痕跡はそれほどありませんでした。中国への高い関税を維持したのはバイデン大統領でした。過去の民主党政権で緩和されたイランとの関係が、第1期のトランプ政権のときに劣化したあとも、バイデン大統領は舵を元には戻しませんでした。
 さらに、イスラエルがガザ地区に侵攻をしたあとは、イスラエルの右派政権による過剰な攻撃に対して強い態度をとることができないまま、それがアメリカ在住のアラブ系移民の失望にもつながりました。
 
 バイデン政権が、アメリカが世界の民主主義を支えているというスタンスをとったとしても、過去に比べれば、実践においては大きくトーンダウンしたといっても過言ではありません。
 その理由は、アメリカ経済を支えている消費者の消費パワーに慢性的な翳りがでているからに他ならないのです。分断の病巣を深く見つめると、その奥に見えてくるのは、移民問題や外交政策などといった政治的意識の分断ではなく、人々を蝕む経済格差がその病根であることがわかってきます。社会の分断の根源ともいえる、富裕層とそうでない層との二極化が、政治の動向に大きな影響を与えているのです。
 海外の安全のために軍事上の支出を続け、移民を保護することで、国内の労働者の反発を買うことは、民主党がリベラルを売り物にしたとしても、容認できない矛盾となってしまったのです。
 
 アメリカ経済が内向きになったとき、ヨーロッパ各国も自国の経済を守るために、同様の政策をとりはじめます。そうなれば、世界経済の商流に大きな変化が生まれるのは時間の問題かもしれません。
 例えば自動車産業の場合、日本の自動車販売の6割から7割がアメリカ市場であるという傾向にも、対応の変化を余儀なくされる日がくるかもしれないのです。
 
 商流を維持するための軍事力にも課題があります。
 アメリカが海外に展開している軍隊を縮小させれば、当然それは地域の安定の不安要因になるはずです。日本の場合、台湾や韓国のそばに大きな脅威があるものの、それに日本だけで対処することは不可能です。そうした現実をどう乗り越え、アメリカとの連携を維持できるかという問題は、今後の日本の外交に課せられた大きな宿題なのです。
 

一つの地域課題が世界中に波及するグローバリズム

 95年前に世界恐慌がおきたとき、持てる国といわれたアメリカは国内の消費を喚起する政策で経済難を切り抜けました。ヨーロッパ主要国は世界各地にあった自らの経済圏を囲い込んで、いわゆるブロック経済を推し進め、それが国と国との緊張を育みました。日本は資源に限界のある島国です。過去も今も世界と交流なくしては経済を維持できません。
 しかし、95年前のように武力でそれを解決させることがいかに愚かなことかは、戦争体験によって強い教訓となりました。つまり、アメリカ経済が内向きになるということは、こうしたさまざまな課題を95年前の失敗を参考にしながら、各国政府がどのように乗り越えるかという宿題を我々につきつけているのです。
 
 その中で、もう一つ大きな課題があります。
 それは、SNSなどの新たなメディアの登場で、国民の意思が、国家を維持しようとする政治や外交の意思と乖離をはじめていることです。世界とのつながりが欠かせないと思い、韓国などとの友好関係を維持しようとしても、両国間にくすぶっている第二次世界大戦以来の政治問題などが炎上すれば、民意が冷静な政治的判断とは別の方向に動く可能性は否定できないのです。
 この一般市民の意識と国家のニーズとの乖離は世界各地で発生し、本来世界が求める冷静な対応を破壊するパワーになる可能性が否定できないのです。
 これが、世界経済の混乱の中で取り残される、アフリカなどの国々における新たな不安定要因につながることも警戒しなければなりません。
 
 シリアでの紛争の終結を中東の安定につなげようとしても、一つの地域での政情が世界中にリンクするという、グローバルな視点に立たない以上、さまざまな障害に翻弄されることになります。
 つまり、アメリカという国家の経済的な矛盾は、ちょうど南米の沖合でおきるエルニーニョ現象が、地球規模の異常気象の原因となるのと同じようなインパクトを持っているということを、我々は知っておくべきなのです。
 

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『日英対訳 身近なサイエンスQ&A』田中 忠芳 (著)、Ed Jacob (訳)日英対訳 身近なサイエンスQ&A』田中 忠芳 (著)、Ed Jacob (訳)
私たちが日常的に感じる身のまわりの「なぜ?」という素朴な疑問について、科学的な視点から日英対訳のQ&A形式で解説します。専門的な言葉や数式をほとんど使わずに説明しているので、科学に詳しくない初心者でも楽しめます。自然界の不思議について科学が答えを与えることができることを具体的に示すことで科学に対する理解を深めるとともに、身近で興味深いトピックだから楽しく読み進めることができ、大量の英語に触れることができます。

 

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