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日本製鉄の買収劇がもたらすハレーションとは

Nippon Steel Corporation (NSC) to Acquire U. S. Steel, Moving Forward Together as the ‘Best Steelmaker with World-Leading Capabilities’

(日本製鉄はUSスチールを獲得し、共同して世界をリードする最強の鉄鋼メーカーへの道を歩んでゆく)
― USスチールのプレスリリース より

日本製鉄のUSスチール買収が米大統領選挙の争点に

 先日、USスチールに勤務する知人から連絡がありました。
 彼は日本製鉄(もと新日鐵住金株式会社)が2兆900億円でUSスチールを買収したことで、会社がこの先どのようになってゆくのか不安だったのです。
 これはその人物に限ったことではありません。今、USスチールの組織の中では、日本企業が彼らにどのように対応してくるのかという未経験な状況への不安が広がりつつあるようです。
 
 この買収劇に最も敏感に反応したのは、アメリカで大統領選挙を争うバイデン大統領とトランプ前大統領でした。前者は民主党の支持母体である組合との関係で、買収による雇用の維持が不透明ではないかという懸念と共に、今回の買収が対米外国投資委員会による国家の安全保障に支障がないかどうかという審査の結果を見守る姿勢を鮮明にしたのです。この審査には今年いっぱいかかるのではという懸念が流れると、USスチールの株価が下落したというニュースも入ってきます。
 一方のトランプ前大統領は、明らかに外国企業によるアメリカの伝統的な大企業の買収に対する国民感情に訴え、私が大統領になればこうしたことは一切認めないとコメントしたのです。
 
 そもそも、バイデン大統領はUSスチールが本拠を置くペンシルベニア州の出身です。
 そしてペンシルベニア州は、伝統的に製造業が多く、そこに働く労働者の組合活動も活発な土地柄といえましょう。さらに、ペンシルベニア州は大統領選挙の行方を左右する、民主党と共和党が競り合っている州としても知られています。ですから、バイデン大統領としては、この買収劇への対応を誤れば、お膝元の地盤が揺らぐことになるのです。そのことを最もよく理解しているのが、対抗するトランプ前大統領であることはいうまでもありません。
 

日本企業による老舗企業の買収に動揺するアメリカの世論

 去年12月末に行われた今回のM&Aに関係したプレスリリースや、両社経営陣のコメントでは、この合併によって両社が世界規模の市場を共有し、両社が持つ優秀な技術や脱炭素化による新たなイノベーションをさらに推し進めることができると強調しています。そして、USスチールはその雇用を尊重し、本社の移転などといったことは行わないと言明していました。
 
 しかし、そうしたプレスリリースの内容に対し、アメリカの世論が動揺していることは否めません。
 そもそも、USスチールはあの鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーや、20世紀初期に政財界を動かしたピアポント・モルガンなどといった、アメリカの歴史を代表する錚々たる人々によって設立され、その後のアメリカの繁栄を象徴していた会社です。
 
 強いアメリカの象徴であったはずの製鉄業は、その後ヨーロッパやアジアの復興と成長によってその地位を脅かされてしまいます。とはいえ、そんな産業界の星条旗ともいえる会社を日本企業が買収するとなれば、バブル期にアメリカが日本に買収されてしまうと危惧されたときの再来ではないかという危機感をアメリカの有権者に与えてしまうのです。さらに、その向こうには近年の中国の台頭によって、アメリカ企業の世界でのシェアが脅かされてきた事実との一般市民の混同、さらにはアレルギー反応もあるはずです。
 
 気をつけなければならないのは、企業の買収が常に株主にとっての株価や、金融資本の財務的な合理性によって行われ、時には企業に勤める従業員への情報共有が充分でないままに進められることです。
 さらに、今回の買収資金の調達も、日本製鉄への金融機関の融資によって行われていることも気になります。つまり、ともすると複雑になりがちな日本側の買収の意思にある本音の部分、意図するところが、正確にアメリカのメディアに伝わっているかどうかが気になるのです。このことは、USスチールに勤務する人々の不安の拡大にも影響を与えるはずです。
 
 企業は人という言葉がありますが、企業に関わる人材を蚊帳の外においたM&Aの多くが、最終的に悲劇を招いているケースは多くあるのです。今後の円安の動向もはっきりとしないなかで、実情を理解しない金融機関先導によって進められる買収劇は、どんなに素晴らしい建前を並べたとしても、未来へ向けた実態や具体性が見えてこないと、アメリカの経済関係者は語っています。
 そうした意味で、大統領選挙の年に大統領の座を目指す両候補が、民意に対して敏感になるのは当然のことといえましょう。しかも、これが全米鉄鋼労働者組合の本部があるピッツバーグでの買収劇であれば、大統領選挙と関連して、相当なハレーションが出てくるはずです。
 

意思決定の透明性や経営陣の多様性などを考慮した手続きを

 さらに、日本による海外企業を対象としたM&Aを語るときに忘れてはならないのが、日本企業の閉鎖性です。
 まず、日本の大企業の多くは、本社の取締役が日本人だけで占められている現実を指摘します。過去には日産にカルロス・ゴーンがやってきたことだけで大ニュースになるほど、日本企業の経営体質は海外に向けて開かれているとは言い難いのです。これは、もともと移民社会に寛容で、海外からも積極的に人材を投入する欧米の企業とは対照的です。
 その結果、買収した企業への権限移譲ができずに迷走するか、あるいは買収した企業をコントロールできずに損失を被ってしまうかといった、負のスパイラルが生まれやすいのです。その事例は、東芝によるウェスティングハウス・エレクトリックの買収が迎えた悲劇的な結末など、さまざまです。
 
 日本企業にはよく顔がないといわれます。つまり、組織を引っ張る強力な牽引力をもった人物が不足したまま、集団指導体制、あるいは金融機関とのコラボによって企業の意思決定が行われます。そのプロセスが不透明で、外からはなかなか見えてきません。であれば当然、海外から多様な経営陣を迎えることも困難です。海外の関係者やメディアからすれば、この見えないベールの中で、どのようなビジョンが語られ、それが浸透してくるのかが見えてこないのです。
 
 日本製鉄の経営陣は、こうしたことを謙虚に受け止めながら、今回の買収活動を進める必要があることだけは、強調しておきたいと思います。
 USスチールとその地元のピッツバーグ、さらにはペンシルベニア州という地域文化、そこに住む人々の支持なくしては、思わぬことで足をすくわれ、大きな損失へとつながることがありうるのです。
 

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