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トランプ大統領の麻薬犯罪という見えない敵

I promised to clean this country in 6 months, but I realized how difficult it would be when I found out that there are more generals, police, and politicians behind all these.

「私はこの国から麻薬犯罪を6か月で取り除くと約束した。しかし、軍人や警察、そして政治家までもが麻薬取引に絡んでいるという事態の深刻さを思い知らされた」
― ドゥテルテ(フィリピン前大統領の発言)より

メキシコとフィリピンに巣くう麻薬と組織犯罪

 メキシコ北部、アメリカとの国境に接したコアウイラ州は、メキシコからアメリカへの麻薬密輸ルートの最前線にあります。
 ここで2011年、麻薬撲滅のために結成された組織犯罪対策部隊の隊員に抜擢された若者6名が行方不明になりました。当時26歳だった被害者の一人の遺骨が発見され報道されたのは、12年の歳月を経た2023年のことでした。
 1950年代から類似の事件は何度となく起きていました。麻薬の密輸は組織犯罪です。当然、組織の手は警察にも及んでいます。2011年に誘拐され、殺害された若い警察官は、ある意味で組織犯罪による見せしめだったといえましょう。彼らは任地が決まり、祝杯をあげた直後に誘拐されたのです。地元の警察官と麻薬組織との関係が疑われます。
 
 アメリカは、世界一の経済大国です。その消費力は闇の組織にとっても魅力のある市場となります。海と空、陸路でメキシコを経由して大量の麻薬がアメリカに持ち込まれます。もちろん、その多くは水際で検挙され、メキシコもアメリカ側と共同して組織の撲滅に向けた戦いを繰り広げています。しかし、麻薬組織は不死鳥のように蘇り、捜査の網の目を潜ってアメリカに麻薬が持ち込まれます。密輸が生み出す莫大な資金が、さらに組織の犯罪網の拡大につながるのです。
 
 当時コアウイラ州に深く浸透していたのは、ロス・セタス・カルテルという組織でした。この組織の撲滅にはメキシコ政府も相当苦労しました。特に2011年から12年にかけて麻薬との戦争で行方不明となった被害者は3,600名に及び、彼らは未だに見つかっていないとニューヨーク・タイムズも報道しています。
 
 ここでメキシコから、はるか太平洋の彼方にあるフィリピンに目を向けます。実はここでも、同様の問題が再燃しようとしているのです。
 メキシコとフィリピンは、太平洋の両岸に対峙する国ですが、二つの国家は極めて似た歴史を歩んでいます。どちらも過去はスペイン領であり、スペインの交易ルートの拠点でした。その後、メキシコは力をつけたアメリカの影響を強く受けることになります。そしてフィリピンは、アメリカの植民地として半世紀を過ごすことになったのです。
 
 そんなフィリピンも皮肉なことに、アジアでの麻薬売買のハブとなっていました。フィリピン北岸から島を伝って台湾に向かうルート、東南アジア各地、そして日本などにもフィリピンの麻薬組織はネットワークを拡大しているといわれています。両国が麻薬でどのようにリンクしているか、詳しく分析することは不可能です。しかし、この二つの地域では極めて似た事件がおきているのです。
 

フィリピンのとある麻薬密売人の体験談から

 ルソン島中西部にあるパンガシナン州リンガエンという町は、太平洋戦争後期にアメリカ軍が上陸し、日本軍を駆逐したことで知られている都市です。ここに住むコボイというあだ名の若者は、現地の麻薬組織からドラッグをもらい周囲の知人に売りつける密売人でした。とはいっても、表向きは近くの魚市場で働いていて、現地にごく普通の知人も多くいます。
 フィリピンで麻薬との戦争を宣言したドゥテルテ前大統領は、就任直後に各地域の住民にその土地の管轄官に麻薬を使用していることを自主的に申告するよう命令をだしました。申告すればリハビリ期間を経て通常の生活に戻れますが、それを隠して逮捕されれば刑務所に収監されます。抵抗すれば容赦なく射殺されるリスクもあったのです。コボイは自分も常習者でした。常習者であればこそ、組織によって薬をあてがわれ、それを販売するよう強要されるのです。
 
 ドゥテルテ前大統領の統治下では、彼の強硬な政策によって麻薬組織はほとんど封じ込められました。コボイも一度は足を洗ったのです。
 しかし、ドゥテルテ氏が退陣すると、じわじわと地中から滲み出る地下水のように、組織のネットワークが再拡大をはじめたのです。
 
 ある日、コボイが麻薬とはなんら関係のない地元の友人の家に遊びに行っていたときのこと。そこにいきなり地位の高い警察官が踏み込み、コボイと友人に裸になれと命令します。衣服を剥ぎ取られ、全身を撮影され、タトゥーの部分は特に緻密に写真をとられました。
 そして、麻薬を今でも売買しているか、そのルートについて洗いざらい話すように詰問されたのです。コボイは怯えながらも自分は何もしていないと言い切ります。警察官はしつこく質問を繰り返し、強く迫りますが、彼はただ何も知らないと繰り返しました。結局その警察官は諦めるように、その場を去ったのです。
 
 警察官が去ったあとコボイは友人にこぼします。もし、麻薬を売買していると白状し、そのルートについて話したら、多分自分は警察官に抵抗したという理由で彼に殺害されていただろうと。コボイは、その大物警察官が麻薬組織に取り込まれ、コボイが組織に忠誠を誓っているかどうかを試したのだと、震えながら友人に語ったのです。
 「もし俺に何かあったら、あの男には注意してくれ。じゃなければ俺の住んでいる街の友達にまで災難がふりかかる」
 コボイは泣きながらそういうと、それきり友人の前に現れることはありませんでした。
 
 メキシコのコアウイラ州では、被害者の家族が警察に届けずに黙り込んでいることが捜査の障害になりました。
 家族に対して、警察に届ければ一家を殲滅するという麻薬カルテルからの脅しがあったのです。州の至るところにカルテルの目が光っていました。フィリピンのコボイの事例のように、警察官が正義の味方である保証はどこにもなかったのです。
 
 幸い、長い戦いの末に最近になってコアウイラ州のロス・セタス・カルテルの影響力は削がれてゆきました。
 そして今では、行方不明となった人々の遺骨を捜索するために、考古学者が動員されているのです。土に埋められた遺骨が破壊されていて、刷毛をつかって緻密に土と選り分けて回収しないとDNA判定もできにくくなっているからです。
 

闇の深い組織犯罪のネットワークを防ぐには

 コンピューターウイルスなどを送りつけるオンライン犯罪と麻薬犯罪は、文字通り“見えない”社会の敵だといえましょう。
 軍事力を持った国同士の戦いとは違い、ごく一般の家庭にまで滲み込むこうした犯罪との戦いは、国境もなければ、具体的な攻撃目標もありません。
 
 アメリカの大統領に就任したトランプ氏は、不法移民が麻薬流入の源泉だとして、それを容認するメキシコに関税をかけて制裁をすると宣言しています。
 
 闇に複雑にネットワークするこうした組織犯罪を防ぐには、むしろ緻密な国際協力が必要です。そして、麻薬に手をだして売人になるコボイのような人物を少しでも減らすためには、その地域に蔓延する貧困への対応を、他国のことではなく自国の問題として意識して協力する姿勢が求められているのです。
 

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