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トランプ関税と世界の対応

“In the face of President Trump’s attacks on Ontario’s economy, our government will do whatever it takes to protect Ontario workers and businesses,” Ford said in a statement Monday.

(トランプ大統領によるオンタリオ州経済への攻撃に対し、「オンタリオ州の労働者と企業を守るために必要なことは何でもする」とフォード〔カナダ・オンタリア州知事〕は月曜に声明を発表)

「トランプ関税」に対する欧州、アジアの反応

 トランプ関税の発動予告以来、ヨーロッパで面白いことが起きているとスペインの友人が教えてくれました。
 
 極右政党の動きにトランプの政策が皮肉な影響を与えているのです。スペインを代表する右派政党といえば、台頭が注目されるVOXです。この政党は、移民を制限し、EUによって薄まりつつあるスペインという国家のアイデンティティを取り戻そうと訴えてきました。
 移民に寛容で自由経済を、というビジョンによって統合されているEUを、トランプ政権はそもそも目の敵にしてきたのです。であれば、スペインの極右政党もトランプ氏の政策にエールを送るはずです。
 
 ところが、トランプ大統領は今回EUにも20%の関税をかけました。これはスペイン経済にも大きな打撃を与え、スペインの利益にも反することになります。そのことで、スペインの極右政党はトランプ大統領の一方的な措置に強く反発し、他の政党とも不可解な共闘関係が生まれようとしているのです。トランプ大統領の関税政策に対して、ヨーロッパではおおむね政党を超えた反発が起こりつつあるようです。
 
 この背景を考えながら、前回に続いてアメリカの世界への対応について分析してみます。
 そもそもカナダやメキシコへの措置が発表されたときから、アメリカが日本にも厳しい関税を課してくることは十分に予測できたはずです。しかし、日本の大方の予測は甘く、現在の日米関係からみても柔らかい対応をしてくるのではという見解が多数でした。この甘い予測を抱くこと自体がいかに稚拙であるか、アメリカを知る人ならわかっていたはずです。
 
 日本政府は、台湾問題も含めアメリカが東アジアを軽視することは国益上できないだろうと考えたのでしょう。しかし、現実をみるとアメリカは台湾に対しても、日本以上に高い関税をかけました。同様に、アメリカへの企業進出を促進すると表明していた韓国にも、日本より高い関税をかけたのです。
 
 台湾は、対岸に脅威があるだけにこの措置を深刻に捉えます。日本への投資にブレーキをかけてでも、アメリカ国内での半導体の現地生産を加速させるかもしれません。
 韓国はというと、現地の知人によれば、ユン大統領の罷免と次の選挙に世論が集中しているために、今回の関税問題は新政府ができてからの最重要課題というのが一般の認識で、今すぐに何かアクションは起こせないという苦しい現実があるようです。
 
 それに対して、カナダやEUの反応はきわめて明快でした。それはアメリカとの決裂をも示唆する強いものでした。その象徴的な出来事が、冒頭に紹介したスペインなどにおける世論の動きです。
 

軍事の同盟関係と経済とは別物だと認識する必要性

 我々は、日米同盟という枠組みは、経済には適応されていないという事実をしっかりと受け止めなければなりません。EUでは経済どころか、トランプ大統領がウクライナ問題の解決にEUを飛びこえてロシアと交渉を開始したときから、アメリカのスタンスに強い不満を表明していました。EUの世論は、経済、軍事の双方で、アメリカはもはや同盟国ではないという方向に傾斜しています。
 G7の多数の国は、日米は世界の中でも最も親密な国であるから大丈夫、という認識はナンセンスだと思っているはずです。
 
 その前提で理解したいのが、アメリカ人の他者に対する発想法です。
 アメリカのコミュニケーション文化においては、複数の異なる案件を天秤にかけて、中庸を選ぶという発想はほぼないということを理解したいのです。トランプ大統領はそんなアメリカのコミュニケーション文化を、ステレオタイプといっていいほどに代弁する人物です。複数の案件があるときに、一つの事柄が大丈夫だから他の案件もさほどの問題ではない、と楽観することは禁物なのです。
 
 つまり、日米の軍事上の協力関係と経済関係とはまったく別のテーブルの話であり、少なくとも経済およびビジネスの交流において、日米関係が共に重要であるという発想はアメリカにはないと思った方が賢明です。日本政府もそれを支える官僚も、このことを知ったうえで対応を検討できなかったことに、その交渉力や認識力について疑念が残ります。
 
 今回の関税は、特にEUとASEAN、日本を含む東アジアという三大経済圏をターゲットにしたものです。中国と日本、台湾や韓国は、経済的ライバルという意味では同類として扱われたのです。東南アジアへの課税率も上げたことで、東アジア経済圏とASEANとが協力しにくくなるという現実も突きつけられました。
 
 この実情を理解したうえで、アメリカとの交渉は、一つの事項に焦点を絞って、集中的に、明快で具体的な情報と要求をもって実施するべきです。「善処する」とか「意図する」、あるいは「切願する」といったような、痒いところに手の届かない表現は絶対に禁物で、建前だけで逃げられるのがオチでしょう。対米投資という過去の実績を持ち出して話をしても、「それは素晴らしい、でも未来の話をしよう」と一蹴されること請け合いです。ビジネスにおいてアドバンテージをとることは悪いことではないと、トランプ大統領は確信しているはずです。相手のベネフィットは何かを考えたうえで、かつ安売りをしないことが大切です。
 
 当然、今回の経済問題の交渉はEUやカナダ、メキシコや東南アジアといった国々をも、しっかりと巻き込んでおくことが急務です。日本だけ除外してほしいという甘い考えは、海外からも笑われて日本を孤立させるはずです。
 東アジアでも、韓国や台湾との緊密な連携が必要十分条件です。近年緩和されたとはいえ、日韓が戦前の日本の行為への責任問題による摩擦から、経済問題で歩み寄れないことは愚の骨頂です。東アジアの国々が連携すれば、当然アメリカのみならず、中国にも強いカードが切れるはずです。
 日本からEUへの強い働きかけも大切で、そうしたパフォーマンスを具体的な行動で示すべきでしょう。首相がアメリカと交渉しつつ、まずフランスやドイツを訪問し、同時に中国や韓国へも目に見える形でコンタクトをとるといったパフォーマンスが求められます。
 
 ここで気になるのが、日本の組織の決断力の鈍さです。民間も公も、決裁にあまりにも時間がかかりすぎます。まず決断をしてから、相手の出方をみながら試行錯誤して物事を進めるという柔軟性がなく、完璧な準備と根回しなしには何も行動に移せないような組織では、こうした緊急時にグローバルな対応はできなくなります。下手をすれば、他の国々からも置いてきぼりにされるかもしれません。
 

関税引き上げを乗り越える戦略が求められている

 前回も触れたように、日本は商品価格の圧縮体験には慣れているはずで、他国よりそうしたノウハウには長けているはずです。その強みをみせることができれば、今回の関税引き上げで困るのは、他ならぬアメリカ企業であることも証明できるはずです。株価の大幅な下落などにみられる心理的インパクトの方が危惧されます。
 
 さらに、日本政府がニューヨーク・タイムズやトランプ支持者の多い地域の大手の新聞などに一面広告を打ち、関税引き上げ率の根拠の脆弱さを示すのも一案でしょう。
 しかし、政府関係者や一部の専門家が言っているように、トランプ大統領に対して地道に細かく根拠の過ちを説明しても、トランプ政権は何も動かないはずです。双方にとってのベネフィットを明快に強調することが肝要です。というのも、彼らが見ているのは、彼らの支持母体となる有権者で、日本ではないからです。大切なのは民意であって、一般のアメリカ国民をターゲットとした世論形成が必要であることを、ここに強調します。
 
 来年のアメリカの中間選挙まで、こうしたさまざまな課題を戦略的に乗り越えてゆけるかが今、問われているのです。
 

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