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大谷翔平とバッハ会長―二つの際立った対応から世界を知ろう

People said something that is offensive to the minority community, it is not about how you feel. It’s about how they feel.

「誰かが何かをマイノリティの人々に対して発言したとき、それが不快に思われた場合、大切なことは、言った人が何を感じたかではなく、言われた人がどう感じたかということなのだ」
― ESPN-Stephen Smith 氏のコメント より

大谷選手へのコメントを謝罪したスミス氏の言葉

 大谷翔平選手のアメリカ大リーグでの活躍をめぐって、アメリカのメディアで物議をかもした事件がありました。
 日本でもネット上などで話題になりましたが、アメリカのスポーツ専門番組として知られる ESPN の名物キャスター Stephan Smith(スティーブン・スミス)氏が、大谷選手が公式なインタビューで通訳を常に使っていることに対して、「彼は確かにすごい選手だ。だが、こうした海外から来た選手が通訳に頼る姿は、大リーグの熱気に水をさすものだ」と批判したのです。
 
 この批判に対して、アメリカでは、彼が通訳を使うことと野球選手としての能力とは何も関係がないのに、こうしたコメントをすることはアメリカに住むアジア人コミュニティに対しての偏見を助長するのではないか、との批判が集まったのです。
 これに対し、スティーブン・スミス氏が即座にとったアクションは称賛に値するものでした。
 ここで、その内容について紹介すると共に、ちょうど同じ頃に国際オリンピック委員会(IOC)バッハ会長が、記者会見で Japanese というところを Chinese と言い間違えた失言と比較してみることで、我々が持たなければならない「国際感覚とは何か」というテーマについて、解説してみたいと思います。
 
 スティーブン・スミス氏は歯に衣着せないコメントで知られるキャスターです。
 彼は批判を受けて、「私が間違っていた。私に問題があった。誰でもない私が間違っていたのです」と明快に責任の所在を繰り返しました。その上で「私は黒人です。ですから、人種の問題や偏見に対して、人がどれだけ気を使うべきかわかっています。私がたとえ意図していなくても、それがアジア系アメリカ人にどのように思われ、彼らの心を傷つけたのかが問題なのです」と語りました。
 
 その上で、大谷翔平選手個人に対する謝罪の言葉も述べ、さらに「大切なことは、言った人がどう感じているかではなく、それを受け取った人がどう感じているかということにもっと意識を使うべき」と、アジア系の人々がコロナ禍の中で偏見にさらされている環境を考えても、まったく無知な発言だったとコメントしたのです。
 これを受けて、もう一人のコメンテーターが、「大谷選手は22歳の若さで、家族と自分の育ってきた文化、そして国を離れてアメリカに渡り、アメリカンドリームを追いかけている。こうした人を、我々は彼の行為を細かく詮索するのではなく、称賛し、応援していかなければ」と解説したのです。
 
 大谷選手はアメリカに渡り、アメリカンドリームを追求しているアジア系アメリカ人であるという考え方は、移民社会に慣れていない日本人にとっては新鮮に聞こえるはずです。
 スティーブン・スミス氏は、あるときアフリカ出身選手の名前の発音を間違えたことで不快感を与えた経験にも触れ、我々はミスを犯すが、相手がどう感じたかわかったときに、しっかりと対応しなければならないと話してくれました。
 大谷翔平選手の通訳を使ったインタビュー対応へのコメントに対して、彼らがここまで真摯に語り謝る姿は、アメリカ社会のみならず、世界中で多様な人種や文化が協調しあい、発酵しあいながら活動している現代にあって、我々がどう行動をするべきかというテーマをしっかりと見せてくれたのではないかと思うのです。
 

失言を責めるのではなく、きちんと報道して主張すること

 そんなとき思い出されるのが、IOC バッハ会長のインタビューでの失言です。失言は誰にでもあることで、そのことだけを重箱の隅をつつくように責めることは良いことではないでしょう。
 しかし、ヨーロッパ出身の彼がアジアを訪れ、正式な記者会見の場で日本人を中国人と言い間違えたことは、それがミスであってももっと報道し、欧米の人に対して、そうしたミスが日本人を含むアジアの人にどのように捉えられるかを主張するべきでしょう。人種や移民という現在の地球の課題に対する繊細さを、我々自身が持つべきなのです。
 
 実際、バッハ会長の発言は、イギリスなど欧米のメディアではきちんと報道され、批判もされました。また、ネット上でも拡散しました。
 しかし、当の日本はマスコミも大会関係者も、どちらかといえば沈黙しています。これが私としては極めて残念なのです。ここで日本側がきちんと行動していれば、欧米の識者やマスコミもさらにこの課題を報道し、認識し、相互理解が深まるはずです。その大切な行為を日本人はやらなかった。これが「おとなしい」と海外の人によく言われる日本人が犯す、典型的な過ちだと思えるのです。
 
 私が子どもの頃のこと。ワルシャワ交響楽団の演奏会の後で、楽団員に覚えたばかりのロシア語で話しかけようとしたとき、相手が意図的に私の言葉が聞こえないふりをしたことがありました。
 中学生の私にはその意図がわかりませんでした。旧ソ連、さらには帝政ロシア以来のポーランド人とロシア人との確執に対して全く無知だったわけです。無知はしかたのないことですが、問題は無知に気づいたときにどうリアクションし、反省し、知識として蓄えてゆくかです。
 中学生だった頃の私の感覚と同じように、逆に欧米の人が日本人も中国人も同じだと考えている背景を敏感に感じ取り、スティーブン・スミス氏の言うように、語り手がどう感じているかではなく、受け取る側がどう感じているかをしっかりと問題にしない限り、地球上から偏見や差別はなくならないのです。
 
 コロナ禍のアメリカにおけるアジア系の人々に向けた差別が話題になったとき、ニューヨークでアジア系の老女に暴力を振るった人物が逮捕され、犯人が黒人であったことが世間に衝撃的に伝えられました。
 ニューヨークでは、1990年代に韓国系移民と黒人系の人々との確執が暴動にまで発展したことがありました。得てして偏見や差別は、社会の格差のために苦しむ弱い立場にいる人々の間で起こってしまいます。これも悲しい事実です。
 

日本は外国人に対して温かく手を差し伸べられるのか

 こうした課題を考えた上で、日本への亡命を望みながら叶えられない人や、技能実習生として来日しても不当な扱いを受けている人たちの状況を、我々はしっかりと見つめてゆくべきでしょう。さらにその視点に立って、バッハ会長の失言に対しても明快なメッセージを伝えることができれば、日本人は「アジア系地球市民」であると世界から認知されるはずです。
 
 大谷翔平選手が、アメリカ社会ではすでにアジア系アメリカ人として捉えられているように、国境に隔てられた国家があっても、そこに来た人はそこの国のメンバーとして温かく手を差し伸べる意識が、今求められているのです。
 

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『日本語ナビで読む洋書 What is Global Leadership?』山久瀬 洋二(ナビゲーター)/アーネスト・ガンドリング、テリー・ホーガン、カレン・チヴィトヴィッチ(原著者)日本語ナビで読む洋書 What is Global Leadership?
山久瀬 洋二(ナビゲーター)/アーネスト・ガンドリング、テリー・ホーガン、カレン・チヴィトヴィッチ(原著者)
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