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イギリス外交の総合力から学ぶものとは

Keir Starmer meets Xi Jinping in Beijing to strengthen UK-China relations

(キア・スターマーと習近平が北京で面会。英中の連携を促進)
― Euronews より

トランプの動きに翻弄されず外交力を発揮する英国

 世界がトランプ政権の予想できない動きによって翻弄されているなか、今試されているのが文字通り、外交力です。
 外交力とは、心理戦も含めたさまざまな動きを組み合わせて、建前上はルールに従いながらも、相手の動きを巧みにこちら側に引き寄せ、同時に緊張感も与えてゆくという、国と国との付き合い方における戦術です。特に、ヨーロッパ諸国などでは数百年にわたって繰り返されてきました。この手法は、一時批判にさらされ、特に第一次世界大戦より前に行なわれていた国家同士の密約や秘密外交は、世界の平和を損なうものとして封印されてきました。
 しかし、外交の場でそうした古典的な行動をとらないまでも、ある程度の駆け引きのための戦略や手法が求められ、それを駆使することが改めて問われてもよいほどに世界はさまざまな側面で緊張しているのです。
 
 外交を効率的に展開するには、まず相手となる国家の内情を把握し、それを把握しうるネットワークをもたなければなりません。
 例として取り上げたいのが、イギリスです。イギリスはヨーロッパ大陸の島国で、EUから分離したものの、こうした諸国との融和を保ち続けることが国益となります。同時に、同盟国であるアメリカとの関係の維持も大切です。そしてイギリスは、日本同様に交易で栄えた貿易立国です。20世紀の後半に世界で獲得した植民地は失ったものの、そうした旧植民地といわれる国家とも、利権と融和を天秤にかけながら巧みな外交を展開します。
 
 そんなイギリスで、つい最近2つの出来事がありました。
 一つは、カンタベリー大聖堂で、サラ・ムラーリー氏が女性初の大主教(archbishop)に選出されたのです。イギリスにある教会の多くはイギリス国教会に属しています。過去に国教会はローマ・カトリックから独立するにあたって、多くの試練を経てきました。16世紀末にはカトリックを手厚く保護するスペインと国運をかけた戦いもありました。
 そんなカトリック教会では、教皇や司祭は男性が務めていて、多くの議論はありつつもその方針は変えていません。対して、今回のイギリス国教会の人事は、世界の中でも極めて異例の民主的な人事です。
 
 これは政治的な事柄ではないものの、こうしたイギリスと対照的な動きをしているのが、現在のアメリカです。保守化するアメリカで移民への偏見や差別が懸念されるなか、彼らを強硬な手段で排斥する方針に反対する民衆が、全米で抗議活動を拡大しているのです。
 彼らは移民捜査官が起こした発砲(殺人)事件を通して、トランプ政権が人権を蹂躙していると強く批判しています。しかも、そんなトランプ大統領自身も、以前自らが女性差別に関わったのではないかというスキャンダルにも直面しています。今、アメリカではこの対立を通して、地方自治と大統領の国家を統率しようとする思惑とが激しく対立し、憲法問題にまで発展しているのです。
 
 カンタベリー大聖堂は、昔からイギリスの教会活動の中でも強い自治と独立性を求めてきた経緯のある、イギリス史にとっても重要な教会です。アメリカでの反民主化運動ともとれるトランプ政権の活動の最中に、イギリスで女性の大主教が選出されるというニュースがことさら大きく取り上げられることは、イギリスとトランプ政権との間でお互いを批判することなく、イギリスが自らのスタンスを表明したことになるといっても差し支えありません。現在のローマ教皇がアメリカ人で、バンス副大統領がカトリックであることを知りつつも、トランプ政権に対して苦言を重ねている事実との関連も興味深いものです。
 

欧州と米国との間にあって器用に立ち回る英国外交

 さらにトランプ政権は、外交においてはベネズエラ侵攻に象徴されるように、世界から中国の影響を排除し、アメリカ第一主義を貫こうと必死です。その中で、中国との友好を進める国家への関税賦課を強く示唆し、同時に中国やロシアに対する安全保障を口実にグリーンランドの領有まで押し出して、NATOとの友好関係にひびを入れてしまいました。イギリスはNATOの要といっても差し支えない国家で、ヨーロッパ大陸とアメリカとの間に置かれる立場を強いられているのです。
 
 そんなときに、イギリスのスターマー首相は、トランプ氏の外交努力を言葉の上では賞賛する一方で、中国を訪問し、イギリスと中国とのビジネス上の提携関係の強化を積極的にアピールしました。従来イギリスから中国への主要な輸出品であった医薬品については、スターマー氏に同行したアストラゼネカの経営者が中国への2,000億円余りの投資を発表し、中国もそれを歓迎するという友好ムードを醸したのです。
 カナダに対して、中国との関係強化に鋭いけん制球を投げた直後のアメリカですが、イギリスのこのタイミングでの訪中に対しては、さすがにこれ以上の摩擦を懸念してか、トランプ大統領は強いコメントで抗議できません。
 それでいて、イギリスはアメリカとの外交上の対立を避けながら、微妙にアメリカへの肩透かしを行なっているのです。
 
 カンタベリー大聖堂の大主教の任命にはイギリス王室が深く関与しています。チャールズ国王は筋金入りの環境保全派で、その国王が女性主教を任命したことは、イギリスが文明国としてシニカルにアメリカを批判したことにもなりそうです。いかにもイギリスらしい行動だといえましょう。トランプ大統領は、自然保護や人権保護などに関わる国際機関からどんどん脱退を進め、アメリカがその面で孤立してもかまわないという姿勢をとっているからです。
 
 そんなイギリスの首都ロンドンに、近々ウェイモ(Waymo)が登場するといわれています。ウェイモはGoogle(Alphabet)が開発した自動運転車で、現在タクシーとしてアメリカの複数の街で、無人運転を行なっています。以前は限られた街のみで運行していたウェイモですが、現在ではサンフランシスコをはじめとする大都市でもお目見えするようになりました。無人運転ではありながら、それなりにスピードもでて乗り心地もよく、かつ事故もありません。右折左折はもとより、一番早く目的地に移動できる方法を検索して到着時間を正確に乗客に知らせます。しかも静かな走行で、ユーザーが増えているのです。
 ウェイモのロンドンでの導入、スターマー首相の中国訪問、そしてカンタベリー大聖堂の女性大主教の就任――。これらの事実をもって、イギリスはアメリカと対峙しながらも、NATOの結束をもアメリカを宥める形で強化し、経済的にもアメリカの批判をかわしているのです。
 

「米国依存」外交を展開する日本が教訓とすべき手腕

 19世紀から20世紀初頭にかけてのイギリスの外交は、ヨーロッパの複雑な王室外交をどう手玉にとるかに終始し、その延長で世界に自らの利権を拡大し、大英帝国の栄光を築きました。その遺伝子を官民が持ち合わせることで、21世紀に見合う進化した外交手腕を展開しているわけです。
 
 しかも、中国と対立することなく、むしろ外交を通して関係を強化しようとしていた最中に、中国では台湾強硬派であった軍のトップでもある張又侠氏など多くの要人の粛清が続いているという事件もおきていました。最近の不動産不況にはじまった根深い経済問題と並行して、習近平政権内部でおきている軍幹部の粛清は、明らかに中国の内政の大きな変化です。
 このような事実をイギリスは注視し、極東の情勢をも計算しながら外交を展開しているのでしょう。どちらに揺れても、だるまのように起き上がれるしたたかな筋書きがそこに見えてきます。
 
 今後、現在日本が進めているアメリカ一辺倒の外交がリスクになるなかで、こうしたイギリスの動きは良い教訓となるのではないでしょうか。
 

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