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海外との交渉で必要な相手の「内なる声」への理解

He praised Japan, saying, “They are really stepping up to the plate.”

(彼〔トランプ大統領〕は、「日本は本当に〔イラン問題に〕本気で取り組もうとしている」と賞賛した)
― New York Times より

アメリカと日本に共通する国際情勢への無関心

「わかるかい。アメリカ人の多くは、イランがどこにあるのかも知らないんだよ。戦争が長引いて物価が上がり、兵士の犠牲が増えると、なんだよということになって、国内の世論が変わるというわけで、実際、国際情勢にアンテナを張っている人なんて、ほんの一部の教養ある連中だけなんだ」
 
 前回、イランとの戦争の背景にあるイスラエルとアメリカとの関係について解説しましたが、今回は、イランとの戦争が始まったときに、あるアメリカ人がこう語ってくれたことを、ここで改めて強調します。
 
 確かに、トランプ大統領を盲目的に支持している人のなかで、実際にイランがどんな国か、中東の状況がどのようかといったことを知っている人は限られています。トランプ氏が再選されたあと、別のアメリカ人が「いえね。残念なことにアメリカ人は教養がないんだよ」と述懐していたことも思い出します。
 これは大学で教鞭をとっている教養人の言葉で、そこにはバイアスがあります。さらに、アメリカ人だけが「教養がない」とレッテルを貼るのは、彼がアメリカ人だから言えることで、では日本人のどれだけの人がイランについて知っているかと問われれば、アメリカとそう変わらないかもしれません。一つ言えることは、有権者が投票するときの動機に、国際情勢は含まれていないのではということです。
 
 しかし、国際情勢はそのまま国内の物価や生活の質などに跳ね返ってきます。
 先週、ハワイに住む知人が面白いことを語っていました。

「驚いたことがあったのよ。実は、私の友人の旦那は軍人なのよ。でも、彼女は今の国防大臣の名前を知らなかった。旦那の命を左右する人物なのに。でも、このことっていかにもありそうなことよね」
 
 アメリカの国防大臣は、前回解説したキリスト教右派に所属する対イラン強硬派の筆頭ともいえるヘグセス氏です。アメリカの多くの兵士は、その国防大臣の名前も知らずに戦場に送られようとしていることになります。これがよくあるアメリカの内側の意識や声ではないでしょうか。
 
 そんなアメリカでは予算が通らず、空港のセキュリティを担う人々の給与がでません。しかし、空港での安全業務という人命を預かる職員は勤務を拒否するわけにもいかず、退職して別の仕事を探す人も増えています。その影響でアメリカの主要な空港では、手荷物検査にあたって長蛇の列に耐えなければなりません。時には数時間かかることもあると報道されています。日本よりはるかに多くの人が旅客機に頼っているアメリカにとっては看過できない大混乱です。
 そしてトランプ大統領は、空港の安全管理の職員に悪名高いICE(移民税関捜査局)の職員を当てようとしています。ICEは全米で過度な移民への捜査を続け、犠牲者まででたために批判の対象となっている組織です。そんな係官が空港に居座られては、外国人は怖くて空港にも近づけません。
 
 トランプ関税の影響も国民生活にじわじわと影響を与えています。大手小売店コストコなどが関税の影響で受けた被害の賠償を国に求める動きもでています。
 ですから、トランプ政権はできるだけ早く上げた拳の下ろしどころを見つけたいとイランに強く迫ります。しかし、イランの内情は今ひとつ掴めません。イラン側は時間を稼ぎ、負けさえしなければ、アメリカの世論がトランプ政権の政策に影響を与えるはずだと思っているかもしれません。人権の蹂躙や国民への忍耐の強要に対して、イラン政府も国民も強い免疫力を持っていて、そこはアメリカとは事情が異なります。
 

高市首相の「ドナルド発言」とネタニヤフ首相の演説

 こうした背景の中で、高市首相がホワイトハウスで「世界に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」とトランプ大統領を持ち上げたことがアメリカでも報道されました。日本人の中には、これは彼女の外交手腕として暗にトランプ大統領を諌めたのだ、という捉え方をしている人も多いようです。また、何をしてくるかわからないトランプ大統領との融和を試みた絶妙な外交だったと評価する人も多いようです。
 
 しかし、ここに解説したアメリカの有権者はそのようには捉えません。アメリカを知る人ならわかるでしょうが、アメリカ人は発言されている言葉の背景にある意図を読み取りません。読み取れないのではなく、読み取らないのです。
 広い国土の中に3億4千万人が暮らし、さらに多様な移民集団が混在しているアメリカでは、伝統的に発言した言葉はその額面通りに受け取る習慣があるのです。特に英語での発言ではなおさらです。
 
 ですから、それを聞いたアメリカ人は首相が暗にトランプ氏を諫めたとか、皮肉を言ったとは捉えず、その発言をそのまま真意として捉えるのです。トランプ大統領もご満悦だったでしょう。その会談で彼が語った言葉がヘッドラインの表現です。“Step up to the plate” とは、野球の試合などで選手が本気で立ち向かう様子からきた表現です。首脳会談の後で、双方の意図の齟齬が現れてくる可能性があります。
 言うべきことを明快に語るだけでいいのです。無駄なことやあえて言う必要のないことを言うと、とんでもない誤解につながる恐れがあるというのが、高市発言への率直な感想です。
 ですから、アメリカの言論界は彼女の発言について極めてシニカルです。通訳を使おうが英語で話そうが、コミュニケーション文化の違いは言語上の意図とは別のメッセージを相手に伝えるリスクがあることを知らないことは極めて危険です。
 
 そんな高市首相の訪米時に、アメリカのメディアは、日米首脳会談以上にイスラエルでネタニヤフ首相が行なった演説の方をはるかに大きく伝えました。
 
 ネタニヤフ首相は高市首相と同じようにトランプ大統領への支持をはっきりと表明しています。彼は「今、イランを壊滅させないで放置しておくことは簡単だが、そのことはこれから数十年後に大きな代償として我々に返ってくる」と述べました。そのうえで、「未来のリスクに対して果敢な決断をしたトランプ大統領を強く支持する」として、「アメリカは現在だけではなく将来の世界にも責任がある超大国だ。だからイスラエルはアメリカと同盟して、イスラエルを支援してくれるアメリカの決意に感謝の意を表明する」と語りました。もちろんこれはイスラエルの政策に世界中から批判が集まっていることを承知のうえでの発言です。そして、この発言の方がアメリカのメディアの注目を集めたのです。
 
 理由は簡単です。冒頭で解説したアメリカの有権者を味方に引き入れ、戦争への世論の硬化をなんとか抑え込むためにも、ネタニヤフ氏が曖昧ではない明快なメッセージを発信したからです。
 

国際社会での発信とコミュニケーションに求められること

 どちらの政策が良いか悪いかということではなく、国際社会で自らの意図するところを相手に理解させるためには、思っていることと、発信する言葉との乖離をできるだけ少なくしたうえで、かつ相手としっかり交渉できる絶妙なコミュニケーション力が求められるのです。
 海外でのイメージ戦略を考えるうえで、このことは忘れてはならない現実です。
 こうした現実を踏まえ、これからも混迷を続ける国際情勢を考えると、それぞれの国の内側の声と外とのバランスの取り方が、より一層困難になるのではと思われるのです。
 

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ドナルド・リチー(著者)、ジェームス・M・バーダマン (序文)
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