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カナダのトラック騒動とウクライナ問題をつなぐ細い糸とは

GiveSendGo hacker faces death threats for leaking Freedom Convoy Donor info.

(「GiveSendGo」のハッカーが、「フリーダム・コンボイ」の支援者の情報をリークしたとして殺人の脅迫を受ける)
― Vice Newsより

「フリーダム・コンボイ」を支えるSNSとクラウド・ファンディング

 前回紹介した「フリーダム・コンボイ(Freedom Convoy)」の騒動と、ロシアのウクライナ侵攻を懸念した世界の緊張とが、もし1本の細い糸で繋がっていると解説したら、皆さんはどのように思われるでしょうか。
 
 「フリーダム・コンボイ」はアメリカの極右勢力から強い支持を受けました。そして、今回の騒動にロシアが直接関わっている確証はないものの、アメリカで起きている社会の分断にロシアが関わってきたことを、ここ数年多くの人が注目してきました。
 「フリーダム・コンボイ」の運動を支えてきたのはSNSに他なりません。さらに、その活動の原資を調達したのは、長年アメリカでの組織的な反政府活動などに資金を提供してきた履歴のある、キリスト教系の「GiveSendGo」というクラウド・ファンディングの組織でした。カナダ政府のマスク着用とワクチン接種の義務化というコロナ対策に対する抗議行動を組織化し、さらに海外に拡大させるために、こうした資金集めが行われ、実際に短期間でカナダやアメリカ、さらにオーストラリアやイギリス、アイルランドなどからこの呼びかけに応じて870万ドルもの資金提供が行われたのです。
 

米大統領選挙にまで影響を及ぼすロシアのメディア工作とRT

 さて、ここで「フリーダム・コンボイ」に賛辞を贈ったアメリカの政治家に目を向けます。
 その代表者は、言うまでもなくドナルド・トランプ氏に他なりません。トランプ氏に代表されるアメリカの右派の政治家が、「フリーダム・コンボイ」で抗議活動をするトラックの運転手を英雄としたことが、資金集めにも少なからぬ影響を与えました。
 
 そのトランプ氏が大統領に選ばれた選挙戦でのことです。彼に対峙していたヒラリー・クリントン氏は公的なメールを私用で使っていたなどという様々なスキャンダルに悩まされました。そうした様々な疑惑の詳細の多くが根拠のないもので、その噂の出どころが、ロシア系のメディアであったことが物議を醸したのです。
 RTといえば、多くの人が「リツイート」の略ではないかと思うでしょう。しかし、欧米ではRTといえばRussia Todayというロシア政府系メディアをイメージする人が多いはずです。RTは、スプートニクというロシアの通信社と同じ系列でロシア政府がコントロールする英語の放送局です。ここから、当時ヒラリー・クリントン氏を中傷するフェイクニュースが多く流され、アメリカの主要なメディアにまで影響を与えていたことが、問題視されたのです。
 
 ロシアの指導者ウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアの諜報機関と深いつながりがあり、そのバックアップによって大統領にまで上り詰めた人物です。元々、無名の諜報員だった彼が、ソ連の崩壊後に出身地サンクト・ペテルブルクで地方の政界に抜擢され、その後モスクワに進出したことが出世への花道を作りました。諜報部員であった彼はメディアによるイメージ戦略の効果を知り尽くした人物でした。
 
 ロシアが、ソ連崩壊の痛手から軍事的に立ち直り、再び欧米の脅威となったとき、彼はライバルの力を削ぐために、RTとスプートニクを通して、アメリカの右派勢力を後押ししてアメリカ社会の分断を進め、混乱に陥れようと目論んだわけです。
 トランプ政権が一期のみで終わり、バイデン政権が成立したことは、プーチン大統領にとっては痛手でした。しかし、その後もRTは世界でメディア活動を展開し、その後のアメリカ社会の分断にも積極的に関わってきました。RTはスプートニクと共に、西欧の民主主義国家のモットーである報道の自由を逆手に取って、ロシアの国益のためのイメージ工作を遂行してきたのです。
 

ハッキングと「フリーダム・コンボイ」支援者のリスト流出

 今回の「フリーダム・コンボイ」は、そうした活動によって育てられた様々な右派、極右組織によって拡散したわけです。そして、拡散のツールには常にSNSが絡んでいます。この募金活動にはFacebookなども利用され、ネットワーク化されました。そのときFacebookに登場して募金を呼びかけた人物が、実在しない架空の創造物であったことも話題になりました。しかし、そのときの活動は、オーストラリアでの募金活動や抗議行動の拡散に少なからぬ影響を与えたことは事実です。
 
 そんなとき、「GiveSendGo」のデータがハッキングされ、募金に参加した9万2千人の実名が暴露されるという事件が起こりました。そのため「GiveSendGo」は現在活動を停止しましたが、すでに支援者の名前は流布されてしまったのです。その中にはソフトウェア会社を経営し、ビジネス書でベストセラーも執筆していたトーマス・シーベル氏も含まれており、彼が9万ドルを寄付したことまで公になりました。
 さらに気になることに、送金に使われたメールには、政府や裁判所、さらにはNASAといった公的機関のものが含まれていて、顔を隠したサポーターの層と幅の広さが浮き彫りにされたのです。ロシアの諜報機関とそうした人物とのつながりはないのでしょうか。
 
 ハッカーは、カナダで活動するオーブリー・コトルというその世界では有名な人物で、コトルは2月7日に自身のTikTokのライブストリームで犯行を認め、さらに執拗な攻撃を仕掛けると警告まで行っています。彼はそこに自分の顔を出して、「俺はサイバーテロリストだ。お前たちは俺に何ができるって言うんだい。ざまあみろ。俺がハックしてやったんだよ」と大声でアピールしています。その映像が流れると、それに対して極右組織から死刑宣告の脅迫まで届いたのです。それが今回のヘッドラインです。
 まさに、現在の政治闘争はインターネットによって支えられ、拡散し、それが世界情勢にまで影響を与えることを象徴するような事件と言えましょう。
 

ウクライナ問題の最中ロシアはどのような工作を仕掛けてくるのか

 さて、そうした混乱の中で、ウクライナ国境にロシア軍が集結しています。アメリカの分断の促進に影の役割を担い、ヨーロッパでは Brexit の世論作りにも大きな影響を与えたと言われるロシアの政府系メディアが、こうした欧米のSNSを通してどのような戦略で攻勢を仕掛けてくるか。
 「フリーダム・コンボイ」を過激で大きな組織にした背景となった人物たちの政界進出などに、積極的な役割を担ったロシアのメディアと通信社は、ウクライナ問題では通常のメディアとSNS等の最新のネットワーク技術を駆使してどのような戦略を展開するのか。
 
 一つ言えることは、ロシアがウクライナに対する西欧諸国の軍事支援の足並みを揃えさせないように、各国の世論を撹乱する戦略に出ることは充分に考えられます。実際、アメリカの軍事介入に対して、共和党の中ではすでに賛否が分かれはじめています。アメリカで今秋行われる中間選挙に向けた世論操作においても、ロシアは様々な工作をしてくるでしょう。
 モスクワからのサイバー攻撃の可能性も囁かれるなか、旧ソ連から継承した諜報機関に政権基盤をもつプーチン大統領の本当の思惑がはっきりと読み取れないことも、今回の緊張をエスカレートさせる原因なのかもしれません。
 

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