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蠍と毒蛇、そして上官による兵士の刺殺

Hostilities resume with new US strikes on Iran and Gulf nations intercepting attacks. 

米国がイランへの空爆を開始。湾岸諸国がイランの攻撃を阻止し戦闘が再開された。
― CNN より

砂漠の夜

 闇の中では、砂漠は遠くの灯りでも目立ってしまう。例えば、一本道の向こうに小さな光が見えたとする。平和なときであれば、それが見えた瞬間から、互いにヘッドライトを上げ下げして、自動車であることを知らせ合う。光はだんだん大きくなり、やがて二つの灯りが確認できて、相手が車だとわかる。それでも、その車はなかなかやって来ない。それほどに、遠くまで見渡せるのだ。すれ違うまでに、15分かかることもある。

 砂塵さえなければ、夜は太陽の眩しさがないだけに、彼方の地上のわずかな変化まで、かえってよく見て取れる。

 もう74歳になるダリウシュ氏に、そんな体験を話したときのことだ。彼はボソリと、蠍(サソリ)が出たときの話をしはじめた。

 「昔、イランとイラクが戦争をしたとき、徴兵されて、無理やり戦場に送り出された」

彼は続ける。

「あのとき、砂漠の中で敵に囲まれてね。夜、ヘルメットで砂を掘って、そこに身を伏せて、味方の到着を待つことになった。そう、その車の話と同じだ。夜の砂漠では、相手の気配を察知しやすい。だから、砂漠ではどんな音も聴かれてしまうから絶対に動くな、と命令を受けた。砂漠はね。夜が恐ろしい。砂の中から毒蛇が出てくることもあれば、蠍がやってくることもある」

 毒蛇が這い出てきたら、ナイフで刺す。それも、ほとんど体を動かさずに。問題は蠍だった。蠍は気配がないので、いきなり刺されることがある。刺されれば、耐えがたい激痛とともに、体に毒が回っていく。

 

三番目の選択肢

隣で砂に伏せていた兵士が、その蠍に刺された。選択は二つ。痛みで叫んで敵に見つかり、銃撃を受けるか、それとも声を殺して耐え、毒が回るまま死を迎えるか。

 即座に、そばにいた上官が、その兵士の口を強く押さえ、ナイフで胸を刺して殺害した。これが三番目の選択肢だった。そしてそれは、部隊を救うための最後の手段だった。

 「確かに、あのとき、そうしなければ、あいつのうめき声だけで敵にこちらの位置を悟られていた。そうなれば、皆が死んでいた」ダリウシュ氏はそう呟いた。

 夜が明けて、なんとか敵の囲みを抜けて生還できたのは、20名のうち、ほんの数名だった。そんな戦いの中で、憎しみと狂気が充満していく。

 彼は今でも、敵に捕まった戦友が、手を縛られてジーブに引きずられ、腕をもぎ取られ死んでいく画像を、携帯の中にそっと保存している。そうした映像は敵によって撮影され、イラン兵のもとに届けられた。恐怖と憎悪を掻き立てるためである。

 「あのとき、上官が蠍に刺された戦友を殺さなければ、もしかすると、あのジープに繋がれていたのは自分だったかもしれない」

 ダリウシュ氏は若い頃、2年間、兵士としてこうした戦場に何度も送られ、その後、日本を経由してアメリカに移住した。

 イラン政府は、ダリウシュ氏のようなアメリカ在住のイラン出身者を、極度に警戒する。だから彼は帰国することができない。アメリカで結婚した彼のアメリカ人の家族も、ダリウシュ氏の心のひだに刻まれた記憶に触れることは、ほとんどない。

 今、ダリウシュ氏は、あの頃のことを思い出すとき、自分を刺す蚊の命ですら愛おしくなり、そっと窓から逃がしてやりたくなるのだという。そんな彼に、周囲は奇異の眼差しを向ける。

 彼があの戦闘で何人の敵兵を殺したのか。そのことを、ダリウシュ氏は一切語らない。ただ、彼は誰に対しても、何に対しても、その命を慈しむ。

「戦争に正義はない」

 祖国イランに、アメリカが再び攻撃を始めた。

「今、イランで愛国心を掻き立てて兵士を鼓舞し、反体制運動を弾圧している連中は、あのとき、我々と戦ったイラクからの、そしてパキスタンやアフガニスタンからの兵士たちだ」

 イラクがサダム・フセインの独裁政権だった頃、イランとイラクは激しい戦闘を繰り返し、ダリウシュ氏をはじめ、多くの人が戦場に送られた。あのとき、敵の中には、サダム・フセインの指令によって動員された、イラン人と同じイスラム教シーア派の人々もいた。スンナ派が権力を握るイラクでは、そうして、シーア派への間接的な弾圧も行われていたのだ。

 そんなシーア派の兵士たちが、イラクの政権が倒れたあと、イランへ流入し、いまはイスラム政権のもとで、民主化を求める民衆運動を弾圧する先頭に立っているーーダリウシュ氏はそう見る。家族を持たない外国出身の兵士こそ、人々を弾圧するのに格好の人材である。革命防衛隊などの指導者は、そのことをよくわかっているのだ、と。

 「アメリカがまた、イランを攻撃している。そのとき、兵士として戦場に動員される人々は、決して今のイラン政府を支持しているわけでも、アメリカへの憎悪があるわけでもない。それでも、戦闘が激しくなれば、きっとあの蠍の砂漠に伏せて、最先端の武器を持つアメリカ兵や、空からの攻撃に対峙させられる」ダリウシュ氏はさらにいう。

 「戦争に正義はない。大義名分など、為政者が互いを非難し、自らを正当化するための道具にすぎない。それに乗せられ、愛国心という不可思議な陶酔に胸を高鳴らせるのは、麻薬に溺れるのと同じ愚行だ」

 イランの為政者も、アメリカの指導者も、このレトリックを使って自らを正当化し、国内世論もまとめていく。これが戦争の実態だ。そして、国を愛せと人々を鼓舞する者たちが、見ようとせず、気づこうともしない現実でもある。ダリウシュ氏は、そのメッセージを日本人である私に伝えたかったのだろう。

 日本人は、自分たちの国は違う、だから軍備を整え、国旗を愛し、国を愛することのどこが悪いのか、と言う。しかし、ここに語られた事実は、おそらく80年前に日本人が密林の中で経験したことであり、そして80年後に、また経験することかもしれないのだ。

 

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