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タイの争乱とその背景

【海外ニュース】

British Foreign Secretary William Hague on Wednesday urged Thailand to uphold democracy as political violence escalated ahead of an election.
The Nation(Thai)より

イギリスのヘイグ外相は、水曜日に選挙に向けて政治的に混迷するタイが民主主義にのっとって事態に対処してほしいと表明

【ニュース解説】

今、タイに進出する世界の企業が、この国の争乱の行方に懸念をもっています。
タイの争乱は、8年来の人々のしこりが爆発した根深いものです。
そして、今やそのリスクは、タイへの海外からの投資そのものに及んでいます。
最近、東南アジアは、急速に物価が上がり、人件費が上昇している中国の代替地としても注目を浴びています。
その中にあって、勤勉で穏やかな国民性で知られるタイは、戦中戦後を通して親日的で、日本企業にとっても親和性のある国として注目されてきたはずです。
しかし、そんなタイが今混乱の極みに陥ってしまいました。その背景には何があるのでしょうか。

タイは、東南アジアにあって19世紀に欧米列強によって植民地化されなかった唯一の国です。それはタイにとって幸運でした。しかし、一方でそのことはタイが海外からの知識や文化、さらに様々な投資の波に晒されることなく自立してきた国であることを物語っています。

従って、タイは戦後の冷戦の中でも、過去の植民地の遺産を活用しながら、同時に新たな外部の影響を受けて揺れ動いた他の国々とは違う国づくりをしてきたのでした。
具体的には、共産化したベトナムやカンボジア、軍事政権による独裁体制に苦しんだビルマ、そして強い指導者によって管理されながら民主主義国家として成長したマレーシアやインドネシア、さらにシンガポールなどとは全く異なった独立独歩の国づくりを、タイは進めてきたのです。

争乱の原因となっているタクシン派と反タクシン派の抗争は、既に8年に及んでいます。タクシン元首相は、19世紀に中国からタイへと移住した客家の流れを汲む華僑財閥の子孫。その本拠地は古都チェンマイです。
それに対して、その影響の希薄なバンコクを中心とした都市部の人々は、財閥パワーに支えられたタクシン政権に対して懐疑的で、彼らを支持母体とする勢力が 2006年に軍部とも連携してタクシン元首相を事実上のクーデターで追い落としたのです。これがタクシン派と反タクシン派の抗争を軸とした混乱の導火線となりました。

皮肉なことに、植民地からの自立を経験した地域は、その過程で欧米から様々な政治、そして経済的な枠組み、思想を習得します。典型的な例が、フランスから独立したベトナムです。ベトナムでは独立運動の中で欧米から共産主義を輸入し、その後アメリカに支援された独裁政権と国を二分して戦った混沌を通して、逆に強固な政治指導体制を構築してきました。
元植民地であった国々は、ベトナムの事例と同じではないものの、常に独立という国家の悲願を達成した指導者と、その対抗勢力との確執という図式の中で、次第に国の基盤が固まってきたのです。
タイには、そうした葛藤の歴史が希薄でした。それが皮肉にも投票ではなく、実力行使で政権を交代させようとする、現在の混乱の連鎖を産み出しているといっても過言ではないのです。

タイは立憲君主国で、国王は国民にとって特別な存在です。
王朝がずっと維持されてきたのも、東南アジアではタイただ一国です。究極の状況では、国王が調停にあたり、最終的な騒動が回避されることも充分に考えられます。しかし、以前国王が一歩政治に踏み込んだ影響でタクシン政権が崩壊したことは、今逆に国王を動きにくくしているかもしれません。

このように、タイのことを考えるときには、他の国に共通する近代国家という方程式をそのまま当てはめられません。イギリスの経済誌エコノミストのシンガポール総局に勤務する現地の知人が、以前タイのことを、あの国はなんとも特殊だからと言っていたことを思い出します。
タイをただ東南アジアの一つの国として、他と同様なビジネス文化をもつものと考えることには、多くの無理があると彼は強調しています。

こうした事情があればこそ、世界各国は今のタイの状況にただただ困惑したり、多少冷笑気味にそれを批評し、直接関与はしないのです。 
しかし、タイの人が、この混沌の中で海外からの投資が見送られることを懸念していないかといえば、それは違います。
同紙も、例えば Japan‘s financial and parts industries are concerned over Thailand‘s prolonged political protests, which could drag down investment,(日本の金融や部品メーカーがタイの長引く政治的抗争を懸念し、投資意欲を低下させる)と一面で報道し、問題提起をしています。

タイのことは、タイの国民しか解決できません。外圧に動きにくいタイ人独自の意識や行動様式が、そこにはあるのです。

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