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我々が見落としがちなアメリカの「実用主義」とは

President Donald J. Trump visits China | 2017

“I think China felt they were beaten so badly in the recent negotiation that they may as well wait around for the next election 2020 to see if they could get lucky & have a Democrat win-in which case they would continue to rip-off the USA for $500 Billion a year…”

「中国は今回の交渉でひどく打ちのめされたと思っているはずだ。彼らが辛抱強く2020年の選挙まで待って、運良く民主党が勝利すれば、彼らは我々から毎年5000億ドルかすめ取り続けられるというわけだ」
― ドナルド・トランプ氏 Twitterより

アメリカの対中外交に見る「実用主義」という意識

 アメリカが中国からの輸入品の関税を25%に引き上げました。今回は、アメリカの対中国外交での強硬姿勢について考えます。
 そもそも、なぜアメリカがそんなトランプ政権を生み出し、今なお強い支持率を保っているかについては、多くの人がコメントしています。
 そこで、今回は少々視点を変えて、アメリカ人の根本にある「意識」と「価値観」に光を当てながら、トランプ政権の政策を分析してみたいと思います。
 
 ポイントは、アメリカ人独特の pragmatism「実用主義」という意識です。私はアメリカが移民国家であることを頻繁に指摘します。移民の特徴は過去にこだわらず、未来と現実を生活的判断の基軸に置くことにあります。それは、彼らが新大陸で生活基盤を作る上で必要不可欠なことで、アメリカ独特の実用主義的な価値観を生み出しました。
 
 第二次世界大戦後、日本に膨大なアメリカ人が占領軍としてやってきた当時は、彼らの6割以上が移民の2世、3世の時代でした。我々は彼らを一つにしてアメリカ人と呼んでいましたが、そのルーツは様々だったのです。
 そんなアメリカに、新たな移民がアジアなどから殺到したのが70年代以降でした。彼らも元々のアメリカ人が培ってきた移民の精神を心の中で消化させながら、自らのライフスタイルをアメリカに同化させてゆきました。
 
 21世紀になり、アメリカは円熟します。すでに、アメリカのコアな価値観を培った人々から4世代、5世代、時には6世代以上を経た人々がアメリカ社会の中核を担うようになったのです。彼らは、すでに自らを移民の子孫とは意識しません。アメリカこそが自らのルーツであり、アメリカで培われた伝統や価値観を生まれながらのアイデンティティとして意識します。祖先にルーツのある実用主義を、裕福で円熟した社会の中で自らのものとして受け継いでいるのです。
 彼らは、現在外から入ってくる新たな移民を実用的な労働資源として意識します。円熟した社会を維持するために移民の労働資源を維持するべきだと考える人の多くは、トランプ政権の政策に反対します。対して、移民が自らの職を奪うものと錯誤している人々はトランプ政権を支持するのです。
 「錯誤」と書いたのには理由があります。アメリカの労働者を圧迫しているのは移民が仕事を奪うからではなく、アメリカ社会が豊かになり円熟し、国内で安くかつ良質な部品や製品を作れなくなっているからなのです。社会の基盤を作る労働者には移民の協力が必要不可欠であることと、職が奪われることは同質ではないのです。
 

建国当初の「政教分離」と矛盾する現在のアメリカ社会

 さて、ここでもう一つのアメリカ人の物の見方を考えます。
 イギリスの圧政から独立したアメリカは、その経験から独裁政治を極端に嫌います。同時に、建国当初から多くの移民が宗教的な迫害を逃れてアメリカに渡ってきた経緯から、彼らは政治が宗教や個人の価値観に介入することにも強いアレルギーを抱いています。ですから、アメリカは歴史的にも共産主義ファシズムなどと対抗し、そこから避難してくる人々の受け皿となっていたのです。
 
 しかし、ここで皮肉なことが起こります。
 宗教の自由を求めてアメリカに渡ってきた人々は、新天地で自らの宗教的信念を貫こうとする人々でした。彼らは入植した地域ごとにコミュニティを形成し、強い宗教的絆の中で社会を成長させたのです。政治介入を嫌う人々は自治を重んじ、彼らはコミュニティごとに政治的な判断を行い、それが成長するに従って、アメリカ社会全体に影響を与えるようになったのです。その代表が、最近よくコメントされる、福音派と呼ばれるプロテスタント系保守派の人々です。
 宗教と政治との分離によって信教の自由を望んできた人々の社会が成長し、自らの宗教的理念をもって政治を左右させるようになったわけです。これはアメリカ社会の大きな矛盾です。そして、彼らこそがトランプ政権の支持母体となったのです。そんな保守派の人々に対して、政教分離と、それが守られないことによって懸念される個人の価値観への政治介入を怖れる人々との意識の対立が、アメリカ社会の分断を生み出したのです。
 
 そもそも、福音派に代表される古いプロテスタント系の移民社会を尊重する人々から見れば、社会が分断されているとは意識しません。自らが作ったアメリカの理念を守り、成長させようと思っているに過ぎないのです。しかし、他の人々は、その考え方こそが政教分離を脅かし、個人に他者の宗教的価値観を押し付けるものであると感じます。
 そこで福音派に代表される人々は、自らへの反論をかわすために、イスラム教徒やアジアからの移民といった非キリスト教徒、さらには伝統的にプロテスタントと対立するカトリック系の人々の多いメキシコなどの影響から自らを守るべきであると主張し、彼らをスケープゴートにするのです。
 

Donald Trump and Shinzō Abe in the Oval Office at the White House | June 7, 2018.

トランプ流の「実用主義」政策と向き合う日本の外交

 とはいえ、アメリカは無数のグローバル企業が成長している社会です。企業には世界中から様々な価値観を持った人々が集まり、アメリカ経済の成長に貢献しています。そうした多様な社会で育った人々は、当然のことながら、従来のプロテスタント系移民社会がもたらす軋轢に脅威を感じているわけです。
 そこでトランプ政権は、閉鎖的な保守層以外の人々からの支持を拡大させ、移民が仕事を奪っているのではないと分析している人々を納得させるために、アメリカへの輸出大国・中国との貿易摩擦を強調し、強硬姿勢を貫きます。
 同時に、福音派に代表される人々の支持を維持するために、福音派の人々が融和政策をとるイスラエルを支持し、メキシコなどカトリック系の国家からの移民を規制します。加えて、イスラム教国家の中でもアメリカと強く対立してきたイランへの強硬な姿勢を貫くのです。
 
 この二つの政策は一見、無関係に思えます。しかし、アメリカの広範な人々の支持を得て再選を確実なものにするためには大切な政策の両輪なのです。これが、アメリカの pragmatism「実用主義」に支えられたトランプ流の政策なのです。例えば、サウジアラビアとイランとでは宗派の違いはあっても、アメリカにとってはどちらもイスラム教国家であることに変わりはありません。しかし、サウジアラビアと軍事的、政治的に繋がり、中東の利権を維持していた方が、アメリカにとって理に適っているのです。
 
 日本が外交政策で注意しなければならないのも、この「実用主義」です。現在と未来に変化の兆しがあれば、右が左になり上が下になっても、彼らは罪悪感なくそれを外交政策に反映させます。自らのスタンスを変化させることへの罪の意識は希薄です。特に、プロテスタント系アメリカ人保守層に支えられているトランプ政権は、アメリカ第一主義を貫きます。であれば、この実用主義に則った政策を維持する傾向は、過去のどの政権よりも強いはずです。
 アメリカ人の中にある伝統的な「実用主義」。これとポピュリズムとが結びついて世界を翻弄しているのが、現在の国際情勢なのです。
 

* * *

『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

異文化対立への模索にゆれるアメリカ社会

“Inclusive leadership is a process of bridge-building. It involves careful listening, outreach to people with different perspectives, and persistent, stubborn efforts to find common ground.”

(インクルーシブ・リーダーシップとは、人々に橋をかけるプロセスのことだ。それは、異なるものの見方に対して粘り強く、かつ諦めずに耳を傾け、その人たちの言葉をしっかりと聴きながら語りかけ、共通項を見出すための努力を意味している。)
― Ernest Gundling・Aperian Global から

人々の語りから聞こえる閉鎖的なアメリカの軋み

 アメリカに到着した二日後、アメリカの真ん中にあるオクラホマのイラン系のレストランで、仕事相手の一家と夕食を共にしました。
 彼はアメリカ中西部で、留学生に向けた英語学校を9校運営する事業家です。出身はイラン。若い頃に祖国の混乱に追われてアメリカに移住してきた彼は、自らの経験から子供の頃に多言語に接することがいかに人の頭脳に良い影響を与えるか話してくれます。

「今、トランプのために留学生にビザがおりにくくなっているね。だから国内での多言語教育に力を入れなければならないんだよ」

 彼はそう語ります。確かに、留学生に関係する教育機関は、どこもトランプ政権の閉鎖的な政策の影響が自らに及ぶことを懸念しています。

 
 次の日の夕方、3時間のフライトの後、ロサンゼルスに着きました。ロサンゼルスの西、太平洋に面したサンタモニカにあるビーチクラブには富裕層が集まり、夕食を楽しんでいます。

「おい。俺たちの中ですら、トランプを支持している奴がいるそうだ。大きい声では言えないけど。あいつもしかすると再選されるかも」

「そんなことがあったら、俺はカナダ人になるよ。この国に未練はないさ」

「それよりお前の持っているメキシコの別荘、どうするんだよ。メキシコとの国境がいよいよ閉鎖されるかもしれないって言っているよ。週末向こうで遊んでると、帰れなくなるぞ。気をつけろよ」

「かまわんさ。やれるものならやってみろ」

目指すべきは異なる宗教や人種、価値観の融和

 さらに次の夜、サンタモニカの別のレストランで、シアトルから出張してきている会社の社長と夕食を共にしました。最後にコーヒーを飲みながら、彼は自分の身の上についてぼそぼそと語り始めました。

「俺はなあ。11歳のとき、エリトリアからスーダンまで11日間歩いて亡命したんだよ。エリトリアって知っているかい?」

「ああ、エチオピアの北にある小さな国だね。その頃何があったんだい」

「エリトリアは当時エチオピア領だった。そして独立運動が起きたとき、運動を起こした青少年に対して凄惨な虐殺があったんだ。子供にも容赦なかった。だから父親は俺を守るために、エリトリアからスーダンに密かに亡命させたのさ」

「なるほど。それからサウジアラビア経由でアメリカに移住してきたわけだね」

「そうだよ。ところで、日本ではニュージーランドでおきた惨劇はどう報道されている?」

「一応、ショッキングな事件なので報道はされているけど、日本は平和だよ。大きなリアクションがあるわけではない。君の住むシアトルではどうなんだい」

「シアトルでは皆がモスクに集まった。それもムスリムだけじゃない。キリスト教徒もユダヤ教徒も、様々な心ある人がね。そして、人種や宗教による対立をなくそうと話し合ったよ。この動き、アメリカの各地で起きてね。一つのムーブメントになっている。俺もムスリムだから、ニュージーランドのことは人ごとじゃない。この動きをしっかり支援しているよ」

「そうか。今度シアトルに行ったら、一緒に連れて行ってくれよ」

 翌日のこと、同じ会社のオーナー夫婦に誘われました。彼らは悠々自適な生活を楽しむ70代後半の夫婦です。

「ヨウジ。お前マリファナショップに行ったことがあるかい」

「ないよ。いきなりなんだい。確かカリフォルニアでは合法になったとは聞いているけど」

「面白いよ。身分証明書を提示して、20歳以上であることを証明すれば誰でも入れる」

「なるほど。でも連邦政府は違法だって言っているだろ」

「そうだ。でも州は認めている。皆で合法にするか否かの投票をしたからね」

カリフォルニア州で合法で、連邦政府で違法だとは奇妙だね」

「まあ、その奇妙なところがアメリカさ。だからトランプがいても、ここではしっかり移民が働いている」

 彼に連れられてマリファナを購入する店を見学してみると、店内は思いの外モダンで、アップルストアか何かのようでした。様々な商品があり、店員が説明をします。

「あそこにATMがあるね」

 私はオーナー夫婦に質問します。

「デビットカードかキャッシュでしか購入できないからね。連邦政府と対立しているから、銀行が支援しないんだよ。だから常にキャッシュ商売というわけだ。でも、このビジネスに将来性があるからと投資する金持ちは多いんだよ」

 もちろん、私は日本で違法なマリファナを買えません。その後、夫婦に連れられて映画を見た後、夜遅くまで世界情勢など様々な話題について語り合いました。

多様性が広がる世界、そして日本に求められるものは

 それから二日経った夜。私はサンフランシスコ郊外の海辺のレストランにいました。古い友人との夕食です。彼は、国際企業でのリーダーシップやコミュニケーションに関するコンサルティング会社を経営しています。

「最近どうだい」

「会社の人事部門から、いかに社員間の対立をコントロールすればいいか相談がひっきりなしだよ」

「いざこざって?」

「考えてもみな。アメリカの会社では多様な背景を持った人が働いている。考え方も様々なんだよ。そこにトランプ政権ができて、移民政策をコントロールし始めた。職場でいきなりトランプを支持する野球帽をかぶったクレイジーな奴が立ち上がって、他の人たちを非難しかねないだろ。そうしたことを防ぐにはどんな研修が必要かっていうことさ」

「そうか。オクラホマで打ち合わせをした奴も、サンタモニカで出会った社長も皆中東からの移民だった。彼らも苦労しているようだよ。でも、カリフォルニアはマリファナを合法化するぐらいだから、まだリベラルな人々の聖域じゃないのかな」

「そんなことはないよ。ここだってどうなるかわからない。大切なのは inclusive leadership(インクルーシブ・リーダーシップ)を誰がとれるか、ということだね。つまり、人々の違いを受け入れながら、それをまとめてゆく力をリーダーが持たなければ、これからの組織での前向きなチームワークは難しくなる」

「なるほど。異文化でのコミュニケーションをさらに掘り下げているわけだ」

「ああそうさ。すでに多様性にさらされている世界企業で働く人々が、政治や一部のポピュリズムによって分断されてはまずいからね」

 
 多くの人が、今の世界の状況を憂いています。しかも、アメリカではそれが自分自身の仕事や生活と深く関わっていることが、こうした会話から理解できます。さて、日本人はこうした会話に接して何を感じ、どう思いを馳せるのでしょうか。
 

* * *

『アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。
本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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欧米を蝕むアイデンティティ・クライシスの背景にある2000年の矛盾とは

“President Trump closed out an us-against-them midterm election campaign that was built on dark themes of fear, nationalism and racial animosity—.”

(トランプ大統領は中間選挙での「こちら側と向こう側」というキャンペーンを終え、恐怖とナショナリズム、そして人種間の対立という暗黒の課題を投げかけた。)
New York Timesより(一部編集)

欧米に影を落とす思想の対立と不信感

今回のアメリカの中間選挙の結果、下院で民主党が過半を制したことは、過去にないほど世界で大きく報道されました。
ただ、大統領の所属する政党が議会の多数派となれなかった事例は、今に始まったことではないことは、既に多くのマスコミによって解説されています。
実際、大統領は外交や軍事に関しては強い権限があるものの、内政については下院との妥協がどうしても必要になります。
そうした政治上のメカニズムは他社の報道に任せるとして、今回取り上げたいのは、なぜ、ここまで中間選挙が注目されたかというテーマです。
 
その背景には、現在アメリカをはじめ欧米でおきている、人々の間での思想信条の強い対立と、お互いに対する根深い不信感があることは言うまでもありません。その不信感が過去にないほど鮮明になっていることが、人々の危機感を煽り、マスコミも注目したのです。その象徴的な行事が、今回の中間選挙だったわけです。
歴史的にいえば、人々は富の配分によって異なる思想信条を抱きました。富める者と貧困に喘ぐ人々との間の対立が、政治にも大きな影響を与えてきたのです。それに加えて、宗教観の違い、人種間の対立などで政治が左右されてきたことも事実です。
しかし、現在は必ずしもそれだけが要因ではなくなっています。同じ中産階級で宗教的にも似通った背景をもっている人々が、思想信条において大きく対立しつつあるのです。

欧米社会の二大源流:ヘブライズムとヘレニズム

では、どうして、そこまで人々が対立するようになったのでしょうか。
実は、この対立を理解するためには、欧米社会に脈々と受け継がれてきた、二つの概念に目を向けなければなりません。
それは、ヘブライズムヘレニズムという概念です。

ヘブライズムとは、一神教の神を信仰していたユダヤ教にその起源があります。絶対神であるヤハウェを信仰するユダヤ教が儀式や儀礼によって形骸化したと批判し、世界宗教にまで発展したのがキリスト教です。従って、キリスト教には脈々とヘブライズムの伝統が流れているわけです。

次にヘレニズムです。この起源はギリシャです。あのソクラテスやプラトンをはじめ、多くの哲学者や科学者を輩出したギリシャで生まれた論理的な発想法、思考法はその後ローマ帝国に受け継がれ、西欧社会に共通する国際的な概念へと成長しました。それがヘレニズム的な発想法です。

キリスト教は、イエス・キリストによってその教えが説かれた時代には、いわば一つの神を絶対的な拠り所とする宗教で、その信仰のあり方に哲学的な発想はありませんでした。
しかし、そんなキリスト教がローマ社会に浸透し、やがてローマ帝国の国教になるに至り、宗教と政治とを一体化させなければならなくなりました。そのために、その宗教的な背景を論理的に、哲学的に理論武装する必要性に迫られたのです。ここに、宗教的発想としてのヘブライズムと、論理的発想としてのヘレニズムとが融合し、キリスト教社会の道徳、哲学、そして文化が育まれたのです。

宗教と科学の対立に揺らぐアイデンティティ

それから、おおよそ1600年の年月が経ちました。そして、20世紀になって人類の科学技術は大きく進化しました。そんな科学技術の進化の背景には、物事を科学的に発想し、分析するというヘレニズム的な行動様式が大きな影響を与えてきたのです。それが、欧米流のロジックや理性の背骨として、科学技術の進化を支えたのです。
ところが、科学技術が進化することで、人々は過去に抱いていたものと異なる死生観を抱くようになりました。中世では、ほとんどの人々が、死後に生前の行動と信仰によって神に裁かれるものと、本気で畏れていました。科学技術の進歩で、こうした信仰は迷信として退けられるようになりました。また、医学の進歩によって、人々を見舞う病苦にも科学的な分析と治癒への道が開かれました。こうして、宗教と科学との対立が始まります。西欧社会で数百年の年月を経て、ヘブライズムとヘレニズムとが少しずつ分離し始めたのです。
 
しかし、この「分離現象」は、それまで神と生活、そして政治とを融合させてきた多くの人々に、強いアイデンティティ・クライシスを育んだことは言うまでもありません。
また、ヘレニズムとヘブライズムとが分離し始めた後も、科学の道を歩む現代人の心の奥底には、ヘブライズム的な道徳観や善悪に関する基準は残りました。この基準を強く意識するとき、人々は合理的な発想に懐疑心を抱きます。そして、そんな意識を心に抱きながらも、よりグローバルに物事を考え、現代の科学による理性を重視しようと思う時、人々はヘレニズム的発想をもってヘブライズムのエキスを希薄化します。この懐疑心と希薄化の揺れが、意識のギャップとなって、現在の欧米社会を揺り動かしているのです。

ヘブライズムからみえる対立、不信、排除

さて、とはいえ、欧米の人々は、例え現代社会においても、おしなべてヘブライズムの影響を受け継いでいます。先に解説した通り、ヘブライズムの原点は一つの神への絶対的な信仰にあります。すなわち、神を信じる者は「善」、神をないがしろにする者は「悪」という二元論が、長年にわたって人々の心に植えつけられてきたのです。白か黒か、つまりグレー(灰色)を排除する心理、そして意識を、欧米の人々は心の奥底に抱き続けてきたのです。
これによって、ヘブライズムが希薄化した人々は、現代社会に懐疑心を抱いている人々を「悪」ととらえます。当然、懐疑派も希薄派を「悪」と捉えるのです。ここにお互いに対する根深い不信感と排除の意識が生まれました。
ちなみに、イスラム教も一神教であると共に、その原点はユダヤ教にもつながります。すなわち、イスラム教もヘブライズム的発想による宗教なのです。
 
現代社会を蝕む二分化された政治、思想、信条の深いギャップとそれに基づく不信感。
そこには、欧米で2000年にわたって育まれた、この二つの意識のアンバランスがあるのです。
 

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『外国人によく聞かれる日本の宗教 (Japanese Religion)』ジェームス・M・バーダマン (著)、澤田組 (訳)外国人によく聞かれる日本の宗教』ジェームス・M・バーダマン (著)、澤田組 (訳)
神道と仏教の違いはなんですか?
日本人には信仰心があるのですか?
日本の宗教に関するあらゆる事柄を、シンプルに、明瞭に、解説します。
観光で来日した人たちは、目にしたものがなんであるのか、どんな意味があるのか、好奇心でいっぱいです。本書では、そんな外国人たちが不思議に思う「鳥居」や「狛犬」といった造形物から、宗教とのつながりの深い観光スポットまで、幅広く取り上げています。日本人にとっては当たり前すぎて、つい見過ごしてしまいがちな事柄も、改めてその意味を知ると「なるほど」と目からウロコが落ちるかもしれません。

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中間選挙を前に分断されるアメリカ社会

“As President Trump and his allies have waged a fear-based campaign to drive Republican voters to the polls, far right communities have parsed his statements. Looking for hints of their influence.”

トランプ大統領が、共和党への投票につなげるために恐怖心を煽るキャンペーンを進めてゆくなか、極右のコミュニティは大統領の発言をいかに利用して自らの影響力へつなげようかと策を練っている。
(New York Timesより)

中間選挙を直前に控えたアメリカ。その状況を理解するために、ここに一つの議論のサンプルを紹介します。
 
まず、一人の人が発言をはじめます。
彼の名前はロバート。彼はトランプ大統領を支持する典型的な人物です。年齢は50代になったばかりの男性で、元工場労働者。妻は地元の会計事務所で長年、会計士のアシスタントとして働いてきました。二人が住んでいるのは、アメリカの中央部にあるミズーリ州のとある小さな町です。

「我々は、週末には教会に集まり、家族を大切にし、勤勉に働く。この教会に集まるのはみんな、そんな仲間だよ。そんな伝統が崩れてゆく。外国から文化も価値も共有できないような連中がきて、我々の生活の中に入り込んでくる。私に言わせれば、今そうした連中によって、我々が培ってきたアメリカ社会が蝕まれているように思えてならないんだよ」

 
この発言に対して、一人の女性が反論します。彼女はシェイリーという名前で、サンフランシスコに住み、現地の大学の図書館に勤務。夫はシリコンバレーのハイテクベンチャーで、マネージャーとして勤務しています。

「あなた方だって、移民の子孫じゃなかったんですか?アメリカは多様な移民が集まることで、知恵も集まり、アメリカならではの平等な価値観が育まれているんですよ。それを閉ざしてしまえば、アメリカはアメリカじゃなくなるし、何をいっても今まで何年もかかって培われてきた、人権や自由を尊重する社会が壊されてしまうと思うんですが」

 
ロバートは、彼女のこの発言に即座に反論します。

「それじゃあ、我々の生活はどうなんだい。私が勤めていた工場は、海外の安い労働力に押されて閉鎖されてしまった。自分たちの生活を守ろうと思っても無理だよ、これでは。しかもそんな国からの移民まで受け入れるって、どういうことだい。我々は自分たちの地域社会を守りたいんだよ」

 

「今、サンフランシスコをみればわかるけど、ここには世界中の人が集まっている。そして、実際に世界中の経済は繋がっているんですよ。あなたの工場が閉鎖されたのは気の毒だけど、資本主義の世の中は、知恵や工夫のある企業が勝ち抜いてゆくのは当たり前のことでしょ。今、アップルグーグルといった世界を牽引している企業は、そんなアメリカ社会で成長した企業なのです。しかも、そこには世界中から優秀な人が集まってくる。肌の色も、宗教も、そして風俗習慣も異なる人々が集まって、我々と一緒になって世界中で販売できる競争力のある商品を作ろうとしている。そのためにも、世界に開かれた社会こそが、これから必要とされているんじゃないんですか」

 
ロバートは、シェイリーの一言一言が気に入らないようです。

「うんざりだよ。グーグルにしろ、アップルにしろ、もっとアメリカ人を雇用するべきだよ。そして、アメリカの企業から部品を買うべきだ。国家が自分の国の利益を考えて、何がいけないんだろう。海外のものには関税をかけ、自分の国の産業を守ろうとするのは当然じゃないか。今の大企業には、そうしたモラルはまったくないよ。アメリカを第一に考えてこそ、我々の生活が守られるはずだと思わないのかい。愛国心がないんだね。君たちには、あの伝統的なキリスト教徒としての家族意識やコミュニティ意識が欠如しているんだよ。それは、あの耳にタコができるほど聞き飽きた、グローバルというまやかしの言葉を使い続ける大企業の連中にもいえることだ。アメリカは元々、偉大な国家だった。でも、君たちによって汚された。アメリカは世界一の超大国だよ。それは、我々のようにアメリカ人としての伝統を守ってきた仲間が創ってきた国なのさ」

 

「一体いつの時代のことを言っているんですか。例えば、アメリカだけで、全ての部品が賄えて、衣食住に必要なものが調達できるとでも思っているのですか。アメリカが他国に関税をかければ、それはあなたが買い物をするときの物価に跳ね返ってくる。それって単純な論理じゃないですか」

 
ロバートは、彼女の話を途中で止めます。

「まてよ。我々だって、世界のどこの連中より素晴らしいものを作れるよ。中国でも日本でも、自分たちだけに都合のいい規制に守られて、安い物をこちらに送り込んでくる。アメリカ人は寛容だったのさ。お人好しといってもいいほどにね。メキシコなんて、自分の国の国民を食べさせてゆけない責任を、こちらに負わせているじゃないか。こんなことをしていたから、あのイスラム教徒の悪魔たちが、セプテンバー11のようなことまで起こしてしまった。我々アメリカ人は、そんな外国の影響から独立して、実直で誠実な暮らしに戻るべきだ。昔のように勤勉に働いて、しっかりと我々のために我々でものを作るんだ」

 
シェイリーはうんざりしたような顔をして、ロバートの話を遮ります。

「あなたが移民を排斥して、アメリカが閉ざされた国家になれば、それこそ、アメリカは偉大ではなくなるのよ。寛容の精神もなく、昔のように他所からきた人を差別する社会に逆戻りすれば、アメリカ社会そのものが萎縮して、経済的にも貧困になるはず。しかも、キリスト教徒の伝統っていうけど、信教の自由は社会の基本ですよ。あなた方だって、祖先はプロテスタントとし迫害を受け、宗教の自由を求めて、アメリカにやってきたのでしょ。そのことをお忘れなの?」

 
今、アメリカはこの二人のように、全く相容れない立場と考え方に分断されているのです。それは、過去にはなかったような敵愾心までお互いに対して抱いています。
150年以上前に、アメリカは南北に分断され南北戦争を戦いました。今は、そうした境界線が人々の心の中に築かれて、新たな分断を生み出しています。
人々が最も危機感を抱いているのは、トランプ大統領を支持する人と、そうでない人との間に、こうした全く妥協を許さない分断が起きていることなのです。
 

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アメリカ人と文化の壁を超えてビジネスをするために!

『トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)
国家・民族・言語・宗教の境界を超えてアメリカ人と対等にわたりあう、80の絶対法則!
欧米をはじめ、日本・中国・インドの大手グローバル会社で100社4500人の異文化摩擦を解決してきたカリスマコンサルタントである山久瀬 洋二氏が、トランスナショナルなアメリカ人を正しく理解し、対等にビジネスするための奥義を、豊富な事例と図解でわかりやすく説明します。英語よりも、MBAよりも、もっとずっと大切なものがここにあります。

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「核」の時代の再来への一歩となる中間選挙前の大統領の意思表示

“President Donald Trump announced Saturday that the US is pulling out of the landmark Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty with Russia, a decades-old agreement that has drawn the ire of the President.”

トランプ大統領は、土曜日にアメリカはロシアとの歴史的な中距離核戦力全廃条約から離脱すると発表。長年にわたる取り決めが、大統領の憤りの前で崩壊しつつある。
(CNNより)

アメリカのトランプ大統領が、アメリカが旧ソ連と締結した中距離核戦力全廃条約を破棄する意向があると発表したことが、世界中に衝撃を与えています。
 
この条約が締結されたのは、1987年のことでした。
当時のアメリカの大統領はロナルド・レーガン、ソ連はミカエル・ゴルバチョフが舵をとっていました。
この条約は、ソ連の最末期に締結されました。それは、冷戦を終結させ、疲弊した経済の立て直しを目論むソ連と、ベトナム戦争以後のデタントと呼ばれた米ソの緊張緩和の目に見える成果を欲していたアメリカとが合意した、歴史的な条約です。
その後ソ連が消滅し、ソ連時代の外交上の取り決めを継承したのがロシアであったため、現在では、この条約がアメリカとロシアとの間の条約として効力を有しているのです。
 

ロシア・中国の脅威とアメリカの焦燥

今回のアメリカの発表の背景には、この15年間でロシアがソ連終焉後の混乱を収拾し、強国として復活していることがあるはずです。しかし、それ以上に、当時は予測不可能だった速度で中国が成長し、軍事大国としてアメリカに脅威を与えていることが指摘されます。冷戦時代の条約に縛られているアメリカが、思うように軍拡の道を進めず、その合間に中国が伸長してきたことへの焦りがあるのです。
ということは、この条約破棄の意向表明は、中国の隣国である日本にも微妙な影を落とすことになるはずです。
 
トランプ大統領は、ロシアが過去にこの条約に違反してきたことを強調しています。特に2008年以降、ロシアはこの条約に対して真摯ではないと、アメリカのみならず、アメリカとヨーロッパ諸国との軍事同盟であるNATOの幹部も指摘していました。トランプ大統領はそうした背景をもって、ロシアへの強い意志を表明したことになります。
 

冷戦の基軸から「自国第一主義」へ

さて、我々はこの問題を、どういった視点で分析したらよいのでしょうか。
背景は複雑です。まず、現在の世界の指導者の多くが、いまだに冷戦時代の記憶に縛られていることを強調します。冷戦時代、世界の国々はアメリカとソ連との2つの超大国を基軸に、どちらの陣営に加わるか、緊張と緊張緩和の動きの中でどのように外交の舵取りをするか、という基準で動いていました。しかし、ソ連が消滅した直後から、その常識と基準が崩壊したのです。
 
レーガン元大統領とゴルバチョフ大統領(当時)が条約にサインをし、握手をして間も無く、ソ連が崩壊しただけではなく、中東では湾岸戦争が起こり、冷戦の基軸を失った世界は混乱に見舞われました。極東では日本のバブル経済が崩壊し、中国が成長しました。世界の国々が直面したのは、2つの「極」を見つめる外交から、多方面のパワーバランスを同時に把握しなければならない外交方針への転換の必要性だったのです。
 
その結果、多くの国では、指導者の発想が内向きに傾斜しました。ロシアはプーチン大統領の下で、ソ連時代のパワーをもう一度とばかり、強いロシアの復活が叫ばれました。その結果、ロシアは国内の民族運動を武力で弾圧し、ウクライナからクリミア半島を奪取し、その過程で新たな軍備拡張を強行したのです。それが、トランプ政権やNATOが指摘する条約違反の嫌疑へと繋がったのです。
 

「国内の目=世論」に目を光らせる指導者たち

一方のアメリカも、対共産主義の旗印のもとに同盟国を糾合する求心力を失っていました。中東が不安定になり、一時は東ヨーロッパにも戦火が拡大しました。そして新たに台頭してきた中国も、急成長による貧富の格差など国内の不安定要因を払拭し、政権を安定させようとします。そのために、時には強い外交政策によって国民への支持を取り付けなければなりません。
2000年代には、尖閣諸島の問題などによる反日活動が加速し、その後は少数民族への弾圧や南シナ海への武力進出など、ロシアとも類似した政策が目立つようになったのです。
 
そして、この内向きの動きがアメリカにも影響を与えます。今までの「世界のためのアメリカ」という発想から、「まずはアメリカの利益を」という国民の意識を支持へと繋げたトランプ政権が誕生したのです。
こうした動きの延長に、今回のトランプ大統領による中距離核戦力全廃条約の破棄への意向表明があったのです。
 
現在、世界の指導者の多くが、過去にはないほどに、世論への支持に神経を尖らせています。それは一見、民主主義の原則が浸透したかのようにみえるかもしれません。しかし、皮肉なことに、冷戦時代には冷戦が熱い戦争にならないための抑制が働いていました。第二次世界大戦の記憶がまだ新しかった時代だけに、双方の指導者の間に無言の圧力としての重しがあったのです。
冷戦の崩壊は、第二次世界大戦の記憶の希薄化に直結しました。それに、インターネットの普及による情報社会の到来が拍車をかけ、指導者はより「国内の目」を気にし、同時にインターネットを逆手にとって「国内の目」を操作するようになったのです。
 

条約の破棄、そのとき日本は

中間選挙目前のトランプ大統領の今回の発表により、この条約が実際に破棄されたとき、アメリカの世論はトランプ政権にどのような意思を表明するのでしょうか。
そして、被爆国日本の指導者は、冷戦時代の常識に従ったアメリカのみを見つめた政策を維持しながら、今回の発表を黙視するだけなのでしょうか。
冷戦終結から30年近くを経た現在、新たな世界の「安定」がどのような指導者の理想によってもたらされるのでしょうか。
今回のトランプ大統領の発表は、混沌とした現在を象徴するようなニュースであるといえましょう。
 

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