【海外ニュース】
Anger mounts in Congress over US telephone surveillance programmes
(The Guardian より)アメリカの電話監視システムをめぐって議会は怒りにゆれる
【ニュース解説】
「あなたも、あなたの会計士も、大統領でも、誰でも諜報できますよ」
この一言で、先週、いきなり香港から世界に緊張がはしりました。
Edward Snowden というアメリカ人の若者が、香港の高級ホテルからイギリスの新聞 Guardian に向け、アメリカの諜報機関の個人情報へのアクセスプログラムの存在を暴露したのです。その時点で、彼の部屋のドアには盗聴や自身の安全への配慮から枕カバーが押し付けられ、食事もルームサービスだけでした。
Snowden が暴露したのは PRISM と呼ばれる NSA の傍受システムです。
アメリカの諜報機関 intelligence organization といえば CIA が有名。しかし、軍事機密も含めた通信ネットワークの傍受を行うアメリカ国家安全保証局 National Security Agency、通常 NSA と呼ばれる組織は、存在は公になっていても、その活動の詳細を知る人は殆どいません。NSA はアメリカ国防省の諜報機関です。諜報の対象は基本的には、海外の軍事テロ組織や関連する個人です。
欧米の報道では、Snowden は高校を中退したあと、イラク戦争に参加しようと、米軍に入隊を希望しますが怪我で断念。その後なぜか CIA で情報セキュリティの仕事につき日本にも赴任していました。その後 NSA に関連する企業の社員として、年俸約 2000万円で契約し、NSA のコントラクターとなったのです。
2001年、同時多発テロの発生後、アメリカはテロ攻撃への諜報活動を強化します。その結果、対テロ防止策による監視活動 surveillance の矛先はアメリカ国民のプライバシーにも向けられはじめたのではと懸念されていました。
実際、犯罪捜査などを除いた公権力の国民のプライバシーへの侵害は、合衆国憲法で禁止されています。しかし、NSAは 2007年から機密 clandestine のプログラムを始動し、個人の通信履歴やネットでの活動などへの諜報活動を始めます。その活動名が PRISM だったのです。
ハワイで NSA のコントラクターを解雇され、ガールフレンドとも訣別して香港に飛んだ Snowden は、イギリスのメディアに実名、顔写真付きの動画で、PRISM がいかにアメリカ国民のプライバシーを侵害しているかを暴露したのです。命がけの行動です。
驚いた国家情報長官の James Clapper は、議会などでこの活動は海外に向けられたものだと強調し、国民は標的になっていないと改めて表明。Snowden の暴露内容を否定します。
しかし、その波紋はアメリカから世界へと広がります。最初に飛び火した先はイギリスでした。イギリス政府が、アメリカの諜報機関からイギリス国民の個人情報を入手して、イギリス国内の対テロ対策に活用していたのではという疑惑が浮上したのです。
今度は、イギリスのヘイグ外相が、議会でその火消しにおわれました。
また、香港政府は香港政府で困惑の極みです。中国の主権下にあるとはいえ、一国二制度のなか、香港政府とアメリカ合衆国には、an extradition treaty、つまり犯罪人引き渡し条約があるのですが、今回のケースは政治亡命にあたるのではという見方から、引き渡しに慎重な声も多いのです。
もちろんその背景には、中国の思惑と懸念も存在します。実は、香港は日本の米軍基地とともに、アメリカの諜報活動にとって大切な拠点の一つ。この地域から中国、北朝鮮への様々な作戦が展開されているだけに、Snowden の次の手が何か、あらゆる関係者がびくびくしながら見守っているのです。
木曜日になって、さっそく中国側からアメリカに、NSA などが香港と中国本土で 6万1000件におよぶ個人や団体にハッキング活動をしているとアメリカへ強い牽制球が投げられました。Snowden と中国当局とのコンタクトの是非が気になります。今やハッキング活動が世界規模で暴露される脅威をアメリカ側は抱いているはずです。
そもそも高校中退の 29歳の青年がどこまで、そしてどれほどの情報を握っているのかを把握できないことが問題です。しかも、NSA に関わっているとしても、何故彼がそうしたアクセスを得たのかわかりません。明らかに Snowden は、自らの命の危険を知っていながら、敢えて暴露に踏み切りました。その行為は正義感によるのか、他の意図があるのか、実態をアメリカなどの関係者が掴めないことが、最も深刻な問題なのです。
さらに特に問題となったのが、アメリカ政府が、Verizon などの電信電話会社、加えてグーグルなどの大手ネット会社などから情報提供を受け、そこから個人情報を収集し分析していたのではないかという疑惑です。
企業側は即座にそれを否定。しかし、国家は私企業に対して、税務監査、雇用機会均等法関連の監査などの名目で、いくらでも圧力をかけることが可能です。これは個人に対しても同様です。今回 PRISM の発動により、政府から私企業やそこに関わる個人にどのようなアプローチがあり、各社がどう対応したのかは、闇の中なのです。
実は、この事件はオバマ政権最大の危機への導火線となる可能性がでてきています。一青年の暴露によって、James Clapper 国家情報長官など、諜報機関の中枢には、ブッシュ政権以来のベテランが組織を動かしており、リベラルだとみなされたオバマ政権が、その方針を追従していたことが再確認されました。
特にキューバにあるアメリカの租借地グアンダナモに収容されているイラン、アフガニスタン系の捕虜への不当な扱いなど、ブッシュ政権以来の対テロ対策を理由にした強硬姿勢を追従せざるを得なかった現政権の矛盾と悩みが、今回の事件で更に露呈したことになるのです。
対テロ対策での個人情報への調査については、多くのアメリカ人もその必要性を認め、かつオバマ大統領自身も PRISM は個人の権利を侵害しないと明言しました。しかし、諜報システムは、それ自体が肥大化したモンスターであり、このモンスターが一人歩きし、国家が管理されるという恐怖は SF 物語の中のことではないのです。
ハードとしての国家のシステムをいかに監視し、法律と市民やマスコミによる監視というソフトによって、いかに緊張関係を保ってゆくかは、今世界で最も問われる課題の一つです。
そして、Snowden の問題が、日本にもどのような影響を与えているのか。これも注視したい課題です。何故かマスコミも含め、初動の報道姿勢が海外と比べれば珍しく消極的でした。その背景は何でしょうか。
Snowden はアイスランドへの亡命を希望していました。とはいえ、香港からの出国は彼にとって相当のリスクとなるでしょう。13日現在、彼は再び行方をくらましています。彼が次に暴露するのは外交情報か、それとも、さらなる国家による個人の権利の侵害についての情報か。それは誰もわかりません。
彼を国家の犯罪を暴く英雄とみなすか、国の情報を売る犯罪者とみなすか。世論は二つに別れているのです。