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国際問題の最大のリスク「見えない国境とは」

【海外ニュース】

2 Israeli Soldiers Killed in Missile Attack Along Lebanese Border
(ニューヨークタイムズより)

レバノンとの国境沿いでのミサイル攻撃に遭い、イスラエル兵二人が死亡

【ニュース解説】

日本人を対象にした人質事件などによって、通称イスラム国の状況が日本でもクローズアップされました。
今世界でおきているこれら様々な事件を理解するノウハウについて、ここで解説してみましょう。
アラブ情勢、そしてウクライナ情勢などの複雑な国際情勢を考えるとき、我々は一つの固定概念を捨てなければならないことを、今痛感しています。
世界情勢を考えるとき、我々はともすると、現在の国境とそこにある国家に目がいって、国と国との対立項を意識します。
でも、それは島国である日本人が陥りがちな大きな誤解なのです。

わかり易い例をお話ししましょう。
アメリカに居住するネイティブ・アメリカン(日本では今でもアメリカン・インディアンと呼ぶ人が多いかもしれません)というと、多くの人は鳥の羽を頭に飾り、西部の荒野で生活する人々をステレオタイプにイメージします。
しかし、ネイティブ・アメリカン Native American には無数の部族があり、彼らはニューヨークなど東海岸も含め、全米で生活していました。風俗習慣も多様で、農耕民族も狩猟民族もいて、時にはお互いに対立もしていました。
その対立を、新たに移住して国家を造ったアメリカが利用したこともあれば、迫害 oppress したこともあり、様々な経緯で現在のアメリカ社会の中でのネイティブ・アメリカンの社会が形成されました。

アフリカをみれば、そうした部族同士の争いが、目を覆いたくなるような虐殺事件 genocide に発展した例が多々あります。90年代には中部アフリカのルワンダではフツ族とツチ族の部族対立が内戦となり、多数の血が流れています。
ヨーロッパでも、旧ユーゴスラビアの地域では90年代にムスリム系の人々が内戦中に多数虐殺、レイプなどの被害にあったことは記憶に新しいはずです。

こうした事情を考えて、今おきているイスラム国と呼ばれる組織の活動をみたとき、そもそも、この広範な地域で活動する様々な部族、宗教宗派が、目に見える国境の中に別の国境をもっていることを知っておく必要があるのです。

今回、見出しで紹介したイスラエルの兵士を殺害したヒズボラは、イスラム過激派と一言でいってもレバノン南部でイスラエルへ対抗して活動するシーア派集団で、スンニ派が動かすイスラム国とは異なります。また、シリア内戦の原因となったアサド政権を支える宗派は、アラウィ派という別の宗派です。

問題は、こうした我々には見えない宗派や民族による国境が、世界中にアメーバのように存在していることです。ウクライナでも、例えば、ヨーロッパの先進国の中でもそうした見えない国境 invisible boundary が時には平和に共存し、問題がおきれば対立項としてクローズアップされてくるのです。
そして、そこに時代時代でグローバル戦略をもって活動する列強が、これらの見えない国境を利用し、影響力の維持に努めてきたのです。19世紀から 20世紀初頭には、ヨーロッパ列強、オスマントルコ、その後はソ連、アメリカなど、例を挙げればきりがありません。
さらに、これら列強の活動の中で、見えない国境の上に、自らの利害と政治的意図で見える国境が設定されたのが、現在の中東の混沌の原因なのです。

人質事件のみならず、国際問題を考えるには、この見えない国境と見える国境との複雑な縺れ tangled web を理解し、そこに動く人々の過去と現在の糸をたどる現地への理解が、最も求められるのです。
長年そうした地域での活動のノウハウをもつ欧米諸国は、外交官の演説や人との接触の多くも、そうしたタイミング、場所、そこにいる人、そして見えない国境での状況への情報をしっかりと入手して行われています。

ですから少なくとも、アラブ世界にテロへの断固とした抗議を表明するとき、見えない国境の真ん中で震源地を形成しているイスラエルの首相や国旗の側でスピーチをすることのリスクを、安倍首相は理解していたのでしょうか。
そして、そのスピーチをどうしてもする必要があるなら、ヨルダンやトルコ、そして新生イラクなど周辺国へ、外交的な配慮をしておいたのでしょうか。

見えない国境こそが、国際問題の発火点になっているということは、人類 5000年の歴史で、常に繰り返されてきていることなのです。

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