【海外ニュース】
Migrant Chaos Mounts While Divided Europe Stumbles for Response
(New York Timesより)難民の混乱がふくれあがるなか、ヨーロッパは分断され、対応に苦慮
【ニュース解説】
トルコの海岸に三歳のアイアン・クルディ君の遺体が漂着したことは、内戦の続くシリアからの難民の悲劇の象徴として、世界中に大きな衝撃を与えました。
既に一年以上前からこの難民の問題は、欧米では常に大きな問題として報道されてきました。元々、移民問題に鈍感な日本も、今回の悲劇でやっとマスコミが本腰をいれて報道をはじめたようです。
シリアや北アフリカを中心とした地域から戦火を逃れ、ボートに乗って海を渡ろうとする人々は既に30万人をこえ、収束のメドはたっていません。クルディ君の事例だけではなく、漂流の最中の海難事故による犠牲者も数えきれず、地中海に面した EU諸国ではその対応に苦慮しています。
さらにこの問題は、ギリシャなどの経済問題で揺れるEU全体に、新たな政治的な課題を突きつけているのです。
EUの規定によれば、難民を国境で押し戻すことはできません。たどり着いた人々は、到着した国で asylum、つまり収容施設で保護しなければならず、そこで手続きを終え、最終的な受け入れ国へと移動できるのです。
中東や北アフリカからの難民は、平和で豊かなヨーロッパに最終的な救いを求めます。特に彼らはEUの中でも豊かで民主的な国として、ドイツへの移住を強く希望します。
今回のシリアからの難民の多くは、まずハンガリーに入国し、そこからドイツへと「民族移動」をはじめようとしているのです。
ここにEUの内部での亀裂が生まれます。
外交的には、異なる宗教に寛容で、法的にも差別を認めない円熟した国々と、ロシアとのパワーバランスの中で最近EUに加盟し、経済的にも政治的にもまだ成長途上の国々との軋轢がその一つの側面です。
そして、もう一つの側面は、ドイツやフランスのように円熟した国々の中でも、民意の右傾化が顕著になる中、寛容な移民政策に批判的な人々への対応の問題が、こうした難民の流入で一層顕在化してきていることです。
My country was being overrun with asylum seekers, most of whom are Muslim. Thai is an important question, because Europe and European culture have Christian roots.(私の国は施設への収容を求める人々で混乱の極みです。しかも彼らはイスラム教徒。これは大切な課題です。我々ヨーロッパ、そしてヨーロッパ文明はキリスト教がそのルーツだからです)
これは右翼政党の党首の言葉ではありません。
難民の流入に悩むハンガリーの首相が、ドイツの新聞によせたコメントです。そして彼は、今難民が目指しているのはドイツであり、これはドイツの問題であり、その「とばっちり」をハンガリーが担うことはできないと主張するのです。これにドイツは強く反発します。これは、EUの中の「新興国」と、EU内の「先進国」との意識格差、そしてそこから生まれる軋轢を象徴した出来事といえましょう。
ドイツからみるならば、ドイツだけが移民を受け入れるわけにはいかず、全てのEU加盟国が、それ相応の責任分担をするべきだということになるのです。mandatory quotas (受け入れ数の義務化)、つまりEU加盟国はちゃんと国力に応じた難民の受け入れを義務づけるようにするべきだというのが、ドイツの立場です。しかし、これに多くの国は反対します。移民への厳しい対応を模索する保守党のキャメロン政権下のイギリスも、そうした国の一つです。
では、フランスはどうでしょう。元々アフリカからの移民が多いフランスも、今では国の世論を2分するほどに、移民への寛容な政策が妥当かどうか白熱した政策論議がなされているのです。ハンガリーなどの新たなEU加盟国だけではなく、EUの「古株」達も、今回の難民問題への足並みは揃わないのです。
今やEUのビジョンの守護神とされているドイツが、難民の憧れの移住先としてターゲットとなり、それに当惑するドイツと、それを見詰める他のEU諸国の複雑な事情との絡み合いが続いているのです。
ギリシャなどの経済問題、そしてイスラムテロの脅威に揺れるEUにとって、今回のシリアからの難民の問題は、EU内の深刻な外交問題へと発展しそうな雲行きです。
アイアン・クルディ君の悲劇は、「難民に寛容な世界を」という世論の波を世界におこしました。しかし、その理想とは裏腹に、世界が協力して不幸な人々へ対処してゆくシステムを造ってゆくには、まだまだ乗り越えなければならない壁や矛盾が根深くあるのです。
海外からの移住者の受け入れでは、日本はまだまだ後進国です。
EUやアメリカなどでのこうした複雑な状況を我々がどうみてゆくか。考えなければならない宿題は多いのではないでしょうか。
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日英対訳
『海外メディアから読み解く世界情勢』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。